▼点と点を繋ぐ


全てが終わったのは夜もすっかり更けた頃のこと。
今回の作戦では初めて革命軍医療チーム全班を率いた為に、わたしは精神的にも肉体的にも消耗しきっていた。全7班で構成される医療チームは本来、固まって動くことはほぼない。しかし今回は、"収容施設に隔離された感染症患者の救出"という作戦内容だった為に、一部の個人的な任務に出ている者を除いて、医療チーム全員が集結した。
その総指揮を任されたのがわたしだった。本来ならば幹部の誰かに任されるはずのそれは、革命軍参謀総長の指示のもと、第1班班長であるわたしに預けられることになった。

『シャナならできるでしょ』

さらりとそう言われたからもう、やりますと頷くしかなかった。幹部の皆が本部に帰れないほど多忙であることも分かっていたから。
初めて医療チーム全班を率いてみた結果、なんとか無事に作戦を終えることができたが、自分の班とミツバ班の班員の働きが無ければ不可能だった。他の班にも随分助けられた。大きなものを率いるには、自分はまだまだ精進せねばならないなと、気を引き締め直すいい機会にはなったと思う。




プルプルプル…プルプルプル…。

電伝虫が低く喋るのを聞きながら、わたしは仮設テントから外に出た。抱えた電伝虫を芝生の上に降ろした時、ガチャと繋がった音がした。


『はい』

「総長、お疲れ様です。シャナです」

『ん、お疲れ』

「なんとか終わりました…」

『ふっ。電伝虫がほんとに疲れた顔してる』


こちらの電伝虫が小さく吹き出したから、わたしもあはは…と力ない笑みを返す。本当に、こんなふうにへとへとになってしまったのは初任務以来だ。


『首尾は?』

「上々、とは言い難いですが…なんとか全員無事に助け出せました。皆の回復を待って本部に帰還します」

『あ、いや、1班はそのまま3班と一緒にコアラのところに合流してくれ。7班はドラゴンさんのところに戻って、他の班は患者達と本部に帰還するように伝えて。指揮は2班に』

「了解です」


ならばこの通話を終えたらそれぞれの班長に伝えなければならない。しかしミツバが指揮なんて大丈夫だろうか。本人に言ったら「失礼ですよ」と抗議を受けそうだけれど、今回初めて任務で一緒になった相手とでも、まるで旧友のように接していく彼女だ。相手に引かれていないかどうか、なんだか心配になってくる。わたしだって合同任務の多い2、3、4班以外とは数えるくらいしか話したことはない。
黙ってそんなことを考えていたら、ふいに受話器から声が響いた。


『さみしい?』

「え?」

『おれに当分会えないから』

「え、いえ、えっと…」


総長として淡々と指示を出してくれていた先程までの声音とは違う、悪戯なそれ。突然の切り替わりに頭がついていかなくて、咄嗟に言葉が出なかった。くすくすと受話器から笑う声が聞こえてくる。


『別に会えなくてもいいですーって?傷付くなぁ』

「まだ何も言ってませんってば…」


ため息まじりにそう返したら、またくすくすと笑われた。月が雲に覆われたから電伝虫の表情が見えにくいけれど、分かる。きっといつもみたいに悪戯な笑みを浮かべているのだ。


『最短で帰っておいで。シャナならできるよ』


わたしだけの任務ではないのに、さらりとまたそんなことを言う。いささか無責任にも思えるその言葉の裏に、絶対的な信頼があることは勿論分かっている。そしてまた、できるよと言われてしまえば本当にできる気がしてしまうのだ。


「…了解、です。早く帰りますね」


だからわたしもまんまとそんな返事をしてしまう。うん、と受話器越しに聞こえる声は柔らかかった。すっと耳に入ってきて、思わずきゅうと胸が苦しくなる。なんだか直接話をするよりもこの方がいろいろ心臓に悪い気がして、わたしは彼に気づかれないように細い細い息を吐いた。


『じゃあ、気を付けて…おやすみ』

「はい、おやすみなさい」


プツリと通話が切れて電伝虫が眠り始めた。コアラさんと合流したら、わたしからこうやって彼に報告をすることはないだろう。これからの任務をどれくらいで終わらせられるかは分からないが、帰るまでは声も聞けない。
それでも。彼の言う"最短"を実現する為に明日からも励むしかない。電伝虫と抱えて立ち上がり、背後からふわりと髪を遊ばせる夜風に従って空を見上げる。澄み切った夜空には星が瞬き、月がこちらを見下ろしていた。通話口からはかすかに波の音が聞こえていたから、彼も外にいたのだろう。願わくは今、彼も同じようにこうして空を見上げていますようにと、思った。

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