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待ち望まない電子音

白い壁と白い天井に囲まれた部屋。床の白は毎日毎日たくさんの人に踏まれて汚れて真っ白ではないけどやっぱり白だ。パイプベッドのペンキの色も白でシーツの色も白。君が着ている服も白。白白白。この部屋は白ばかりで気が滅入ってしまう。
でも何よりも気が滅入る白は君の白だ。かつては日に焼けて健康的な色をしていた君の表面はこの部屋の色に毒されてしまったかのように蒼白で、ぼくはその色が何よりも嫌いだ。
君に似合う色は、炎の赤や、太陽の金や、白にしたって銀色に輝く月の光のような柔らかな白なのに。ああ、でも、やっぱり君に似合うのは炎でも太陽でも月でもなく、初夏に柔らかく揺れる若葉がたたえる緑色であると僕は強く思うのだ。だって君の名前はそこから来ている。名は体を表すとはよく言ったものだと後輩の金色や銀色を見ていると思うことがあるけれど、最近僕の思考は君が白に染まる前の、生命が萌え出る緑色こそが最たる例であったとそればかりを考えている。考えようと努めている。

「グリーン、聞いてよ、今日はカスミに会ってきたんだ」

返事がないのをわかりながら君に話かけるこの時間も最早日課となりつつある。彼が元気に動いていたころはあっちへふらふらこっちへふらふらと糸の切れた風船のように、カスミに言わせれば「好奇心8割で出来ている子供」みたいに全国各地をうろうろとしていた僕だけど、君がこうなってしまってからは毎日毎日同じ時間に律儀に訪ねて来ている。こんな僕の姿を見たら君は何て言うんだろう。きっと最初は驚いて「季節外れの雪でも降るんじゃないか」なんて言っていたのかもしれない。毎日毎日それが続いたら「お前がいなくたって俺は大丈夫だぜ?子供じゃねーんだから。だからとっとと旅にでも行ってこい」なんて憎まれ口をたたいたりして。でも、きっと、そんなこと言いながらも本当は寂しいって思っていて、それ以上に僕のことを思ってくれて、僕が好きなことをできるようにと気をつかって言ってくれていたのかもしれない。

なんて、君の言いそうなことを君の考えそうなことを君に話しかけながら夢想してみたりするけれど、本当の君がどんな反応をするかなんて僕にはきっと一生わからないのだ。
いくら生まれた町が一緒で、生まれた時期も同じくらいで、ずっと一緒に育ってきたと言っても君と僕は別個の人間で僕が君を完全に理解することができる時なんて来るわけがないのだから。

「………………だからさ、だからグリーン、」

壁も天井も床もベッドもシーツも真っ白な、8畳程度の小さな部屋。
ベッドに横たわった君は腕に口に胸にお腹に、体のあちこちに色んな管を繋げたまま、もう半年も眠ったまま一向に起きる気配を見せない。
君が一生懸命救おうとしたあのちいさなポケモンは、僕のもとですくすくと育って日に日にたくましくなっていっているよ。あの子も君と話ができる時を心待ちにしているんだ。きっとお礼が言いたいんだと思う。僕には彼らの言葉はわからないけど、何となくそんな気がするんだ。あの子は君を待っているって。
それに、それにさ、君を待っているのはあの子だけじゃないよ。君の手持ちのポケモンたちは君が寝たきりになってからずっと元気がない。一昨日ウィンディを連れてきたのを君は感じただろうか。バトルの時はその堂々たる咆哮でチャレンジャーを圧倒する彼が、迷子のガーディみたいに悲しい声で君を呼んでいた。先週連れてきたピジョットだってそうだ。君を思って悲しそうな瞳で、面会時間いっぱいまで君の側を離れようとしなかった。今度連れて来てあげる予定の子たちだって、君を心配しているんだよ、グリーン。
君の姉さんのナナミさんだって、オーキド博士だって元気がない。僕の母さんもずっとずっと憂鬱そうだ。僕の大好きな人たちが、君も大好きな人たちが、どうしてこんなに悲しいのか、わかるよね、グリーン。君がどうしたらいいのか、頭がいい君ならわかっているんだろう。僕の気持ちだって、わかっているんだろう。
だから、だからさ、お願いだから。

「早く目を覚ましてよ……グリーン」

君につながるたくさんの管のうちの一本、小さな画面に繋がるケーブル。それの本体である電子機器が発する音は、ゆるやかに、しかし確実に、間隔が狭くなっていっている。
いつかこのちっぽけな電子機器が君の終焉を僕に告げる未来を想像してしまうたびに僕の体温は下がっていく。だから、一生のお願いだ、グリーン。僕のこの想像が現実のものとならないように早くその重いまぶたを開けてくれ。



END


「placebo効果」のcloe様からタイトルをいただきました。








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