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The one night carnival

自分の外見上の最大の特徴は重力に逆らったツンツンヘアであるとオーキド・グリーンは考えている。
だから普段は整髪料を使って逆立たせている髪の毛を後ろに適当に撫でつければ、がらりと印象が変わってすぐには自分だと判断しがたくなるはずである。
最早トレードマークになっているジャケットとパンツは脱ぎ捨てて、白いシャツとジーンズを着こむ。シャツのボタンは上から二つまでは開けておいて、シルバーのアクセサリーが胸元から見えるように。
ちょっとばかり考えて、足元は先日購入したばかりのハイカットのスニーカーにした。黒地入った緑のラインが一目ぼれしたポイントのそれははじめて履くのにしっくりと足に馴染んでくれて、これからの時間がいいものになる予感に胸が躍る。
仕上げに首と手首にトワレを振りかけて、鏡で全体のバランスと確認すれば夜遊びスタイルの完成だ。
うんうん、今日もカッコイイ。
自画自賛して財布と通信機器だけ持って、グリーンはホテルを飛び出した。

イッシュの街並みは故郷であるカントーとは全然違っている。とくにヒウンシティのような近代的な街はカントーにはない。タマムシあたりがそれなりに発展した街だけど、ここに比べるとのどかな印象がぬぐえない。そんな故郷が大好きだし、捨てるつもりも毛頭ないが、たまに息苦しくなる時もあるのだ。特に自分がジムリーダーを務めるトキワシティと、生まれ育った町であるマサラタウンでは。
ジムリーダーという職業上、どうしたって皆の規範にならなければならない。明るく頼れる街の顔。ポケモンバトル以外でも、街のボランティア活動に参加したりだとか、式典にゲスト出演したりだとか、とにかく、皆に慕われるリーダーでなければならない。スキャンダルは厳禁だ。上手くやればいいのかもしれないけれど、万が一を考えると下手に火遊びするのは控えた方が良い。自分の要領の良さには自信があるが、それでもどこから漏れるかわからないのが情報というものであることを研究機関にも属しているグリーンは熟知していた。だがしかし、まだまだ若く遊びたい盛りの年齢で、特定のパートナーもいやしない。ストレス発散なんていうように、心の内側に溜まった危ないものは発散しなくては精神の安定を損なう気がする。
そういうわけで、グリーンはたまに夜遊びをする。出張やら旅行やらで故郷のカントーから離れた地方で、という条件を自分に課して、普段とは全く違う格好をして、夜な夜なナイトクラブに足を運んではそこで出会ったカワイイ女の子と一夜限りのラブアフェアを繰り返す。お互い同意の上の「一夜の過ち」。他地方に行く度に何回も何十回も繰り返しているそれは最早“一夜の”過ちではないのかもしれないけれど、一度関係を持った子とは二度と関係を持っていないので、まあ、一応、一夜の過ちで間違っていないのだろうとグリーンは考えている。

そんなグリーンが今回訪れているのはイッシュ地方のヒウンシティだ。ジムリーダー業の合間を縫って行っている研究の成果を発表する学会がこの街で行われるため3日間ほど滞在することになっている。
研究者にとっての付き合いの重要性は熟知しているので、共にやってきた研究者たちと共に食事をしてからラウンジでの酒の誘いに少しだけ付き合って、遅くならない時間を見極めてお暇させてもらう。それからホテルの部屋に戻って普段と全く違う格好に着替えてから足取りも軽く夜の街を歩く。そして事前に調べておいた、自分の身の丈に合ってそうなクラブに行って、出会って数時間の女の子とインスタントセックスとしゃれこむつもりだ。
路地裏の階段を下りて鉄で出来た重い扉を開くと溢れてくる音楽と人のさざめき。
天上でくるくるまわるミラーボールに赤、青、緑、黄色のディスコライトが反射して目の前がちかちかする。
色とりどりの服に身を包んだ女の子達に、その周りを惑星のように取り囲む男達。
楽しい夜が送れそうな予感にグリーンはその整った顔に笑みを浮かべる。

話し上手で聞き上手のグリーンは女の子にもてる。もてまくる。それはこういうナイトクラブでも同じで、そつなくスマートに会話をこなすグリーンは、高確率で狙った女の子をお持ち帰り出来てしまう。
喋って飲んで、飲んで喋って。
時折女の子の髪の毛に意味ありげに触れてみたり、しっとりとした彼女たちの手に触れられたり。
ライム入りのカクテルを片手に揺らしながら不躾にならない程度に女の子たちを品定めする。
見た目にはそんなにこだわらない。それなりに整っていれば髪の色だとか目の色だとか肌の色だとか、あとは、まあ、胸の大きさだとかそんなものは気にしない。重視すべきは後腐れなく遊べるかどうかである。一夜を過ごして朝起きて、連絡先も聞かずにあっさりと手を振れるような、物わかりのいい子が良い。
さて、今日はどうしよう。今横にいるブロンドの彼女も可愛いし、頭も悪くなさそうだからこのあたりで手を打っておこうか。けれどブロンドは前回、ちょっとばかりハズレを引いたんだったよなあ、今回は別の、たとえばあそこのブルネットの子に声をかけてみるのもいいかも知れない。アンバーの瞳が知的で、楽しい一夜を過ごせそうだ。

頭の中でそんなことを考えながら、ぐるりとクラブ全体を見渡す。溢れる人。人、人、人。どの街に行ったって、ナイトクラブなんてたいして変わらない。
たいして変わらない、はずなのに。
今回ばかりは、ちょっとだけ、変わっていた。
周囲から明らかに浮いている一人の男、黒髪黒目の、とてつもなく見覚えのあるその人物。
ナイトクラブなんて無縁そうに見えるその男がいるのを見てグリーンは瞳を大きく見開く。


おいおい、嘘だろ。何でまたこんなところで会うんだよ。よりにもよってお前なんかに。
俺の幼馴染、ライバル、親友、とにもかくにも俺にとって特別な存在。
シャツにジーンズという服装の男が多い中で黒のタンクトップに真っ赤なレザーパンツってお前どんだけ自己主張激しいんだよ。普段着と大して色合い変わんねえのに素材のせいでどうにもこうにもどぎつい印象を受けちまうじゃねーか。つーか浮いてんだよ。このクラブはそういう系統じゃないって何となくわかるだろーが。ああもうほんとお前何してんの。
うっわ今絶対こっち見た。うわーうわー気付かれてる。


グリーンの茶色の瞳とそいつの真っ黒な瞳が交差するなり、空気の読めない格好をしたその男はこちらへと向かってくる。真っ直ぐ、目標を定めて歩んでくる。がやがやと騒がしいクラブであったはずなのに、かつん、かつんと、そいつの足音が聞こえてくる気さえした。

瞬間的に、隣にいる女の子に断って、その場を離れる。人波をかき分けて、照明の明るくないクラブの中でも特に薄暗い一角に身を滑り込ませる。
後ろを振り向くと、先程目にした男が自分を追いかけて来るのを見つけて、グリーンはほくそ笑む。

かつん、かつん、かつん。
グリーンの目の前にその男が立つ。そしてはじめて彼が革靴を履いているのを認識して、靴音があながち幻聴でもなかったことに気付く。
結構いい革靴履いてんじゃねーか。それ今度給料入ったら買おうと思ってたブランドのやつだろ絶対。しかし、毒々しいレザーパンツにその品の良い革靴は似合わない。ああ、本当に、どうしようもないやつだ。組みあわせとか考えろよバカじゃねえの。
グリーンの心の中での罵倒は届かない。当たり前だ、言葉にしないと伝わるわけがない。
けれど、言葉にしなくても、グリーンはその男が何を望んでいるのかわかったし、その男もグリーンが何を期待したのかわかったはずだ。

「君さ、さっきからブロンドブルーアイとか、ブルネットにアンバーの女の子にばっかり声かけてるみたいだけど」

にやり。唇の端を上げるようにして笑う男にひゅっと喉が鳴る。おい、おいおいおい、何を言うつもりなんだこいつは。どくんと鼓動が跳ねる。恐怖ではない、高揚だ。この男が次に発する言葉にグリーンはとても、胸を躍らせている。
どくんどくんと大きく鼓動を刻む心臓に呼応するように、男が真っ赤な舌で自らの唇を舐める。

「黒髪黒目の、男なんてたまにはどう?」

「黒髪黒目は趣味じゃないんだけど」

そこで焦らすように一呼吸。
目の前の男は笑っている。まるでグリーンが自分の望む答えを返してくれると疑っていない真っ黒な瞳。
その瞳を屈辱に歪めてやりたいと思わなくもなかったけれど、それ以上に求めているものがあるのだから、屈辱を与えて高笑いするのは次の機会で良い。
自然と口角が上がっていく。ああ、きっと今、目の前の男には腹ペコでたまらない肉食獣のような顔をした男が見えているのだろう。

「たまには、ゲテモノ食うのも悪くないかもな」

答えた途端、より一層楽しげな輝きを増す漆黒の瞳。愉悦に満ちた表情のそいつもまた、自分と同じで肉食獣だった。
ああ、しくった、食われちまうのはこっちかもしれない。
けれど、それも悪くない。だって、グリーンは目の前で自信満々に笑みを浮かべている、場から浮いていることを気にもしない、自分の好きなものをいつまでも子供のように追いかけている、どうしようもない男にずっとずっと恋をしていたのだから。



END


窓ちゃんお誕生日おめでとう!

(2013/07/25)








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