音は運命の予兆を絡め




エレベーターに乗り今居る7階から1階まで降りる。迷わずマンションの入口から外に出ると同じ制服を着た少年がこちらを向いた。

「朝日悪い、遅れた…」

「あ、全然大丈夫だよ」

僕等もまだ来たばっかりだしね、と笑顔で森谷朝日(もりやあさひ)はそう言った。女性の髪のように艶のある黒髪が強風の中で揺れている。同じ男なのに小柄で顔もかっこいいというより可愛い感じの顔をしている。それが朝日の特徴であり、コンプレックスでもあるのだが。俺はもう1人、いるはずの少年を探すが何故かどこにも見当たらない。

「一虎は?」

「忘れ物したって言って、バッグ置いて走って取りに行っちゃった」

そう言って朝日が指をさす方向を見るとそこにはバッグが置いてあった。バッグについている、お気に入りと言っていた虎のキーホルダーが風で揺れている。そこまで家も遠くないしすぐ来るだろうと思い視線を元に戻すと案の定、遠くからこちらに向かって走ってくる茶髪の少年が1人。

「つ…疲れた…」

「一虎、お疲れ様」

「お疲れ、何忘れたんだ?」

「…ジャージ。今日一時間目から体育だろ?」

ゆっくり息を整えながら茶髪の少年、坂崎一虎(さかざきかずとら)は答えた。制服を着崩し髪も高校に入り茶色染めて、まさに今時の若者である。耳につけているピアスが光に反射してよく目立っていた。

「じゃあ、そろそろ行く?」

「あぁ、そうだな」

「行こうぜー!」

一虎は自分のバッグを持ちながらそう言うと1人どんどん先を歩いていく。残された俺と朝日はテンションの高い一虎を見て溜め息をつきながら、置いていかれないように早足で追いつき右に俺、真ん中に朝日、左に一虎の並びで歩き出した。すぐ近くの大通りに出ると通勤時間ということもあり、どこを見渡しても歩道には人、道路には車や自転車ばかり。朝日と一虎は話をしているようだが、隣にいるのによく声が聞こえない。人の話し声、車が通る音、携帯の着信音、それぞれが交わって耳に入るのはそのものを判別できない程に乱れた音。高校に入った去年からこの大通りを通っているが慣れることはない。

あぁ、うるさい。

耳を塞ぎたくなる。けれどそれは強風、いや突風によって阻止された。今までとは比べものにならない強烈な風にとっさに受け身の形をとり、なんとかやり過ごす。すぐ風はおさまったがさっきの突風が嘘のように、風が吹かなくなった。そしてふと、違和感。

「あ、れ」

何も、聞こえない。自分の発した声さえも。さっきまで耳を塞ぎたくなるほど聞こえていたのに。周りを見渡すと街の景色は変わらないのに、人がいない。エンジンがかけっぱなしの車、点滅をするだけで機能しない信号…。まるで、

『異世界にでも来てしまったような』

それほど、馴染みのある景色が別世界に見えた。ちゃぷん、と近くで液体が音をたてた。それと同時に、消えていた音が少しずつ戻ってくる。それと同時にいつの間にか周りには人がいた。

「夢…か?」

霙は頭を軽くおさえながら、一歩足を踏みだそうとした。なのに足が動かない。否、動かせないでいた。何が起こったのか足元を見ると思わず目を見張る。縄でもなく枷でもなくそれは、紐状となった自分の黒い影。

「なんだよ、これ…!!離れねぇ」

影はゆっくりと足に絡みついて離れない。全てを呑み込もうと、上半身まで影は伸びてきた。足元からどんどん底無し沼のような影に埋もれていく。もう駄目だと諦めたその時、急に肩に衝撃。すると先程までの感覚が嘘のようになくなった。足元を確認すると当然足に絡みつく影などなく、影はただ自分の動きに合わせて動くだけだった。肩に当たった本人であろう赤縁の眼鏡をかけたショートヘアの少女が謝罪をしてきたので俺も頭を下げた。そして少女はりん、と鞄についた鈴を鳴らして去っていった。俺は少女が立ち去ってからも、非現実的な出来事に混乱し歩道の真ん中で立ち止まったままだった。さっきまで普通の影だったものが静かに、水のように揺れてちゃぷんと音をたてていたがそれに気付く者は1人もいなかった。



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