▼眠りの淵、目覚めの窓


「負傷者の数は?」
「怪我の程度は様々ですが…、50は超えているかと」
「そうですか…。動けそうな人をここまで誘導して、無理な人は運びましょう。お願いできますか?」
「ええ、もちろん。皆に伝えてまいります。街の復興にも人手がいるため、応援を呼びました。いつになるかは…わかりませんが」

そう言って去って行った指揮隊長の背中を見送ると、我知らず小さくため息がもれた。

「忙しく…なりそうね」


今回、わたしたち革命軍は辺境の孤島に降り立ち、そこで無理やり鉱山を掘らされていた島民たちを解放した。
しかしその際、敵が鉱山発掘用のダイナマイトを爆破させてきた。
幸い、死者は出なかったが多くの怪我人が出てしまった。
医療チーム第一班の班長であるわたしのもとに、軍団長が怪我人の報告に来たのがついさっき。
わたしの背後では、急ピッチで仮設の救護所が作られている。
街まで戻れば小さいながらも病院があるが、この鉱山からは遠く離れているため、ここで処置を行うことにしたのだ。

「班長、包帯と薬の用意済みました」

部下の声に頷くと、腕にかけていた白衣を羽織り救護所であるテントの中に入る。
今回の作戦に同行している班員はわたしを含めわずか5人だ。
本来ならば二班と合同での参加だったのだが、間際になって別の作戦に帯同することになってしまった。
その際、こちらを手伝おうかという他班の申し出を断ってしまったことが、今となっては悔やまれる。

とはいえ、泣き言を言ってはいられない。
応援が来るまでやり抜くしかない。


「班長、少しお休みください」

痛みに唸る患者に、鎮痛剤を打ち終えたところで、副班長が眉を下げて声をかけてくる。

「うん、もう少し」
「また、そんな…」

いい淀む彼に、じろりと視線を向ける。患者の前でそんなこと言うな、と目で制すれば、下がった眼鏡をあげながら益々困り顔になった。

昼下がりに怪我人が運び込まれてから、丸一日。仮眠なしで作業しているのはわたしだけだ。
もちろん、眠たくないわけではないのだが、作業のきりが悪いから後でいい、と先に部下を休ませることを繰り返していたらいつのまにかだ。

「班長…」
「もうちょっと」
「班長」
「…はいはい、わかりましたわかりました」

なおも食い下がってくる副班長に、しぶしぶ返事をすると彼は嬉しそうにコクコクと頷いた。

「この人からお願い。順番に包帯を替えて、痛むようだったら鎮痛剤を打ってあげて」
「わかりました」

普段から少しおろおろとしているところがある副班長だが、技術は信頼できる。
周りを見ると患者達も痛みが落ち着いてきたのか、寝ている人も何人かいて、わたしが抜けても問題はないだろうと判断する。

他の部下に少し休むと告げて、救護所を出て隣の小さなテントに入る。
作業を始めた当初は包帯や消毒液が大量に置かれていたこのテントだが、今は消毒液が数個転がっているだけになっていた。

メンバーの疲れもそうだが、それよりも医療道具が足りなくなってきている方が深刻だ。
ふぅ、と息をついて横になろうと思った時に、ふと外が騒がしいことに気がついた。
街の復興に行っている軍団長たちが戻って来たのかと、テントから顔をのぞかせて、驚いた。

「あー!お疲れさまです、シャナさん!」

こちらに手をブンブン振りながら駆けてくるのは、ゆるく編んだ三つ編みがトレードマークの第二班班長ミツバだ。
そしてその後ろには、ミツバがまとめる第二班の班員達。
別件で出た彼女たちがなぜここにいるのか、わたしの頭には疑問符が躍った。
それが顔に出ていたのだろう。
ミツバはわたしの前まで来ると、おもしろい顔してますよー、と笑って言った。

「こっちはあっさり終わったんですよー。だからお手伝いに来ました」

言葉通り、二班の班員達は医療道具を手にぞろぞろと救護所の中に入って行く。
それを聞いて、ふっと肩の力が抜けた気がした。

「ありがとう、ミツバ。頼むね」


「まさか貴方がいらしていたとは…!」
「ん、いいよ。そんな改まんなくて。負傷者は?多いのか?」
「はい。……今回は指揮隊長である私のミスです。医療班には随分迷惑をかけてしまって」
「防げないこともある。あまり気を落とすな」
「はい…」
「…医療班長と話がしたいんだが」
「救護所を二班に引き継いで、先ほどこちらの病院を見に来られましたが…、どこかでお休みになっているかもしれません。班員達にいい加減休めとせっつかれていましたから」
「そうか…なら救護所への人手はこれ以上必要なさそうだな」
「え、あっ、どちらへ?」
「復興を手伝う」
「しかし、総長にそのような…」
「ふっ、いいよ。指揮は任せる」
「ですが…!」
「この作戦の指揮官はお前だろ?」
「………わかりました」


革命軍の詰め所となっている、かつて集会所として使われていた建物に入ると皆出払っているのか誰もいなかった。
いや、いた。積まれた空き箱の陰からひょっこりと低い位置で結われたポニーテールがのぞいている。
回り込むと、床に座り込みすやすやと寝息をたてている白衣の女性がいた。
数えるほどしか面識はないが、覚えている。若くして、前線任務も多い医療班第一班の班長を勤めている子だ。

眠ずに作業をしていたのか、伏せられた長い睫毛の下にはうっすらとくまが浮かんでいる。
この島は寒い気候ではないとはいえ、こんなところで何もかけずに寝ていては風邪を引いてしまうと思い、何かないのかと辺りを見回した時、

「ん…」

消え入りそうな小さな声のあと、きゅっとコートの袖を掴まれたから驚いて息を飲んだ。しかし、目の前の彼女は相変わらず規則正しい寝息をたてている。
ただコートの袖を掴まれているだけ。それだけなのに、身体が熱くなっていくのを感じた。

これはなんだと考えていると、彼女が小さく身動ぎした。
どくりどくりと心臓の音がやけに大きく聞こえる。

再び身動ぎした彼女が、ゆっくりと目を開けた。

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