『聞いてた話と随分違うけど』

珍しく、本当に珍しく彼にしてはトゲのある言い方だ。表情までは見たくなくて、甲板に置いた電伝虫を明後日の方向に向けたのは正解だったようだ。普段の彼を知っているだけに、少し含めただけで充分威圧感がある。

『で、今どこだっけ』
「コーティングを終えて、シャボンディ諸島を出たところです」
『おれが連絡を頼んだのは?』
「シャボンディ諸島に着いたら、です」

降り注ぐ陽射しが海にきらきらと反射しているのが、この少し重たい空気には不釣り合いに思えた。雰囲気に呑まれまいと、わたしは彼の問い掛けに間髪入れずに返事をしていた。言い付けに背いたことには勿論罪悪感はあったが、確実に引き返せないところまで行きたかったのだ。どうしても。
彼はひとつ細く長いため息をついた。込められている感情は分からない。怒り、ではないことだけはなんとなく分かるけれど。

『何が何でも行く、と』
「考えがあるんです。まだはっきりとは形になってはいませんが、到着までには、必ず」

ずっと考えていることがある。今回の件が起こるよりも前からだ。サツキさんと、ほんの少し話した程度のことだけれど。

『その"考え"はみんなを守れるのか?』
「…実現できたなら、必ず」
『みんなっていうのはシャナも含めてだ』
「大丈夫です」

少しでも自信のない素振りを見せれば、そこで終わりだ。即座に、簡潔に、不安など悟られないよう返事をした。けれど、彼は気付いてしまうだろう。それでもいい。ただどうか止めないでほしい。
彼はもう一度細く長いため息をついた。先程とは違う、微かに諦めを含んだそれに、わたしは少し、肩の力を抜いた。

『シャナがここまでするとはね』

言い付けに背いて、シャボンディ諸島を出航してから連絡を入れたことだろう。勿論、かなり勇気がいった。どうかお願いしますと、付き添いの革命軍の人達のことも長い時間をかけて説得したのだ。

『向こうで無事に会えるって、信じていいんだな』
「はい」
『何かあったら……、いや、そうだよな。信じてるよ』
「はい。ありがとう、ございます」

じゃあ、またと通話は終った。最後の彼の"信じてるよ"はわたしではなく、自身に言い聞かせているような気がして、胸が痛んだ。言いたいことはきっともっとたくさんあったはずだ。わたしは彼の優しさと信頼に甘えたままにならぬよう、これから精一杯やらなければならない。


ガチャと受話器を戻した後、深く深く息を吐く。今すぐにでも彼女の元へと動き出したい気持ちを、身体の外へと追い出すような思いだった。
この海において、そんなに思った通りに事が進むわけがないことくらい嫌というほど知っているのに、何故こうなるのかと思わずにはいられなかった。

「サボくん、この間の……あれあれ?もしかして喧嘩でもしちゃった?」
「そうなのか、サボ」
「総長、仲直りは早い方がいいですよ」

未だ受話器に手を添えて俯いていたおれに、コアラ、ハック、セツナがそれぞれ声を書けてくる。妙な勘を働かせるのはやめてほしい。

「…してない」

彼女と喧嘩なんてしたことはないけれど、いっそ今よりその方がマシだったのかもしれない。
back