"連絡する" そう言って去っていく背中を見つめながら、心臓の音は早まっていくばかりだった。 『ほんっっとに良かったねぇ』 「もう、サツキさんそればっかり…」 彼に会ってからすぐにサツキに連絡をした。 案の定、物凄く喜んでくれた。が、それからというもの、仕事のことで電話する度に良かったねぇを繰り返している。まだ一度会っただけだし、言われる程に恥ずかしくなってくるからやめてほしい。 『まぁ、あんたそろそろ一回こっちに戻ってきなさいよ。そっちの店に送る新しい子も決めたいし』 「そう、ですね。わかりました」 あと、その革命軍の人の話も聞きたいし。とサツキは笑う。本題はそっちな気がしてならないのは、気のせいでは無いと思う。 『明後日にこっち回る船があるじゃない?それで戻っておいでよ。二三日くらい、そっちの店空けられるでしょ?』 「えーと…、はい。わたしが店を空けるのは問題ないですが…」 『ん?』 明後日。その日は先約がある。ここに居なくてはならない理由がある。 「その…、ちょっと、会う……予定が」 なんと言っていいか分からずとりあえず並べた言葉を聞いて、それでもサツキは察してくれた。 『ふぅーん。そうね、連絡取ってるんだもんね。会う約束くらい取り付けられるもんねー。そーいうことなら、ぜひぜひそちらを優先してくださいませ〜』 電伝虫の表情が今にも歌い出しそうなくらい、上機嫌なものとなる。 「次の船で必ず戻りますので」 この件について追求されるのを避けるために、早口且つ淡々と告げる。経験上、こちらが照れたり誤魔化したりすればするほど、掘り下げようとしてくるのは分かっている。 『シャナが逞しくなってつまんないわぁ』 案の定、受話器からはサツキのぶつぶつ文句を言う声が聞こえてきた。 逞しくさせてくれたのは、他の誰でもない貴女自身であるというのに何を言うのか。 『まぁ、とにかく楽しんで。こっちに帰ってきた時は、たーっぷり聞かせてもらいますから』 「…了解です」 本当に根掘り葉掘り聞かれそうな気がする。とりあえず心の準備だけはしておこうと思いながら通話を切った。 彼と再会した日。 何も言えずただただ涙を流すわたしに彼は、店の番号を教えてくれと言った。 何か書くものをとあたふたしていると、彼はくすりと笑った。 『覚えるからそのまま言って』 戸惑いながらも番号を告げると、彼はゆっくりと頷いた。 『連絡する』 そう言って背を向けて、颯爽と歩いていく彼の姿は、朝日を受けて限りなく鮮明で。 駆け出したくなる衝動を抑えるように、わたしはぎゅっと拳を握った。 その日の晩。 日がな一日中、電伝虫を眺めてはそわそわとしていたわたしの様子に、彼とのことを知っている仲間は皆察したらしい。 閉店して、日付も変わろうかという頃、プルプルプルとなった電伝虫はすぐにわたしのところに回されてきた。 連絡が遅くなったことに対する謝罪から始まった彼との通話では、彼が革命軍の参謀総長であること、わたしが二号店の店長をしていること等、お互いのことをひととおり話した。 最後に、彼が今の任務を終えたらもう一度ここに寄ってくれることを約束してくれた。 それが明後日になったのは、昨夜。二回目の通話でのことだ。一日くらいはここに滞在できそうだからと。随分あわただしそうだった為に、それ以外ほとんど話すことはできなかったけれど。 明後日。 自分の中でいくつかの感情が入り交じっている。 会いに来てくれるのは嬉しい。それは間違いない感情だ。しかし、会ってそれから先は、どうなっていくのだろうか。 『プルプルプル…』 「わっ」 突然鳴り出した電伝虫に驚いて、思わず声が漏れた。店の予約かなと思いながら、全く電伝虫の表情に目を向けずに受話器を取った。 「もしもし」 『あ、良かった』 耳に届いてきた声に心臓が飛び上がりそうになった。"彼"だ。 『店が開いてない時間だから、出てくれないかと思った』 「あ、えっと、予約とかあるので…それは大丈夫です」 わたしの言葉に彼は納得したように、あぁなるほどと言った。声が上擦りそうになる。頼むからちょっと大人しくしておいてくれと、自分の心臓を落ち着けるように胸を叩いてみるも、無意味だ。 『明後日のことなんだけど』 「あっ、はいっ」 落ち着きのないわたしの返事に彼は小さく笑った。普通に普通にと思うほどにできなくなるのは、何故か。 『たぶん、夜にそっち着くんだよね。だから店に行かせてもらおうかと思うんだけど』 即座に明後日の予約状況を思い浮かべる。団体の予約は入っていない。 「はい、大丈夫です」 『ん。じゃあ…、明後日ね』 「…了解です」 プツリと音がして、通話がきられた。電伝虫はすやすやと眠り始める。 広い海を航海する彼と、この先そう何度も会うことは叶わないのだろう。それでもせめて、ここから貴方の無事を祈っていますと、そういうことくらいは伝えられる。伝えてもいいだろうか。 それ以上は何も言うまい。否、言えない。きっと今までたくさんの人を救ってきたのだろう。わたしはその中のひとりに過ぎない。 お礼が言いたい。きっとそれは大義名分だった。彼にありがとうと伝えてから、それに気づいた。 勿論、お礼は言いたかった。けれど、会わないうちに別の気持ちがゆっくりと確実にわたしの中で育っていた。 言えない。 貴方を想っていますなんて。 back |