悲劇と呼ぶにはまだ早い




「ん…」

自分の意識がだんだんと覚醒してきて、口に違和感を感じた。噛んでみると甘いあんこの味が口いっぱいに広がる。何故あんこが…と疑問に思いとりあえずまだ眠気のとれない瞼を開けると、まず視界に入ったのは俺の口に桜餅をつっこもうとしている少女だった。腰まである黒髪が風でなびいている。よくよく見ると彼女が着ているのは着崩された振袖で、袖の長さは変わらないものの身丈が短い。中にスカートのようなものをはいていて所謂和風ゴスロリ、といったところか。

「あ、起きた」

「起きた、じゃねえよ!!何やってんだよお前!!」

「だって蹴っても叩いても起きないから…」

蹴っても叩いても起きないからって寝てる人間の口に桜餅を突っ込むとは、一歩間違えば窒息死するところだった。しかも少女の隣にはたくさんの桜餅が入った紙袋が置いてある。起こし方が何というか、過激で恐ろしい。とりあえず命があって良かった。

「それにしても、ここで寝るなんてあんたも勇気あるね!自殺もんだよ。あ、もしかしてわざと?もしかして自殺志願者?」

「なわけあるか!…っていうかここどこだよ」

俺は確か、あの不思議な影に飲み込まれた。それでここにきたという事なのだろうか。周りは瓦礫の山。俺はソファーで寝ていたようで所々痛みとだるさを感じる。

「どこって、廃骸地だけど」

「はいがいち…?」

「風影によって送られた元之国のものが溜まりに溜まった危険地帯。知らないの?」

「かぜかげ…?げんのくに…?」

こんなもの常識でしょ、とでも言いたそうな顔で少女は俺を見てくるが俺は全く聞いたことがない。どういうことだ。本当にここは一体どこなのだろうか。

「まぁ…詳しいことはまた後ででいいや。同じところに留まるのは危ないし、あんた武器を持ってないってことは『あれ』に対抗する手段ないようだし」

「『あれ』って何だよ」

「後でちゃんと説明するから!ああなりたくなりたくないでしょ」

少女が指を差す先には傾いた本棚に寄りかかる男性の姿が見えたが、俺はその男性の顔を見て息を呑んだ。男性は体中やけどを負っていて、血まみれで死んでいた。つい最近殺されたのか血はまだ乾ききっていないようだった。俺は初めて見る死体に驚きを隠せなかった。少女を見ると少女は特に表情を変えず、ただ先ほどまでの和やかな雰囲気とは裏腹に張り詰めた表情で周りを警戒していた。そして急にはっ、と気付いたように後ろを振り返る。

「嘘…、こんな時に…」

「何が―――――」

俺は少女に問いかけようと思った瞬間、恐怖が体中を駆け巡り体が硬直した。脳内で警鐘が鳴る。ここは危険だと本能がそう感じていた。今すぐ走り去りたいのに足は動かない。冷や汗が流れて止まらない。俺は恐る恐る振り返る。すると俺の姿を太陽から遮るように、それは現れた。え、と声を出す間もなく思いっきり吹っ飛ばされる。傾いていた冷蔵庫に背中を打ちつけその痛みと蹴られた腹の痛みに耐えられず、重力に従いそのまま地に落ちた。なんとか意識は保っているが味わったことのない痛みのせいで立ち上がることができない。手を広げて見てみると手には灰しか残っておらず、少女から渡された桜餅は運悪く燃やされてしまったようだ。俺はゆっくり顔をあげて先程まで自分がいたところを見るとそこには火を纏った車があった。

「大丈夫!?」

「あぁ、大丈夫。なぁあれは…」

「火車だよ。最近ここの近くの町に現れては人を殺してる妖。さっきの男性の焼死体もきっと奴のせい」

「妖…そんなものが存在しているなんて」

『あれ』というのはきっと妖のことを指していたのだろう。独特の威圧感を出しながら火車がこちらに近付いてくる。戦う手段がない俺はどうも出来ずただその場で死を受け入れるしかない、そう思われた。しかし隣にいた少女が立ち上がって、俺を守るように前に出た。

「おい、お前何やってんだ!」

「大丈夫大丈夫。一応私もその道の端くれだし。あ、これ持ってて」

少女が持っていた桜餅の入った紙袋を手渡される。その刹那、少女は懐から2つの鉄の扇を取り出して突進してきた火車の攻撃を流した。攻撃を流された火車は突進の勢いを殺せず大きな音を立てて箪笥にぶつかった。ぶつかった衝撃で埋もれてしまった火車は自分に乗っかっている物を自分が纏う火でいとも簡単に燃やしてしまった。その間に少女は火車の目の前に移動して叫んだ。

「出番だよ、アメノウズメ」

すると少女の隣に半透明の女性が現れた。見た目は人なのだが、神々しい気配を醸し出している。長い髪を下の方で結んでおり、露出の多い和風の服を着ている。

「さて、頑張りますか」

そして少女は扇を構えた。






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