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新しい「自分」へ



「もしも・・・また世界に産まれなければならない時には・・・こんな感情、持ちたくない・・・!」



そこは異質だった。
上も下もなくまるで漂うような。
空も地面もなく、けれど壁があるように何処までも広がっているようでそれ以上は進めない不可思議な空間。
息をしているのかさえ曖昧で、視界に映る世界を色で例えようにも全ての色とも、透明のような無色とも形容できる不確かな世界。
何かがいるようで、周りには何もない・・・けれど安心感を抱けるその世界の、まるで中心に浮かぶように沈むように、その少年はいた。
白銀の肩までかかる長さの髪をうなじで一纏めにしている、白い肌の彼は小刻みに体を震わせながら自らの腕で、自らの体を抱いていた。


そして先程の言葉を吐き出す。


次いで空間に響く苦し気な嗚咽。
指先が白く、肌に爪が食い込むほど強く自分を抱いて、彼は何かに怯えるように小さく小さく体を縮こまらせていく。


「あ・・・ぁ・・・っ!ひぐっ、うっ・・・嫌、だ・・・もう・・・・・・こんな気持ちは・・・嫌だ・・・っ!!」

透明な雫が少年の閉じられた瞳から零れて頬を伝う。
溢れた涙が往く宛もなくぽつりぽつりと落ちて消えた。



『・・・―――、――』
「へ・・・?」

不意に空間全体にまるで木霊したような誰かの声が彼の頭の中に響く。
少年は伏せていた顔を上げ眼を閉じたまま辺りを見渡した。


「・・・世界樹?・・・今オレに話しかけたのは・・・世界樹、なの?」

『・・・―――――・・・――』


彼の疑問に肯定とも否定とも判断つかぬ声が答える。
音階がないのに美しく、感情の起伏が感じられないのに不思議と温かい声に彼は耳を澄ませた。


『・・・――、――――・・・――――――、―、―――・・・―――』

「・・・オレを?・・・そうなんだ・・・そんな風に、皆・・・」

俯いて胸に手を当てる。
確かな想い出が、其処にあった。
確かな喜びが、其所にあった。
確かな苦しみも、底にはあった。

全てが今ここにいる“彼”であり、それを形作る大切で儚いものだった。
温かい慈しみに自らを振り返ってその沢山の思いを思い出す。

皆が笑っていた――大好きな世界を。



「・・・でも、やっぱりオレは駄目だ」

悲しげに首を振って呟く。

「こんな・・・こんな思いを抱えたまままた大好きな世界に戻るなんて・・・オレには出来ないよ・・・きっと、きっと皆を傷つけてしまう」


それは哀しい独白のような告白。
語る間にも彼の体は再び震え、目蓋がしっとりと濡れる。


「皆の気持ちは・・・すごくすごく嬉しい・・・!今すぐにでも皆のとこに帰って、皆を抱き締めたい!
・・・でも駄目なんだ」


少年はゆっくりと瞳を開けた。
左右色の違うオッドアイ。

左の透き通った宝石のような橙色の瞳には、深い深い哀しみが。
右の鈍い燃えるような赤色の瞳には、強く猛る憎しみが。
相反しながらもまるで一つの作品のような一体感で、その双眸は揺れていた。


「ごめん、なさい・・・ごめんね・・・世界樹・・・・・・折角オレを生かそうと声を、皆の想いを届けてくれたのにさ?
・・・今のオレ・・・すっごく弱虫だ・・・」

「だからさ・・・もう、終わりにしたい・・・・・・こんな怖くて苦しい気持ちは・・・」


何もいないはずなのに、確かなソレが存在するそこを見上げ彼は恐る恐る手を伸ばす。

確かな感触を掴み、彼は願った。
自らを産み出し、そして「世界を救う」使命と言う名の運命を与えた世界そのものに。


「オレは・・・オレを消すことを望む!
不安と恐怖で埋まった「テキ」という記憶を消して、真っ白で怖れない新しい「オレ」を望む!」

悲しい悲しい叫び声。
最後に大きくて小さい雫が零れて消えていった。

身体中を包む浮遊感と抗えない微睡みにもう一度「テキ」と言う名前のディセンダーだった少年は瞳を静かに閉じる。


消えていく自分を惜しみながら新しく生まれ変わる自分の誕生を願って。





『ボクは一緒に生きてくって決めたもん!』
『絶対に迷わないって僕は決めたから』

そんな二つの声が、テキの頭に響いてきたような気がした。





++++++
妄想の塊です。
彼がキルとテュリの元な訳ですが三人は全然似てません。


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