受験は団体戦なのだと学校の先生から聞いたことがある。それは確かにそうなのかもしれないけれど、センター試験が終わり、自由登校になった今、それぞれで試験対策を行うこの状況は完全に個人戦なのではないかと思う。
あともう少しで終わるからとか、ここまでがんばってきたのだからとか勿論そんなの分かっているけれど、シャーペンを握るのさえ億劫になる時だってある。
昨夜がまさにそうだった。机に着くことはしたが、頭が重たく気分も上がらず、どうしても勉強を進める気になれなかったわたしは、翌日早起きしてやることに決めていた。
「あ、おはよ」
「え、あ、けい…じ」
何その顔、とわたしを見て京治が小さく笑う。そんなこと言われたって、呆けた顔だってしてしまう。
時刻は早朝で、わたしは寝起きで、格好はスウェットにもこもこのパーカーを羽織っただけ。京治はきっちり制服を着て、大きな鞄を肩からかけている。おそらく、部活の朝練に行くのだろう。
「早いね。もう自由登校でしょ?」
「あ、うん。早起きして勉強しようと思って…」
そして今は夏から日課にしている新聞を読もうと思って、取りに出たところだ。新聞受けから新聞を取り出しながらもごもごいうと、京治はふーんと頷いた。
なんとなく目が合わせられなくて、わたしは俯いていた。まさかこんなタイミングでこんな格好で京治に会うなんて思わなかった。家が近いのだから、会ってもおかしくはないのだけれど。自分で京治を好きだと認めてから会うのはこれが初めてだ。多少声が震えるのは、寒さからじゃない。緊張からだ。
「試験、今週だっけ」
ひゅるりと吹いた北風におもわず肩を縮込ませたとき、京治がぽつりと聞いた。センター試験の自己採点が終わった時に、第一志望を受けることは一応伝えていた。
「うん。がんばってくるね」
寝起きのこの格好が恥ずかしくて、相変わらず目を合わせられず手元の新聞を見ながら言う。しかし、いくら早朝で薄暗いとはいえ、しっかりと向かい合ったこの状態では、俯いていたところで意味がないのかもしれない。
その証拠に、京治はおもむろにこちらに手を伸ばしてきた。
「髪が」
「な、なに」
「跳ねてる」
え、と思わず髪に手をやって半歩下がると、近くにきていた京治の手が引っ込んだ。それを見てなんだか少し後悔する。素直に触られていれば良かった。手櫛でといていると、くるりと踊った毛先が分かった。顔を洗ったときに水をつけたのに、直っていなかったらしい。
京治はわたしを見下ろしながらくすりと小さく笑った。
「直ってないよ」
「分かってるよ」
撫で付けてもだめだ。元気よく跳ねたままだ。わたしはもう諦めて、京治を見上げた。
「それより朝練行くんでしょ。遅れちゃうよ」
「うん、そろそろ行かないとやばいかな」
行ってほしくはなくとも、わたしは行ってらっしゃいと手を振った。会えただけでも良かったのだ。今はまだ、耐えないといけない。欲張ってはいけない。
「まぁ、がんばってね」
去り際に京治がぽつりと言った。受験勉強を始めてからは、いろんな人から何度も何度も聞いた言葉だ。"がんばってね"。
「うん、ありがとう」
がんばってねなんて、言われたくない人もいるのかもしれない。その人はもう充分やってるよって思うのかもしれない。がんばりすぎないでって言われた方が嬉しいのかもしれない。
けれどわたしはそんなことはない。この京治のあまりにも熱のこもっていないがんばってねで、まんまとがんばってしまうのだ。
去り行く背中を見つめていると、京治の歩く方角に薄く光る三日月が見えた。月と京治の背にゆっくりと瞬きをして、わたしも玄関へと引き返した。
伝えるなら、きちんと目標を達成してからだと決めている。だから今はまだ、別々の道を歩くのだ。
勝負の日はすぐそこだ。
重ねて、幾星霜