The die is cast




『今日は非番じゃなかったのか、主』

「いいでしょ、別に!ちょっと気が変わっただけ!」

『ほぉ…くくっ、仕事熱心なのだなぁ…』

「う、うるさいなあ!」

そうやってウズメは顔は笑みを浮かべたまま、たまには笑え声を堪えつつ少女をからかっていたが、ウズメの視線が火車を視界に捉えると、あっと言う間に表情が切り替わる。笑みを浮かべていたはずのその顔には、既に敵を殺せるのではないかと思うほど鋭い殺気が込められていた。

『さてさて、仕事に取り掛かるとするかなぁ、主よ』

ウズメは老若男女関係無く魅了できそうな妖しげな笑みを深めるとふっ、と消えるように少女の中に入っていく。それと同時に少女の目が黒から赤へと変化し、多くの光を取り込んだ様に一層輝いた。そして閉じていた2つの扇をばっ、と開いて右腕を一閃するかのように横に一振りすると炎が斬撃のような形をしながら飛んでいき火車を襲う。しかし火車はその攻撃を持ち前の素早さで避けてから、そのまま加速して少女の方へと向かってまた突進してくる。それを少女は避けると、周りよりも少し積み重なって辺りが見渡せそうな山となっている瓦礫へと移動した。

「神楽壱式(かぐらいちしき)…」

少女がそう呟くと火車の周りに小さい火がぽつぽつと現れる。火車がその火に気付いて逃げようとした瞬間 、少女は右手に持っている扇を振りおろすように閉じる。すると火は火車に向かって飛んでいき、合わさってはその火力を増し、火車を呑み込んでいく。

「紅雨散見(こううさんけん)」

流石にこんなに火達磨になってはもう生きてはいまいだろうと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。未だに燃え続ける火達磨は突然回転を始めると勢い良く燃えていた炎は火車に飲み込まれるように消えていく。火車は何事もなかったかのようにまた少女に狙いを定めると車輪を回し動き出す。先程、火を浴びたというのに今までよりも活発で、火車自身の火の勢いが強くなっているように思えるのは、少女の火を火車が火を消した訳でなく吸収したからなのだろうか。

「…やっぱり火と火じゃそう上手くいかない、よね」

「お、おい、大丈夫なのか…?」

「うーん、分かんない。でも、」

火車を見ると既に次の攻撃に備え、構えていた。火は今も大きさを増して周りの物を燃やしていく。少女は扇を握り直して俺の方を向いて、そして微笑んだ。

「あんたは絶対守るから」

そう言った少女は火車に向かって走っていく。火車に一気に近付いて思いっきり扇を振り下ろした。しかし跳ね返されて怯んでしまった隙をついて突進され、吹き飛ばされた。なんとか空中で体制を立て直して着地したが少女は所々にやけどを負っていて、振袖もボロボロになっていた。そんな少女を見ていられなくて駆け寄ろうと立ち上がり走り出そうとした俺を火車は見逃さなかった。少女しか目に入っていなかった俺の横から突進して俺を吹き飛ばす。

「ぐっ…熱っ…!!」

受け身が取れず最初に受けた痛みの何倍もの衝撃と体中が焼ける痛みで思わずうずくまる。おさまらない熱に耐えられなくて声が漏れる。

「この…っ、近付くな!」

少女は斬撃のような炎を飛ばして俺に近付こうとしている火車に攻撃するがやはり効いていないようだった。火車は勢いよくまたこちらへと向かってくる。もう駄目だ、そう思った瞬間。

「神楽弐式(かぐらにしき)熾灼円陣(ししゃくえんじん)」

少女がそう叫び、そして俺と火車を遮るように扇から炎が現れた。その炎は火車と少女を囲んで円を成した。火車はこの炎には手を出せないようで中央へと引き下がっていった。

「今のうちに、逃げて!」

「な、お前何言って…」

「いいから早く!」

そんなこと、と反論する前に少女が火車から攻撃を食らう。少女は扇で防御する体制をとったものの至る所に火傷を負って血が流れる。痛みで少女の体がふらりとよろめいた隙をついて火車は再び攻撃を与える。少女は瓦礫の山にぶつかり、その衝撃で周りにその山にあった物が散らばった。少女は痛みに顔が歪む。

「あんな姿見せられて、1人で逃げるなんて出来るかよ」

逃げるなら助かるなら、あの少女と一緒にだ。それ以外は俺が許さない。道が開けるまで死なない、死なせない。

『いい目をしてるじゃねえか、少年』

「…誰だ」

新しい敵か何かか、警戒しつつふらつきながらもなんとか立ち上がる。すると目の前にウズメと呼ばれた女性と同じように半透明の男性がいた。雰囲気も同じく神々しさがにじみ出ていた。男性にしては長い髪をなびかせて、和服にマフラーをしている。

『俺様?あぁ、あのガキに憑いてるのと同じようなやつだよ』

「なんて大ざっぱな…」

『なぁ少年、あのガキを助けてぇか?』

男性はにやりと笑って俺に問いかけた。そんなもの決まっている。俺にはもう答えは一つしかない。

「助けたい!どんな方法を使っても絶対に!」

『なら決まりだな』

男性はそう言うと、指を鳴らす。すると俺の目の前に青い刀が現れた。使えということなのかとりあえず受け取る。思ったよりずっしりと重みがあり、驚くのも束の間男性はこう言った。

『末永くよろしく頼むぜ、主様よぉ』

急に訳が分からないことを言われて動揺している間に男性はウズメが少女に入っていったのと同じように俺の中に入っていった。少し違和感はあるが、同時に力が湧いてくるのも感じた。

『さて初陣と行こうか』





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