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キミキライキンミライ



レッドに別れを告げてきた。



15歳の時から付き合って、現在25歳の俺たちは世間から見ればそこそこに良い年らしい。

彼女は?結婚は?お子さんは?

そういうものがあるのが当然と言わんばかりに周りは俺たちに問いかける。言われて見て周りを見渡せば、確かに同年代で家庭を持っているやつは増えてきた。あのおてんば人魚だって先月真白なドレスで幸せそうに笑っていたし、思い起こせば隣町の岩の男も昨年羽織袴で晴れ舞台を迎えていた。
それに対して俺とレッドはいつまで経っても女の影すら見当たらない。ひたすらポケモンに心血を注いでいる。


片や最年少チャンピオンで現役ポケモンマスター

片やトキワジムジムリーダーにして新進気鋭のポケモン研究者


肩書きだけ見れば俺たちは相当お買い得な物件らしい。どんな人がグリーンさんとレッドさんのお嫁さんになるのかなって街の人たちはトトカルチョまでやっちゃってるんですよ、と苦笑いしながら教えてくれたのは俺がジムリーダーに就任してすぐにうちのジムに来たエリートトレーナーの女性だった。そろそろ彼女はエリートトレーナーじゃなくてベテラントレーナーと名乗っても良さそうだ。そういえば俺よりも幾分年上な彼女もとっくに結婚して今では二児の母だ。まだ俺が少年と青年の境目をうろうろしていた頃から俺のことを知っている彼女は、俺がとレッドのことを知っている。だからこその苦笑いだとわかっていた。俺たちが別れることはないのだろうと、彼女は思ってくれている。


けれど、俺の周りの大切な人たちが全員、俺たちのことを知っている訳ではないし、祝福してくれていた訳じゃない。
例えば、俺のじいさん。
じいさんはレッドと俺がお付き合いなるものをしていることを知らない。身内、特にじいさんは親代わりと言うこともあって非常に言い出しにくく、そのうちそのうちと先延ばしをしているうちに気づけばこの年まで来てしまっていた。じいさんはもう、いろんなところが弱って来ていていつどうなってもおかしくないと、医者からは言われていた。そんなじいさんが言うのだ。生きている内にせめてお前の晴れ姿だけでも見たいと。
それと、レッドの母さん。
こっちもじいさんと同じだ。親には言い難いこともある。最近レッドはおばさんに孫の顔が早く見たいと言われているらしい。おばさんのことだからレッドに強制する気もないだろうし、もし、俺たちが今からカミングアウトしても受け入れてくれるだろうという確信がある。しかし、あの頃ならともかく、現在25歳になってしまった俺たちに、それを言うことは難しかった。何も知らなかった頃ならまだしも、大人になってしまった俺たちは、一人で子供を育てることの大変さだとか、親の気持ちだとかを理解し始めていた。彼女はきっと、受け入れてくれる。心の中にほんのちょっとだけあるがっかりした気持ちを押し込めて笑ってくれる。でも、本当にそれでいいのだろうか。



結局、俺は、レッドに別れを告げてきた。明日から恋人をやめよう、友達に戻ろう、と告げてきた。10年前、ずっと一緒にいようと誓ったことを裏切った。
伝える前はあんなに緊張していたのに、いざ伝えようとすると、不思議と声はしっかりしていた。それに対して、短く「そうだね、それがいい」と答えたレッドの声も落ち着いていて、長い長い付き合いだけど、終わるときはこんなもんなんだなぁと拍子抜けしてしまった。

その夜、俺たちはたくさんの恋人としての思い出話をした。チャンピオンを目指して旅をしていたときのことは話さなかった。あれは、あのときの俺たちは恋人じゃない。まだ純粋に幼馴染のことを親友でライバルだと思っていたとき。あのときのことは心の奥底に宝物みたいに大事にしまっておきたい。だから俺たちの話は主にこの10年間で、それもどこにデートに行ったとか何が楽しかったとかそんな他愛ない話だった。
10年とは長いようで短くて短いようで長い。話して話して、朝日が昇るまで話して、俺たちは朝食も食べずにお互いの家に帰った。一晩中繋いでいた手が感覚をなくしていた。


君のことを嫌いになれたらいいのに。


別れ際、レッドが俺に言った言葉だ。その言葉はたくさんの言葉の中で何よりも俺の胸に刺さった。だが、刺さっただけだった。別れようと言った言葉を撤回しようとは思わなかった。


帰り道、朝の光に照らされながら未来のことに思いを馳せる。
いずれ来る時、きっと近い未来、俺もレッドも誰かと結婚するのだろう。それでそのうち子供が産まれたりして、あいつのところに男の子、俺のところに女の子だったらその子達も幼馴染として育っていつか恋に落ちるのだろうか。結婚なんてするのだろうか。

もしそんな未来があるならば、それはそれで悪くないかもしれない。

産まれてもいない子供たちの結婚式、いずれ来るかもしれない近未来、娘をお嫁に行かせる寂しさを抱えながら父親として新婦の手を引く俺と息子の晴れ舞台に緊張している新郎の父親のあいつ。幸せの鐘の鳴り響く教会でまみえることがあるならば、俺は笑いながらあいつに言ってやるのだ。


よぉレッド、俺のこと嫌いになれたか?



END



「Muddy Honey!」の宵風千早さまからタイトルをいただきました。









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