ライン

恋と愛と憎しみ




「別れたって?」


ふと聞こえた声に見上げれば、仁王立ちした少女が階段に座り込んでいる僕を二段上から睨んでいた。



「うん、別れたよ」
「何?あんたからふったわけ?」
「まさか・・・向こうが言ってきたんだよ」
「向こうから告られたのにフラれたの?」
「そうだよ」


内容は僕が数時間前まで付き合っていた彼女との話。
仮にもフラれたのだから僕の顔はおかしいくらい歪んでいるだろうに。

君は怪訝そうな顔になった。


「・・・の割には悲しんでなさそうね?」
「そんなことないよ。今悲しんでるんだから」
「嘘つきなさい。笑ってるくせに」


つん、と君の指が僕の額を弾く。

僕、笑ってたんだ。



「これはもう癖なんだ・・・でも悲しいのは本当だよ?
僕さ、あんまり自覚なかったけど相当彼女に恋してた」


数時間前の出来事を頭の中で反芻する。

歪んだ彼女の顔。
切なげな表情に胸が痛くて、「別れよう」と言われた時の鋭い悲しみ。

全部本当の気持ち。
僕は彼女が好きだった。
今だって彼女への想いで胸が苦しい。


「・・・飽きられたわけ」
「それは違うよ。別れたけど、今もお互いに引きずってるんだから」
「なにそれ、どういうこと?」


「あのね、僕は彼女に“恋”をして、彼女も僕に“恋”をして、だから僕たちは付き合い始めた。
でもね、僕と彼女の想いは違ったんだよ。
彼女は僕に“恋”をして僕を“愛”してくれた。けど僕は彼女に“恋”はしたけど“愛”してはいなかった」


また君の顔が歪む。意味不明だと睨んでくる瞳を見つめて僕は微笑んだ。


「つまり僕にとって“恋”と“愛”はイコールじゃないんだよ。
例えるなら家族を愛しているけどそれは恋じゃないっていうこと」

「あんたねぇ・・・“恋愛”と“家族愛”は違うに決まってるじゃない」


当たり前でしょと言う君に僕は首を振る。


「違わないよ。“親愛”とか“恋愛”とか、人は細かく区分するけど言葉を変えたって大きなくくりにすれば根本は一緒。全部“愛する”行為なんだから。」


君が顔をしかめる。
普段使わないような言葉を君が好まないことを僕は知っていた。


「別に僕の考えなんだから無理に理解しなくていいよ」
「言われなくてもするわけないでしょ?」


威張って言う君を見て笑う。
少女の“当たり前”は単純明快で、物事をねじ曲げて考える僕にはとても好ましい。


「つまりあんたは本気の“恋”をしてたわけね?」
「そう、あんなに恥ずかしくてドキドキしたのは初めてだったけど心地よかった。だから終わったのが凄く悲しい」
「変なこと言わないで“愛”してあげれば終わらなかったじゃない」



「それは無理だよ。だって僕が“愛”してるのは君なんだから」



一変して、場の空気が重くなる。
君が僕を凝視する。
僕はただ、君に微笑んだ。



「・・・何であんたはいつもそうなの」
「何が?」
「何でそんな平然と・・・!・・・・・・意味分かんない。あんた変」


すとん、と君が階段に座り込んで顔を伏せた。


「・・・僕ってそんなに変?」
「変よ。おかしいの。頭イカれてるわ。
何であんたはあたしを・・・みんな・・・なのに、何で?」


睨み、縋るような瞳が僕に向けられる。
聞きたいけど聞きたくない、矛盾を抱えた問い。
だから僕は答える。
君が大好きな単純明快な言葉で。


「それは僕が君のことを“愛”してるからだよ」



少女は本当の意味で孤独だった。
世界の全てから憎まれる少女。
君はいつだって憎しみの対象。
初対面の人さえ、君を憎んだ。


僕も初めは君を憎んだ。

理由なんてないのに憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて堪らなかった。


突き飛ばても、罵倒しても、首を絞めても晴れない、この憎しみは晴れない。
そんな絶対の確信が抱けるくらい君が憎くかった。


ああ、でも。

君は僕を救ってくれた。


憎まれても、君は手を伸ばした。
傷つけられても、君は近寄ろうとした。

弱い君は誰よりも強くて、健気で脆い。



揺れる瞳はあの日と変わらず正負に戸惑う。
僕が気持ちを打ち明けたあの日から、変わらない。


「僕は君を“愛してる”」



言葉に「可愛さ余って憎さ百倍」とあるように、愛情が憎悪に変わるのはよくある話。
愛憎は裏表。境界線は曖昧。

だったら。

だったら、憎しみが愛情に変わったって何もおかしくないでしょう?



僕は君に“恋”なんてしてない。
傍にいても心拍数は上がらないし、抱き締めても羞恥を欠片も感じない。
だけど君への“愛”は何よりも確か。

ドキドキもしないし、よく言う甘酸っぱさもない。
だけど君は僕にとって唯一無二の、世界で一番愛しい人。



僕にとって“恋”と“愛”は別物だから。




「愛してる」


君の手を握り締めた。
君は泣き出しそうなまま、僕の肩に寄りかかって目を閉じた。


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