カーテンから眩しい朝の日差しが漏れる。わたしはベッドの上に正座して、携帯に短い文章を打ち込んでいた。

『今日の夜、裏山に来てほしいんだけど…来れる?』

小さく深呼吸して送ったメッセージにはすぐに返信がきた。

『迎えに行くから一緒に行こう』

ひとりじゃ危ないから、というのが、その短い返信の中に隠れているのに気付かないわたしではない。ふー、と今度は深々と息を吐く。なんだか今から緊張してきた。つい先日の合格発表の時以上かもしれない。

『ありがとう。行ける時間になったら連絡してね』

打ち込んで、汗ばむ手から携帯を離した。京治はおそらく今日も部活だろうけれど、春休みに突入しているから、いつもほど終わるのは遅くないはずだ。
天気予報は昨日の夜に見た。起きてすぐに携帯でも確認した。月は新月、雲は無し、降水確率0%。夜空には星達が輝くはずだ。

わたしは今日、京治に告白する。




『行こうか』

そう連絡がきたのは辺りがようやく夕闇に包まれた19時半。冬の間は18時時頃には既に真っ暗だったのにと思う。季節が確実に移り変わっている証拠だ。
京治に会うのは制服のことが多かったから、着ていく服に随分迷った。卒業してしばらくたった今はもう制服なんて仕舞ってしまったし、変に気合を入れた服を着るのもなんだか恥ずかしい。結局、黒のスキニーに厚手の真っ白なパーカー、足元は裏山を登りやすいようにスニーカーという完全に近所を歩くスタイルだ。そういえば京治はどんな感じの服装が好きなのだろうか。聞いたことがなかった。

親に星を見に行ってくる、と告げて玄関を出ると、丁度京治が来たところだった。

「部活お疲れ様。ごめんね、疲れてるのに」
「いいよ、大丈夫」

ジャージ姿の京治はおそらく、部活から帰ってすぐ連絡をくれたのだろう。並んで歩く。徐々に緊張してきたから、早足にならないように意識してゆっくりと踏みしめて歩いた。京治はわたしのそれに合わせてくれている。

「改めて、合格おめでとう」
「うん、ありがとう」

パソコンで自分の受験番号が表示されているのを確認してからすぐに、わたしは京治に連絡を入れていた。相変わらずの淡白な返事の中に、どこか安心したような響きを覚えて泣きそうになったのはつい先日のことだ。


「また息切れして…」
「黙ってて」

裏山の坂道を登りながらはぁはぁと息が切れているわたしを、京治が笑う。大学生になったら何か運動を始めてやるのだと思っていたら、不意に右手が拐われていった。

「なに…」
「引っ張ってあげるよ」

温かい手に包まれて、ありがとうも言えないまま、わたしは大人しく京治の後ろをついて歩いた。坂道がほんの少し楽になる。けれど心臓はうるさいくらいに鳴っていて、先程とは違う意味で息苦しい。

辿り着いたいつもの場所。雲のない新月の夜空ですぐに見つかるのは、おおぐま座を構成する北斗七星。そしてその少し南には春の大三角が見える。うしかい座、おとめ座、しし座の一部で結ばれるそれを視界におさめて、わたしは横に並ぶ京治の方を向いた。

「あのね、京治、わたし」
「え、待って」

こちらを向いた京治は珍しくやや慌てたようにわたしの両肩を掴んだ。そしてそのまま俯いて、ふーと長いため息を吐く。

「京治…?」
「ほんと、勘弁して」

勘弁してほしいのはこっちだった。わたしと京治の距離は一歩分くらいしかない。近すぎるうえに、肩には京治の手が置かれていて、どうにかなってしまいそうだ。
俯いたままの京治の顔は見えない。何を考えているのか分からずに、不安になってわたしは京治の顔を見ようと身じろぎした。京治はわたしから手を離して顔を上げる。いつも通りの真顔、ではなく困ったような焦ったような緊張したような、とにかく見慣れない表情だった。

「先に言われるとか、ほんと、無いから。格好悪いからやめて」
「え…?」
「どれだけ待ったと思ってんの」
「あの、けいじ…?」

京治が何を言っているのか、分かるようで分からなかった。素直に解釈して、それで正解なのだろうか。視界の端にちらちらと映る星空は相変わらず美しい。

「ずっと前から好きだった」

告げられた言葉を脳がゆっくりと理解して、世界が透明に滲み出す。するりするりと涙が頬をつたい、ようやく鮮明に見えた京治は凛としていて昔のような幼さなど残していない。一方でわたしはどうだろうか。すぐにこうやって泣き出すところは、昔とあまり変わっていない。

「あのまま終わるのが嫌で、だから夏に誘った。流星群を見ようって言ったら、志歩は来てくれると思ったから」

夏のペルセウス流星群が、きっと全ての始まりだった。わたしの夢の始まりであり、京治に対する気持ちの始まりだった。

「わたしだって、好きだよ…」

思えば誰かに想いを告げるなんて生まれて初めてのことだ。呟くような囁くようなわたしの言葉を聞いて、京治は優しく頷いた。ぎこちなく腕を引かれて、わたしはされるがままに京治の胸に身体を預けた。

季節は春先。20時少し前。月は新月、雲は無し、降水確率0%。星々は踊り、あの頃となにひとつ変わることなく、わたしたちを見下ろしている。


―完―

ミザールは踊る