カストルの幸せを願う
※ピカチュウ視点
シロガネやまは今日も吹雪いている。春も秋も、夏だって寒いけれど冬のシロガネやまはまさに極寒という言葉が似合う猛烈な寒さだ。いつもならぼくはレッドの腕の中でゆたんぽ代わりをしているのだけれど今日はその役割は必要ないみたいだ。だって今日はグリーンが食料を持ってぼくらの洞窟を訪ねてきたから。
レッドはグリーンが大好きでグリーンはレッドが大好きだ。旅をしていたころはそんな気持ちをお互い持っていなかったとぼくは思う。グリーンはぼくらの行く先々で待ち伏せしてはこちらをバカにした態度で勝負を挑んでくるし、レッドはレッドでそんなグリーンが気にくわないみたいだったから。そう言ったらエーフィに「ピカチュウはお子様ね。恋する心は複雑なのよ」なんて言われてしまったけれど、ぼくはエーフィが夢を見過ぎなんだと思うんだけどな。でも、もしかしたら、あの頃から、ううん、ぼくがレッドと出会うより前から二人とも相手のことを好きだったんだろうか。ぼくにはわからないけど、とにもかくにも今現在、ぼくらのご主人であるレッドとその幼なじみのグリーンは恋人同士であるのだ。それもすごくラブラブな。今だって、ほら、二人の方を見てみれば甘い雰囲気が漂っている。
「グリーン、寒い」
「そんな薄着でいたら寒いに決まってんだろ!この前持ってきたコートはどうしたんだよ」
「山の中をあるいてたらなくしちゃって」
「どうやったらこのクソ寒い山でコートをなくすのかわからないんだが」
「気付いたらなくなってた……寒い」
「ああもう、お前ほんっとだらしねえな。ほら、こっちこいよ」
「ん。あったかい」
両手を広げたグリーンに、遠慮なくぎゅっと抱きついてレッドは微笑む。グリーンは文句を言いながらも頼られるのが嬉しいのか表情が緩むのを隠せていない。
っていうかさ、寒ければ毛布をかぶるとかさ、そういう方法でもいいんじゃないの。というつっこみは野暮なんだろう。あの二人は何だかんだと理由をつけてくっつきたいだけなのだ。だってそもそもこの3年間、シロガネやまで半袖で通してきたレッドが今さらこれくらいの寒さに耐えられないはずがない。先ほどグリーンのウィンディがつけてくれた焚火だってあるし、一般的には寒いんだろうけど、レッドにとってはそう寒くはないはずなのだ。
じっと見ていると、ぎゅうぎゅう抱きついていた二人は体勢がきつかったのか横に並んで座り、一緒に毛布をかぶりはじめた。手はちゃっかりと恋人つなぎにしちゃっている。レッドが手を握ると、グリーンはちょっとだけ顔を赤らめてその手を握り返す。するとレッドはまた嬉しそうにぎゅっと手を握る。うーん、幸せそうだなあ。でもちょっと、見ている方としては居たたまれないというか恥ずかしいというか、とにかく体中がむずがゆくなるような感じがする。確かにここには二人と一匹きりなんだからいちゃいちゃしたいのはわかるけど。
一緒の毛布にくるまっておしゃべりしている二人はとても楽しそうだ。グリーンが何かを話してレッドが相槌を打って、二人で笑いあう。二人は男同士だけどそうやってくっついている姿が何故かとってもしっくりくるのだから不思議だなあと思う。
あ、レッドが身を乗り出した。グリーンがちょっと慌てている。これは、あれかな。あ、レッドが目を閉じた。あー、キス、しちゃうのかな。ちょっとドキドキしながら二人の様子を見守り続ける。見ないでいてあげる方がいいかな、なんてちょっとだけ考えるけどやっぱり好奇心には勝てない。グリーンも目を閉じた。ゆっくりと二人の顔が近づいて行く。
ゆっくり、ゆっくり。おおっ、あともうちょっと!
「ぶいーっ!」
もふっ。
そんな効果音が似合いそうなふさふさのしっぽが二人の顔に直撃する。
ああ、そうだ、忘れていた。正確には二人と一匹じゃない。今日は最近孵化したばかりだと言うグリーンのイーブイも来ていたのだった。
「うわっ、どうしたんだよ、イーブイ」
「ぶいっ、ぶいーっ!ぶいぶいっ!」
「……グリーンと遊びたいのかな」
「そうなのか、イーブイ?」
「ぶいっ」
イーブイはグリーンの問いかけに機嫌良さそうに頷いてすりすりと体を寄せている。グリーンは可愛がっているイーブイが甘えて来て嬉しそうだけど、キスできなかったのが残念なのかちょっとしょぼくれた顔をしていた。そしてレッドはと言えば親の仇でも見るかのような目でイーブイを見つめている。そんなに敵視しなくても、とイーブイの方を見やればレッドに勝ち誇った表情を向けている。なるほど、確信犯なわけね。しかもグリーンには見られないようレッドを挑発するなんてこいつ結構腹黒い。
イーブイの様子に気づくことなくグリーンはイーブイを撫で、レッドをなだめている。ポケモン相手に拗ねんなよとかこいつ甘えん坊で大変なんだとかまあそこがかわいいんだけどとかなんとか。そのたびにレッドの機嫌が下を向いて行く。あー……これはヤバい。レッドが完璧に拗ねると面倒だ。仕方ない、その前にぼくが一肌脱いでやろう。全く手間のかかるカップルだ。
かじっていたビスケットを一度置いて、レッドのもとにぼくは駆けよる。レッドは完全にむくれてしまっている。ぴょんっとレッドの肩の上に跳び乗れば、どうしたの?と視線で訴えかけてくる。まあ見てなって、レッドの望みは叶えてあげるよ。そう、意味を込めてしっぽで背中を叩くと視線の意味がどうしたの?からどうやって?に変わった。レッドはぼくのことを理解してくれているし、ぼくはレッドのことを理解している。だからこれくらいのアイコンタクトはお手の物だ。
ぼくはレッドの肩から降りてグリーンの方に向かう。目的はグリーン、の、イーブイだ。やあ、と声をかけるとあからさまに嫌そうな顔が返ってくる。うん、そうだろうね、大好きなご主人さまに構ってもらってるのを邪魔されたくないんだね。でもね、レッドがつまらなさそうにしているのは嫌なんだよ。レッドはグリーンが大好きだけど、まだこの山からは降りられないから中々会いに行けないんだ。たまに会えた時くらい、いい思いをさせてあげたいだろう。レッドはぼくの親友なんだから。
「ぴか、ぴかちゅう。ぴぴかぴかちゅ?」
「ぶい……ぶいぶいっ」
「ぴかぴか!ぴっぴかぴかちゅ!」
「ぶいーっ!」
イーブイに一緒に遊ぼうと問いかけたのだけど、断られてしまった。こいつ、手ごわそうだなあ。ぼくがこいつの気を引いていればレッドとグリーンはいちゃいちゃできると思ったんだけど。めげずにもう一度誘ってみるけれどやっぱり答はNOだった。小さくため息をついて、ちらりとレッドの方を見れば、心得たらしく援護射撃が飛んでくる。
「グリーン、ピカチュウがイーブイと遊びたいって」
「お、そうなのか。いいじゃん、遊んでもらえよ、な、イーブイ」
「ぶいぶいっ」
グリーンに言われても、よっぽどご主人と離れたくないのか嫌だと言うイーブイ。でも、もう一度言われたら流石に逆らえないのか言葉に詰まり始めた。よし、今だ。イーブイの側に行って手を差し出す。ほら、一緒に遊ぼう、洞窟の奥には滑り台みたいな氷があるんだよ。グリーンは、仲がいいことは良いことだとにこにこと様子を見守っている。そんなご主人をがっかりさせたくないイーブイは、ぼくの誘いに乗らざるを得ない。こいつ、腹黒だからね。やっぱりご主人の前では良い子でいたいってわけだ。
イーブイはすべりだいに興味をひかれたふりをして、かわいらしい声音で返事をして、ぼくのあとをついてきた。うわあ、視線が痛い。こいつ今めちゃくちゃぼくのこと睨んでるよ。本当に、生まれたばかりだってのに手ごわそうだなあ。しばらくの間こいつにつ合わなきゃならないと考えるとため息が出ちゃいそうだ。
けれど、イーブイを引き連れて洞窟の奥に向かう時、振り返ったらレッドとグリーンが先ほど出来なかったキスをしていた。照れてるグリーンと楽しそうなレッドが、本当に、本当に幸せそうに見えたから、何だかそれでぼくまで幸せになれた気がして、面倒な子守も頑張れるように思えたのだった。
それにしても、全く手のかかる主人を持つと大変だね。まあそんなレッドがぼくは大好きなわけなんだけれど。
END
toまざぁ様
(レグリ/シロガネ山でいちゃいちゃ/甘々)
リクエストありがとうございました。