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だってだって、バレンタインなんだもの!

ここのところ寒い日が続いている。寒がりのトウヤとしてはとてもじゃないが外に出たくない。それゆえに最近は休日でも家にこもっていることが多い。マシュマロを浮かべた自作のココアを飲みつつリビングで一人テレビを見ていると「ただいまー」という声が聞こえた。どうやら双子の姉のトウコが帰ってきたようだ。
暑がりのトウコは冬でもあまり着こまないが今日は珍しく手袋にマフラーも装着して出かけて行った。よっぽど今日は寒いんだなあと思いながらココアをすすったところで大きなスーパーの袋をもったトウコがリビングに入ってきた。

「おかえり」
「ただいま!トウヤ、チョコ作るから手伝って!」
「断る」

即答で断ったトウヤにトウコは口をとがらせて抗議を示す。
しかしトウヤはそんなトウコを一瞥するとテレビの方に向き直った。画面の中では演技派で有名な俳優がおでんを食べている。うん、夕飯はおでんでもいいかもしれない。

「えー…いいじゃない。今暇でしょ?」
「暇じゃない。俺にはこのドラマの行く末を見守るという大事な仕事が…」
「それこの前つまんないって言ってたやつじゃない、どう見たって暇つぶしでしょう!手伝ってよー」
「やだよめんどくさい」
「トウヤの意地悪!もういいわよ、一人でやるから!」
「え…一人で?」

ピキっとトウヤの動きが固まる。はっきり言ってトウコは料理が下手である。それも壊滅的に。卵焼きは黒こげの物体Xになるし野菜炒めはとにかく強烈な味がした。手芸はそれなりにできるため家庭科の成績はそこまで悪くはないが、調理実習ではいつも皿洗いを担当するなど、本人も料理が苦手なことをわかっていてあまり台所に立とうとはしないのに一体どういう風の吹きまわしなのだろうか。

「そうよ、トウヤが手伝ってくれないなら一人やるしかないじゃない」
「ベルとかに手伝ってもらえばいいじゃん。得意だろそういうの」
「ベルの邪魔したら悪いでしょ。今きっと作ってくれてると思うし」

ベルはその見た目通り女の子らしいことが得意だ。毎年バレンタインには手作りのお菓子を可愛くラッピングして渡してくれる。もちろんとてもおいしいのでトウヤたちは毎年楽しみにしている。去年は甘いものが苦手なチェレンと甘いもの好きなトウヤとトウコのことを考えて、甘さ控えめのガトーショコラとチョコチップをたっぷりと入れたキャラメルパウンドケーキを作ってきてくれた。今年は何を作ってきてくれるのかトウヤもトウコも楽しみにしている。あれが食べれなくなるのは避けたいところだ。

「たしかにそうだな…」
「という訳でトウヤ手伝っ…」
「嫌だ」

キッチンはリビングより寒いから行きたくない。それに他の男に渡すものを自分が手伝うというのはどうなんだ。なんだか癪だし渡される方にも多少申し訳ない気がするような…
動こうとしないトウヤにトウコはしばらく何やら言っていたが全く耳を貸そうとしないのを見て諦めたらしい。

「いいわよやっぱり一人でやるわよ!おいしく出来てもトウヤにはあげないんだから!」
「はいはい、作れるものなら作ってみれば?」
「見てなさいよ!絶対すごいのつくるんだから!」

手袋とマフラーをトウヤに投げつけてトウコはキッチンに向かって行った。正直、不安ではある。トウコの料理の腕の悲惨さはトウヤが一番知っている。焦げ付いた鍋やぐちゃぐちゃになったシンクを片づけるのはいつもトウヤの役目だった。トウコが一人でお菓子が作れるとは思えない。どうせ途中であきらめるだろうと思い、少しさめてしまったココアを飲みほして、いつの間にか旅番組になっていたテレビに目を向けた。


***

「どうしてこうなった」
「さあ…私にもさっぱり」

トウコがキッチンに向かって30分後、何故かキッチンから爆音が聞こえてきた。
その音に驚いて駆けつけてみるとそこはひどい有様だった。床は一面粉まみれ、卵の残骸が飛び散り、鍋は焦げ付き、テーブルの上には黒い物体が鎮座している。
予想以上の惨状にため息が出る。ここまでになるとは正直思っていなかった。寒いけれど仕方がないと、腕まくりをして片づける準備にとりかかる。

「とりあえず母さんが帰ってくるまでに片づけるぞ。割れたものとかないか?…トウコ?」

目を向けるとトウコは申し訳なさそうな顔をして所在なさげに立っていた。言い過ぎたかとも思ったが普段はこれくらい言っても全然気にしないはずだ、むしろ逆ギレしてくることすらある。いつも自信満々でどんな時も強気な姉のしおらしい姿にトウヤは不安になる。
何と声をかけようかと迷っていると、トウコが口を開いた。

「やっぱり、ダメね…上手く行くと思ったんだけどなぁ…」
「…………」
「ごめんね、迷惑かけて。やっぱり諦めるわ。向いてないのよ、こういうの」

ごめんね、ともう一度言ってトウコは床に落ちた残骸をゴミ箱に入れ始める。
トウコに元気がないとなんだか居心地が悪い。

「…なあ、毎年作らないのにどうして今年は作ろうと思ったんだ?料理苦手なことは自覚してるんだろ?」

私はもらう専門だからと言って毎年バレンタインにも何もしなかったのに、今年はどうして作ってみようなどと思ったのか。ただの気まぐれだと思っていたが、トウコ自身自分が料理下手なのは自覚しているため作ろうとすることはあまりなかった。よく考えれば、ただの気まぐれでわざわざスーパーまで行ってたくさんの材料を買ってくることなんてないはずだ。
トウヤが問いかけると、トウコは動きを止めた。何かを言おうとして口を開いてまた閉じるというのを何回か繰り返した後に語り始める。

「…ベルがさ、毎年作ってきてくれるじゃない。ベルだけでなくて他の子たちも作ってきてくれる…なんていうかね、いいなあと思ったの。材料買ったりレシピ見たりしてる時の顔がすごく輝いてるのよ。とっても楽しそうなの。それにね、いつももらってばかりだから今年はあげてみたいなって。もらえるとやっぱり嬉しいじゃない?私も嬉しい気持ちを皆にあげたかったの……失敗しちゃったけどね。やっぱり私はもらう係のほうが向いてるわ」

そう言ってトウコは笑ったが、無理して笑っているのがよくわかった。ベルは何作ってくれるのか楽しみだね、などとしゃべりながらどんどんゴミ箱に放り込んでいく。
その様子を見ながらトウヤはもう一度ため息をついた。全く、手のかかる片割れだ。

「……とりあえずシャワー浴びてこい。その間に片づけておくから。髪の毛とか小麦粉まみれじゃん」
「あ、うん、そうだね…小麦粉落ちるもんね…ってうわっ、真っ白!」

食器棚のガラスに映った自分の姿を見て、こんなにかぶってたんだ、などと妙に感心している。

「で、出てきたら手伝ってやる。レシピ貸せよ、何作るつもりだったんだ?」
「え…」
「手伝ってやるって言ってるの、材料まだ残ってるんだろうな」

急に手伝うと言い始めたことに驚くトウコ。先ほどあれだけ手伝うことを拒否した手前、トウヤだって急に意見を変えたことが少し恥ずかしい。

「だ、だってトウヤさっきは手伝うのやだって…」
「…気が変わったんだよ。またキッチンぐちゃぐちゃにされたらたまんないしな…いいからレシピ貸せって」

ぶすっとしながらトウコの方を見ると泣きそうなような嬉しそうなような不思議な顔をしている。ヤバい、何かまずいことを言ったかと内心焦っていると、トウコが抱きついてきた。

「う…え…あ…わああああんトウヤあああああああありがとおおおおおおおおおおお!」
「抱きつくなああああああ!粉つくだろうが!」

文句を言いつつ無理に振り払おうとはしないトウヤに自然に笑顔になる。なんだかんだといいつつトウヤは優しいのだ。

「ありがとう!私頑張るね!」
「わかったから早く風呂入ってこい!片づけるから!」
「うん、行ってくる、ありがとう!」

ぴょん、とトウヤから離れてばたばたと風呂場に向かうトウコを見てまたため息が出る。これではきっと廊下も小麦粉まみれになっているだろう。掃除のことを考えると気が重いが仕方がない。とりあえずトウコが出てくるまでにこのキッチンを使えるようにしなくては。きっとトウヤが手伝ったとしてもまともなお菓子を作れるまで結構な時間がかかるだろう。今日は夕飯を作れないかもしれない。母さんに連絡して買ってきてもらわないと。
トウコにつけられた小麦粉をはたき落としつつまずは机の上の謎の物体をゴミ箱に放り込む。床の粉やシンクにごちゃごちゃと置かれている調理器具も片づけなくては。

「全く…手間のかかる…」

そう言いながらもトウヤの顔には笑みが浮かんでいた。


END






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