始まりを告げたブラウン管




ちょうど7時を指した目覚まし時計は部屋中に響く程の大音量でアラームを鳴らし始めた。霙はもぞもぞと動きながらベッドから左手を取り出して、鳴り続ける音をすかさず止めてから、ゆっくりと起き上がる。カーテンの隙間から覗く光がやけに眩しくて無意識に目を細める。

(あぁ…朝か、学校か…)

起き上がったままの姿勢でまだ覚醒しきれていない頭を動かしながら今日1日の予定を思い浮かべる。と言っても平日に学生である自分がやることと言えば、学校に行って勉強することがとりあえず課せられている役割である。さぼってしまう、という選択肢もないわけではない。しかし気分が乗らないとはいえ、別にさぼるほどでもないし、たとえさぼったとして、他にやることなんて何にもない。

休日でだらけきった体を無理矢理動かしてベットから降りるとカーテンを開けてから学校へ行く準備を始める。必要最低限の家具しか置いていない1人だけで住むにはあまりに広すぎる部屋で制服に着替えたあとに今いる個室からリビングへと向かった。テーブルに無造作に置かれたチャンネルの電源ボタンを押してテレビの電源を入れると、画面が色付き、無音だった部屋に明るい音を響かせる。最初に流れ始めたのは、最近発売された最新テレビのCMだったが、そのCMを今映しているテレビそのものがそのCMのものと同一だと
思うとどこか、優越感を覚える。


『それでは、百鬼(なきり)三姉妹の占いコーナーだよ!』

CMが終わって、それぞれ赤と青と黒の色をモチーフにした服を着た三人の見慣れた女の子の占いコーナーが始まる。それを見ながら、食パンをオーブンに入れて焼き、軽い朝食の準備をする。完成するまでの暇な時間はテレビでも見ながらのんびりしていようと、テレビに視線を向けると占いはそろそろ終わりのようだ。

『最後に今日一番運勢が悪いのは、ズバリ!射手座のアナタ!』

そんな声に思わず少し肩を震わす。特別占いに興味があるわけではないが、自分の星座の名前を突然言われるとは思っていなかったので驚いた。所詮は当たらない戯言に過ぎないのに、自分がテレビを見始めたちょうどその時にこの結果なんて、なんとタイミングがいいのか悪いのか。溜息をついて、テレビを見直すと占いは終わったようで、ニュース番組が始まっていた。台所からオーブンの音が鳴ったのが聞こえ立ち上がる。パンの美味しそうな匂いを嗅ぎながら、パンを取り出してマーガリンを塗った。そして口に入れようとしたその瞬間、部屋中にインターホンが鳴り響く。

(こんな朝に来客…?)

元々人との関わりがそこまで広くない霙の元に来客など珍しい。友人が訪ねてくる場合は携帯で連絡をしてくるはずなので、さて一体誰なのだろうか。せっかくの食事の時間なのにこんな形で邪魔されるとは。セールスだったらさっさと追い払ってしまおうという意気込みで少し乱暴に玄関のドアを開けると、そこにいたのは2人の少年だった。

「おはよう、霙くん」

「全く、腹でも下したか?」

「え、いや…」

「いつもの待ち合わせの場所にはいないし、携帯で連絡はつかないし、てっきり具合悪いのかと思ってたけど…」

「すげぇ、元気そうじゃねーか」

2人の少年は、小柄な黒髪の少年、森谷旭(もりやあさひ)と、霙と同じくらいの背丈の茶髪の少年、坂崎一虎(さかざきかずとら)で、学校での霙の友達だった。まさか来るはずのない2人を目にして、霙は少し驚く。そんな霙の様子を見て、旭は心配そうな表情をより深くしたが、しかしその隣に立っていた一虎は始終笑みを浮かべていた。なぜこの2人が、ここにいるのか。

「なんで…?」

「なんでって、もう8時だよ?」

「8時?」

(8時…って、は、8時!?)

まさかそんなことはあるはずない。そう思いつつ2人に背を向けて、自分の寝室に戻り目覚まし時計を見ると、時計は7時を指していた。指し続けて、そのまま止まっていた。昨日まではこの時計は確かに正確に時間を刻んでいたのに、どこで不具合が起きたのか。目覚ましは7時を指した時に鳴りはしたが、しかしちょうど1時間綺麗にずれているというのもなんだか不気味だ。とにかく迎えに来てくれた2人をこのまま待たせる訳にもいかず、急いで荷物を持って玄関へと向かう。ふと今日はまだ携帯を見ていないことに気づき携帯を探すと、ベッドにある枕の横に放置されていたのが見えた。その携帯を手に取り、電源ボタンを押す。しかし画面が灯ることはなかった。どうやら充電切れらしい。これでは2人が連絡しようとしても繋がらないわけだ。

(…なんだか今日はついてないな)

そう思いつつ電池のない携帯をポケットに突っ込み、食べようとしていたパンを片手に持ちながら玄関で靴を履こうとすると、横からパンを奪い取られてそのまま一虎の口の中へと入っていく。

「お、俺のパンが…!」

「そんな一口くらいで大げさな」

「お前はしっかり朝飯食ってきただろうが!」

「まぁまぁ、時間ないし早く行こう?」

「そうだな、旭の言う通りだ。ほら早く行こうぜ、本日寝坊の霙くん?」

「くそ、かずと…!」

霙が一虎に悪態の言葉をかけようとしたその時、突然視界が壊れたテレビのようにぶれ始める。視界に映る目の前の2人もまた、この視界のぶれのせいで、一虎と旭がそれぞれ2人ずついるように見えた。

(…なんだ、これ)

眩暈とはまた違う感覚に霙は戸惑う。その間にもぶれは収まらないまま、どんどんその酷さは増していった。そしていつの間にか、見慣れないが、どこか和風染みた景色と混じりあって、先ほどまで見ていた景色が全く別の物のように映り始める。険しい顔をした霙の様子の異変に気付いた2人が顔を覗き込む。心配そうな顔をした2人の顔が霙の視界に目いっぱい広がる。しかし霙には同じ顔をした別人がいるようにしか見えなかった。赤い着物を着た一虎に似た誰かと緑の着物を着た旭に似た誰か。先程まで制服を着ていた2人が着物を着ているわけがないのですぐに別人と分かったが、それ以外にも霙が知っている2人と今視界に映る着物を着た2人はどこか纏う雰囲気が違うような気がした。知っているはずなのに知らない誰かになっている2人から逃げるように目を逸らす。

(一虎と旭のはずなのに、違う)

「俺の前にいるのは、」

「霙!」

「霙くん!」

そう叫んだ2人を改めて視界に映すと一虎も旭も、自分と同じ制服を着た自分の知っている一虎と旭だった。2人をまじまじと見た後に周りを見渡すと、ぶれは知らぬ間に収まり人も景色も自分の知っているそれだった。

「霙くん、本当に大丈夫?」

「やっぱり体調悪いのか…?」

「いや、大丈夫、だいじょうぶ」

自分が知らない世界の側面を映された気分だった。体調が悪くなるほどではなかったが、それでもあまり良い気分はしない。だからと言って2人にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。

「行こう」

そう言った霙の言葉の直後に右手を旭に左手を一虎にそれぞれ掴まれ、そのまま通路に押し出された。何が起きたのか霙が振り返る前に背中を2人に思いっきり叩かれる。

「痛っ!」

「あーもうめんどくせーな!」

「はいはい、荷物は僕は持つからねー」

「ちょ、お前ら!」

霙が動く前に一虎が荷物を持つように霙を肩に抱え、旭が霙のバッグを持ってしっかり家の鍵を閉める。強制連行と言わんばかりの横暴さではあるが、霙の負担にならないように配慮をしているあたり、優しさがにじみ出ている。

「あ、そういえばテレビつけっぱなしだったけど…」

「気付いたらなら消しといてくれよ!」

「でも霙くんの家のテレビって今話題の人を感知して電源ついたり消えたりできるテレビだから大丈夫かなって」

「確かにそうなんだけど…」

「この金持ちが」

「おい、落とそうとするな!」

そんな騒がしく歩いていく3人を余所に、霙の家のリビングのテレビは音を立てて消えた。しかしすぐに映像が消えた画面は塗りつぶしたような黒からノイズとともに砂嵐交じりに誰かが映り始める。顔がはっきり映らないが確かにそこにいる人物は、口の端をあげて不気味な笑みを残して、消えた。



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -