「三味線、上手になったねぇシャナちゃん」

稽古をつけてくれているユキが感心したように呟いた。

「え、そうですか?」

この店で一番の芸達者である彼女にそう言われて、聞き返す声が思わず弾んだ。
それが分かったのか、ユキはくすくすと笑う。

「がんばって練習してたもんね。サツキちゃんも見習わないと」

ユキの横で鏡台に向かっていたサツキは、聞き捨てならないと振り返った。

「あたしは基本的なことはできますぅ」

「そこに到達するまでに随分時間がかかって、なかなか座敷組に上がれなかったのよ、サツキちゃんって」

反論するサツキをよそに、ユキはいたずらっぽくわたしに笑いかけた。
それは知らなかった。あまり三味線を持っているのを見ないな、とは思っていたけれど苦手だったらしい。

「舞踊ができるからいーの」

サツキはふいっと鏡台に向き直った。
彼女の舞いは美しい。女のわたしでも魅せられるほどに。

わたしは舞踊を主にする『立方(たちかた)』になるための練習は全くしていない。
絶対に向いていないのが分かっていたから、断固拒否した。
三味線を勧められてからは、『地方(じかた)』という演奏を主に受け持つ役をしている。
やりたいことをやればいいというサツキの考えで、それぞれ皆自由な選択をしている。

この数ヶ月でここ『皐月屋』で働く者の人数は、店を始めた時の倍以上に増えた。
いろいろな場所で噂を聞いた行き場のない女性達がここに集まってきて、サツキがそれを受け入れたからだ。

地下を潰さなければよかったわぁ、が最近のサツキの口癖。

「あ、それよりサツキちゃん。もう三味線や扇子が足りないのよー」

ユキが眉を下げて困ったように言う。
彼女は三味線と舞踊の両方を、新しく入ってきた皆にも教えている。

「それよねぇ。ここも手狭になってきたしちょっと考えないとねぇ」

そう言いつつサツキはさっと髪を結う。
サツキはいつも髪に時間をかけない。
適当に結ったそれが、様になるのが得だと思う。

「まぁ、とりあえず行きますかね」
「はーい」
「はい」

そろそろ店が開く時間の為、サツキとユキに続いて三味線を持って部屋を出た。



「ここの子達って革命軍に助けられたってほんと?」

革命軍という言葉に、思わず一瞬演奏する手が止まった。

「そうですよー。私達の恩人なのです」

革命軍のことを尋ねた男性に付いていた子が答えると、男性はそうかそうかと何度も頷いた。

「過激な思想の奴らだと噂する者もいるが、俺は海軍よりよっぽど素晴らしいと思うよ」
「えぇ、ほんとうに」

そんな会話を聞いていると、なんだかとても嬉しくなった。
それと同時に胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

あれ以来、新聞で革命軍の記事を見かけたことはなかった。

もはや消息も知ることができないのかと、ここ数ヶ月どこか沈んでいたわたしは自然と、演奏が終わったと同時にその男性の元へ向かっていた。
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