006

(アルミン的考察)


"それ"は、僕たちが思うよりもっと複雑な気がするんだ。


「ん?アルミンどうかした?」
「あ、いえ。何でも…」

いけない。ついつい見入ってしまっていた。

「天気いいね」

座ったままナマエさんは空を見上げる。降り注ぐ陽気に、少し目を細めていた。

今は新兵訓練ということで、先輩達から馬術の指導を受けているところだ。ナマエさんは、今回訓練担当に当たっていないのだけど、手が空いたから見に来たそうだ。丁度休憩中の僕のとなりに座ったのがついさっき。まだ、誰も彼女の存在には気付いていない。
気付いたら、絶対騒ぎ出すと思う。なぜなら彼女は今、この調査兵団内のあちこちで話題に上っているから。

始まりはどこから立った噂だったのか。ナマエさんに想い人、エレン曰く憧れの人がいるという話題は、主に男性陣を中心にすぐに広まっていった。ナマエさんに憧れを抱く人が少なくないからだと思う。あとはまぁ、たぶん、これ系統の話題がおそらく好きなのだ。人という生き物は。

「あ、団長と兵長が見てるね」
「え?」

言われてナマエさんと同じ方に顔を向けると、窓からこちらを見つめる影。よくよく見れば団長と兵長だと分かるけれど、さすがはナマエさん。ミケ分隊長が嗅覚、サシャが聴覚ならナマエさんは視覚だ。物凄く目が良いらしい。壁外調査の直前にはいつも彼女が壁の上に立って、巨人を避ける道を探すのだと先輩達が言っていた。

「今年の子達はできる子が多いから気になるんだろうね」

そう言ってナマエさんは馬に乗って走り回っている新兵達に目を向けた。馬から華麗に飛び上がって空を舞うのはミカサ。新兵とは思えない、キレのあり過ぎる動き。流石だ。

ふぅ、と隣から小さな小さなため息が漏れた。細く、すぐに消えてしまった呼吸のようなそれをため息だと思ったのは、僕の勘だ。ちらりとナマエさんを見ると、彼女は団長と兵長のいる窓の方に目を向けていた。
あぁ、そうこの表情。
涙なんて流れていないのにまるで泣いているような、けれど慈しむような、けれど辛そうな、そんな表情。
僕は彼女のこの顔を見たことがあった。本当にたまたま、兵長とナマエさんが班の編成か何かの話をしている場面に出くわした時のこと。話を終えて、歩き出した兵長の背を見詰めていた表情が、今と同じだった。

「あ、アルミン。呼ばれてるよ」
「えっ、あ、はい!」

行ってらっしゃいとナマエさんが言う。振り返ると、彼女は柔らかく微笑んでいて、もうあの表情はどこにもなかった。

きっと、みんなが言うような"憧れの人"とか"想い人"とか、そんな言葉で片付けられるほど簡単な話じゃないんだろうと思う。
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