おそらく彼は人目につかないところで『それ』を行っているはずだ。

そう思って瓦礫の山を歩いていると、瓦礫がひときわ高く積まれたところの隅から黒い羽のコートが見えた。
回り込むと探していた人物がそこにいた。

「包帯、換えますよコラさん」

そう言うと、彼は驚いたように目を瞬かせた。


彼が途中まで巻いた包帯は若干よじれていたし、傷口に薬も塗りたかったので、一度包帯をほどいていく。
自分でやるからいい、と言うかのように彼は何度もわたしの手を止めようとした。
けれど、いっこうに引き下がらないわたしにとうとう諦めたのか、今は大人しくしてくれている。

この傷のことを、わたしは知っている。
でも、他の皆は誰も知らないのだ。

「ローに刺されたこと、黙ってるんですね」
「!」

コラさんは先程と同じようにまた驚いた顔をした。
普段からほとんど無表情の彼の顔を変化させることができるのは、少し楽しい。

「昨日、わたし見たんですよ。大丈夫です。誰にも言ってませんから」

慎重に薬を塗る。
かなりの深手なのに、顔色ひとつ変えずにいたなんて頭が下がる。

『どうして』

ぴらりと差し出された紙を見て、そうですねぇと言葉を探す。
血の掟を破ることはどういうことかはよく分かっているつもりだ。それでも。

「貴方が黙っているのですから、わたしから何も言うことはありませんよ」

コラさんがローのことを思って黙っているのは勿論気付いている。
わたしもローのこれまで受けてきた痛みと、この先死んでしまうという運命を思うと胸が痛む。
なんとかならないのだろうかと、こっそり病気のことを調べているけれど、成果は出ていない。

薬を塗り終えて包帯を巻こうとすると、コラさんが小さく頭を下げた。
治療に対して…もあるのかもしれないけど、きっと黙っていることについてだろう。
どういたしまして、と返して包帯を巻くために膝立ちになって彼に近付く。

そこでふと、気が付いた。

先程包帯を取る時には、彼もほどくのに手を貸してくれていたから何とも思わなかったけれど、巻くとなると彼の身体に両腕を回して密着するようなことになるわけだ。

今更ながら、彼は上半身を露にしているわけであって、いやそうでなくてもそれはすごく恥ずかしい。
包帯を持ったまま固まっていると、コラさんは怪訝そうに首を傾げた。
絶対この人はわたしが悶々と考えていることなんて、気付かないだろうなと思う。

ここまでやっておいて、あとは自分でどうぞとも言えない。
一気にやってしまえと、半ばやけくそで彼の身体に包帯を回した。
逞しい身体になるべく目がいかないように、手早く。

くるりと包帯が身体を一周したところでコラさんがぴくりと動いた気がした。
どうかしたのだろうか。
それ以降なにも反応をしなかったので続けてもう一周したら、手から包帯を奪われた。

「…コラさん?」

どこか思い詰めたようなそんな表情に目を瞬かせていると、コラさんは何も言わずに自分で包帯を巻き始めた。

包帯を巻き終えたコラさんは(一回途中で失敗してほどけかけたけれど)わたしをちらりと窺ったと思ったら、ふいと目を逸らした。

「なんなんですか…」

わたしが、おにぎり作ったよと言った時のローがたまにそんな仕草をする。
お礼を言いたいのに、言えない。それによく似ている。
子どもですか、貴方は。

「そんなに…」
「ん?」
「近付かれたら…」
「……………え?」

そんな筈はない。
なのに、そっぽを向いたままのコラさんの方から『声』が聞こえた。

「どうしたらいいか分からねぇだろうが…」

吐き出すように呟かれた言葉。
思わず周りを見渡してしまった。
しかしあるのは瓦礫の山だけで、ここにはわたしとそっぽを向いたままのコラさんのふたりだけしかいない。

となると、結論は

「え?コラさん……えぇ!?」

()()

あぁ、喋っちまった…。

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