「シャナ?どうしたの?」 ユキの声でふっと我に返った。 振り返ると三味線を構えたユキが怪訝そうに首を傾げてこちらを見ていた。 踊り手達からもチラチラと視線が寄越されている。 「あっ、いえ…すみません」 慌ててもとの場所に戻って三味線を構える。 「いくよ?」 「はい」 いち、に、とユキがとってくれた合図に合わせて再び演奏を始める。 チラリと視線を向けたあの男性客には、サツキがついていた。 わたしはそっとため息を漏らした。 「シャナ〜。入っていい?」 「サツキさん?はい、どうぞ」 閉店後、風呂に入って自室で寛いでいたところに、外からサツキの声が聞こえた。 襖を開けて招き入れようとすると、先にスパンッと襖が開けられた。 驚いて目を瞬かせていると、サツキはくいっと親指で外を示す。 「ちょっと散歩しない?」 もう日付が変わろうとするこんな時間に『散歩』だなんて、いったいどこへ行くのだろうと思っていたら、すぐそこの港だった。 今宵は半月だ。欠けた月の明かりが海にきらきらと反射している。 海に足を投げ出して桟橋の端に座ったサツキが、わたしにとなりに座るようにと自分の横をぽんと叩いたので、従う。 わたしが座るか座らないかのうちに、サツキはおもむろに切り出した。 「新聞記者なんだって、あの人」 「え?」 「革命軍を追いかけてるんだってさ。だからそれなりに詳しいみたい」 「はぁ」 急な話題に訳が分からず戸惑っているとサツキは、ん?と首を傾げた。 「あんた知りたかったんじゃないの? 革命軍のこと」 驚いた。そんなこと誰にも言ったことなかったのに。 「どうして…わかったんですか?」 至極真面目に尋ねたのに、サツキはそんなわたしを見て大きく吹き出した。 「あははっ。ばかねぇ、分かるわよ。あんた物凄く分かりやすいもの」 「え…」 「それに毎日新聞読んでるし。あれ、革命軍の記事探してるんでしょ」 その通りだ。サツキが読み終わった新聞をこっそり読ませてもらっている。 おもいっきり気付かれていたらしい。 「ほんとは、あんたから言ってきたら渡すつもりだったんだけどさ。もうなんか見てられなくてさ。ん、あげる」 ぴらりと一枚の紙を差し出された。 「何ですか?これ」 それは海図だった。 聞いたことのある島だ。ここからそう遠くはない。 首都の近くに『A base(基地)』と小さく書き込みがしてある。 「そこに革命軍の基地のひとつがあるの」 「何でサツキさんがそんなこと…」 革命軍の基地。なぜそんなことを知っているのか。 あの新聞記者とやらに聞いたのだろうか。 驚いて見つめると、サツキは苦笑いした。 「ここに来た革命軍が出港するときに、コアラちゃんって子が渡してくれたのよ。何かあったら教えてあげてって言われてたから、あんたが行動を起こそうとしたら渡すつもりだったんだけど」 新聞チェック以外はそんな気配すらなかったからねぇ、とサツキは海を見ながらこぼす。 何も答えられないでいると、ふとサツキが真剣な眼差しをこちらに向けた。 「ねぇ、シャナ。待っているだけじゃだめなのよ。女の子はね、殿方を待っているだけじゃ、何も掴めないの」 奴隷として身体を売らされていた頃、サツキにも他の皆にも、必ず迎えにくるからと言ってくれた男性達がいたらしい。 けれどもその人達は誰一人として、迎えには来なかったそうだ。 店側に忠告されたか、周りの者に止められたか、はたまたただの嘘だったのか。 信じていたのにね、と教えてくれたユキは寂しい笑顔を浮かべていた。 よいしょとサツキが立ち上がる。 夜風に髪をなびかせながら、彼女は力強い笑みを浮かべた。 「あんたが相談してきたら、あたしはいつでも力になってあげる」 その言葉を残して、サツキは店へと歩いて行った。 手の中の海図が、緩い風に小さくはためく。 真っ黒な夜の海にはぽっかりと欠けた半月が浮かんでいる。 半分でも、その存在をしっかりと主張していた。 『待っているだけじゃ、だめなのよ』 自分がどうしたいのか、もう、分かっていた。 back |