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夢の中



ああ・・・今日もまた夢を見る。

真っ白な、真っ黒な夢の中。
始まりはいつだっただろう。よく分からない。


『・・・また、傷ついたんだね』

物心ついた頃からこの夢を見ていた。
そして、どこからかその声が私に語りかけてくるのだ。
優しく、慈しむように。温かく、励ますように。

『大丈夫。涙は拭ってあげるから、寂しさは温めてあげるから』

父親よりも頼もしく。
母親よりも身近に。
いつも夢の中で私に寄り添ってくれる声。


『君の傷が癒えるまで、僕が君の傍に居てあげるよ』

そして夢は唐突に終わるのだ。
優しい響きを残したまま。



出会えたきっかけはあの日に在ったのかもしれない。

私はその日も夢の中。
現実の嘘と嘲笑が木霊する悪夢の中で私は震える。

「――ッ!ぃ・・・や、いや、いや、いや、いやいやいや!」

体を丸めて、自分で自分を抱き締める。
怖くて、辛くて、悲しい現実。
耳を塞いでも、聞こえてくる。
目を瞑っても、見えてしまう。


『大丈夫』

そんな時にいつもその声が傍にやってくる。
そして、声はその腕で私の耳を塞ぎ。
そして、声はその手で私の目を覆った。


『聞きたくないのなら、僕が塞いであげる。見たくないのなら、僕が覆ってあげる』

伝わる温かさ。
声だけではない、本当に誰かが私に寄り添っている確かな気配。
私は、ずっとその声のことが知りたかった。


「・・・あなた、だれ?」

いつもは出ぬはずの声が、不思議と紡がれて。
いつもは動かぬ体が、不思議と動いて。

私は振り返った。

そして私は、見た。
少年の姿を。


「・・・・・・!・・・僕に、気づいてくれたの・・・?」


私と年も変わらぬ少年が驚いて目を見開く。
気づいたと言われても、私は最初から気づいていたのに。


「やっと・・・やっと、見つけてくれた・・・!」


目を細めて嬉しそうに、苦しそうに顔を歪める少年。
見つけたとはどういう意味なんだろう。

私は何も分からずただ彼を見ていた。
だけどなぜだか、このままずっと分からなくてもいいという気持ちすらあって、不思議な気持ちだった。

そして、少年はそんな私との距離を縮めて、柔らかそうな唇に笑顔を浮かべた。

「ずっと・・・君と話がしたかった」


そこで目が覚める。

優しい、優しい・・・それは私の人生の中で一番優しい笑顔だった。

もう一度見たいと、目覚めた私は思った。




そうして、私が少年を認識した日。
私が現実に耐えられず私を投げ出した日。

気が付けば私は夢の中。
だけど、同じ風景なのに、いつもと違う異次元に居る感覚した。
いつもよりふわふわしている気がする。

そう・・・まるで私が想像する・・・天国のような。


「ここは・・・どこ・・・?
私・・・死んだ・・・の」

「違うよ」

ハッとして振り返る。
その声の持ち主である少年が、私の傍で私を見つめていた。


「此所は“夢の狭間”。
全ての人間が持っている独りの領域。
一人の人格・性格・記憶・思い出、何もかもが混ざった混沌であり、何もない真っ白な場所。
人々が見る夢が生まれて、消えていく場所。
そして、僕と君が出会える唯一の場所」

ふわりと、彼は笑った。

私と彼が出会える、唯一の場所・・・?


「君は眠っているんだよ」

その一言で、私は現実での出来事を鮮明に思い出す。
そして、不安になった。


「・・・じゃあいつか目が覚めてしまうの」

「うん」

「・・・いつまで?」

「君が望む限り」

望む限り。
一筋の希望の光が射した気がした。


「それじゃあ永遠に眠ることも望めば出来るのね?」

私は、それを望んでいた。
だけれど、少年からの答えは私の願い通りのものではなかった。


「それは無理だよ」

「・・・!・・・何故?」

「だって人は・・・いつか目覚めなければいけないから。
例えそれが生でも死でも・・・人はいつか目を覚ます」

死でも目を覚ますとはどういう意味なのだろう。
死こそ、永遠の眠りではないのか?


「人は誤解してる。“死”は“眠り”じゃない。
“死”とは魂が次なる始まりを求めて目覚めること・・・。
“死”はひとつの“終わり”であると同時にひとつの“始まり”。だから人は永遠に眠ることは叶わない・・・誰にもね」

寂しげな表情で話してくれた内容に私は愕然とした。
ならば私はまた目覚めなければならないのか。
あの地獄のような現実に。

すると少年の手のひらが私の頬に触れてきた。
優しい手つきで撫でてくる指。

彼はまた、世界で一番優しい笑顔を浮かべていた。

「・・・だけどたまには休息が必要。だから“夢の狭間”(此所)がある。
疲れたのなら、今はお休み」


体を横たえた私の傍らに寄り添うようにして君がいる。

どうか・・・この夢が可能な限り永遠に近く続いてくれますように。


自分を殺した私は震える指で傍らの彼の腕を掴んだ。




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着地点迷子。

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