「セツナと申します。会うのは二度目、ですね。お久しぶりです」

そう言って微笑む女性を、わたしはよく覚えている。


サツキ屋三号店に移動する前日。荷物をまとめて一息ついたところで、シャナさんお客様ですと声をかけられた。店も開いてない午前中にここを訪ねて来る人なんてそうそういない。"彼"からも、ここに来るという連絡は受けていない。
いったい誰だろうと自室から一階の店の入り口へと向かえば、そこには知った顔があって思わず小さくあ、と声が漏れた。


「シャナと申します。その節は、本当にありがとうございました」

セツナと名乗るその女性は、あの日わたし達を救いだしてくれた革命軍のひとりだ。わたしを近くの宿まで背負って歩いてくれた人だから、一度しかあっていなくてもちゃんと覚えている。

「シャナさんのこと、いろんな人から伺っていますよ。一度しか会っていない私がいうのもなんですが、なんだかあの日より随分と雰囲気が変わられましたね」
「そう、ですか?」

自分では全く分からないけれど、ついこの間様子を見に来たサツキさんやユキさんも同じことを言ったのだから、そうなのだろう。いい方に変わっていけているのだとすれば、それは全て周りの人々のおかげだとうのに、皆嬉しそうに言ってくれる。

「どうぞお上がりください」
「あぁ、いえいえ。シャナさんに会いに寄ってみただけなので、お構い無く。…それと、」

一旦言葉を切った彼女は、歯を見せてにこりと笑った。大人っぽい人だと思っていたけれど、そんな可愛らしい笑顔を見るとまた印象が変わる。
嬉しそうな笑顔そのままに、彼女は言う。

「総長から伝言があって、"新世界まで気をつけて"とのことです」

電伝虫で言わずにこうやって他の人の口から彼の言葉を伝えてもらうと、なんだか余計に気を付けようという気が増す。去り際に背を向けながら言う彼の姿が、一瞬瞼の裏に浮かんだような気がした。

「了解です。…そちらこそ身体に気をつけてとお伝えください」
「ふふっ、伝えておきます」

では、と彼女は上着を翻して去っていった。この島のものではない空気というか風というか、そんな匂いがした。きっとどこかで遠くの方で任務を行ってきたのだろう。この人達はこの広い広い海を縦横無尽に動き回っているのだということを、改めて感じた。


明日の朝、この島を発つ行商の船がわたし達も一緒に乗せて三号店がある島まで行ってくれるというので、その好意に素直に甘えることにした。
こうしてまとめた自分の荷物を見ていると、ここ二号店へと移動してきた時のことを思い出す。やっと二号店の店長として落ち着いてきたと思ったら、今度は新世界に行ってこいという。サツキさんはいつもわたしの予想の上の上をいく。

彼とはしばらく会っていない。普段はそんなに思わないけれど、今日みたいに誰かからあの人の話を聞いてしまうと、どうしても会いたくなる。明日からの船旅は長いものになるだろうし、向こうへ着いても店が安定するまではわたしも慌ただしいだろう。二号店からあまり多くの人数を連れてはいけないから、向こうで働いてくれる人も探さなければならない。二号店より規模が大きいし、宿泊もあるから大変だ。

『まぁ、シャナなら大丈夫だよ』

数日前、電伝虫で話した時、彼はそう言っていた。彼だけではない。サツキさんもユキさんも、二号店の仲間達もそう言ってくれた。
その"大丈夫"をきっちりと形にしなければならない。彼と会えないのが寂しくても、悲しくても、しなければならない。

自室を出て、二号店で一番値段の良い部屋『夕月』へと向かう。数度しかないが、彼を部屋に通したときは決まってここだった。部屋の窓を開けて、ぴんと澄みわたる星空を見上げる。薄く薄く光る三日月のおかげで、星々がそれぞれの存在をしっかりと主張できているように思えた。空には雲がひとつもない。きっと明日も晴れるだろう。
絶好の船出日和となるはずだ。
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