text | ナノ




物足りなさは君が故

ネイビーのブレザーに赤のネクタイを締めて鏡の前で身だしなみチェック。うん、大丈夫。今日もばっちりきまってる。昨日のうちにきちんと教科書類を詰めておいた鞄を持って一階に降りるとコーヒーの香りとパンの焼ける香ばしいにおいが食欲を刺激する。微笑みながらおはようと言ってくれる姉さんにおはようと返して焦げ目一つないふわふわのオムレツにケチャップをたっぷりとかけてフォークを突き刺した。姉さんの作るオムレツは今日も旨い。さくさく感がすばらしいクロワッサンを噛めばバターの風味が口いっぱいに広がるし、姉さんお手製のたまねぎドレッシングをかけたサラダは野菜のみずみずしさがたまらない。コーヒーは言わずもがな。姉さんはお茶やコーヒーを淹れることが得意なのだ。
今日も拍手喝采を贈りたくなるようなおいしい朝食を堪能して、行ってきますときちんと挨拶をしてから家を出る。
今日の天気は気持ちいいほどの快晴で太陽の光がとてもまぶしい。青空に吸い込まれるように目線を上にすると隣の家の二階で人影が動いているのが目に入った。その人物はバタバタと随分慌ただしく行動しているようで何度も窓の中を右に左にと移動している。あいつ、また今日も寝坊したのか。バカレッド。

そう、隣家の2階で忙しなく動いているのは幼なじみのレッドだった。レッドとは生まれた病院も一緒で幼稚園も一緒。もちろん小学校だって一緒で中学校だって一緒だった。だから高校に入ってはじめて学校が別れたときはどうにもこうにも何かが物足りなかった。その何かがレッドだってことは最初からわかっていたけど学校は変えられないからどうすることも出来ない。家は隣同士だけど、レッドの高校は街の東側、俺の通う高校は街の西側にある。だから朝一緒に途中まで登校、なんてこともできない。以前は頻繁に遊びに行っていたレッドの部屋も、高校に入学してから何となく行く回数が減ってしまった。別に気にせずに遊びに行けばいいのだろうけど高校に入って俺の知らない人間と仲良くなるレッドが俺は何となく嫌だったのだ。俺の知らないコミュニティ。俺の知らない友達。俺の知らないレッド。誰よりも近かったはずの親友がだんだんわからなくなるような感覚が怖くて俺は何となくレッドに声をかけるのをためらうようになってしまった。そうすると俺達の接点はどんどんなくなっていく。もともと面倒くさがりでメール返信すらサボるようなレッドから俺の部屋に遊びにくることは俺がレッドの部屋に乗りこむことに比べたら少ないことであったし、おばさんによると新しい生活に慣れるのに苦労もしているようで帰ってくるととても疲れているらしい。グリーンくんがいなくてあの子寂しいみたい、なんておばさんは言ってくれるけど、実際のところがどうなのかは分からない。声をかけてみようか、急に部屋に遊びに行って驚かせてやろうか、なんて考えてみるけどどうにもこうにも足がすくんでしまう。おかしい、中学まではレッドの部屋に遊びに行くことは自分の部屋に帰ることと同じようなものだったはずなのに。そう考えたらますますレッドとの距離が離れてしまった気がして泣きたい気持ちになった。そうしてそろそろ夏休み寸前。もう昔みたいには戻れないのかな、と寂しさを感じながら学校への道を歩きはじめた。


***


ベッドから転がり落ちて目を開ければ逆さまの文字盤が飛び込んでくる。ぼんやりとそれを眺めていると母さんが起床を促す声が聞こえてきた。起きなさい、遅刻するわよ、って、あれ、いま何時?ええと、この時計は逆さまだから……

「……遅刻する!」

慌てて起き上がってカーテンを開ける。太陽の光のまぶしさに体が覚醒していくのを感じる。ついでに服を脱ぎ捨て壁にかけてある金ボタンが輝く黒の学ランを着こむ。鞄をひっつかんで一階に降りようとしたところで教科書もノートも詰めていなかったことを思い出す。どうしよう、数学と物理の教科書どこにやったっけ。ああ、古典の辞書も見つからない。どうしよう、早く見つけないと遅刻してしまう。バタバタと部屋中を探しまわっていると窓の外に見慣れた茶色が動いた気がした。ちらりとそちらに目線をやると、やっぱり、思っていた通り幼なじみのグリーンだ。

グリーンとは生まれた病院が一緒で幼稚園も一緒。小学校も中学校も一緒で、でも高校は別だった。本当は同じところに行きたかったけどグリーンが現在通っている高校はこの地域で最も勉強のレベルが高い高校で、残念ながら僕の学力では少しばかり足りなかったのだ。入学してしばらくはいつも隣にいたはずの存在がないことに戸惑いを隠せなかった。それにグリーンほど人付き合いが上手くないから友達を作るにもどうしたらいいのかわからなかった。今まではグリーンとずっと一緒にいて、気付いたら友達が増えている、そんな感覚だったのだ。新しい環境に緊張して、上手くやろうと努力してくたくたになって帰ってくる。入学してからしばらくはそんな感じで僕はいっぱいいっぱいだった。でも段々友達も出来て学校も楽しくなってきて、周りを見渡す余裕が生まれた時に気付いた。最近グリーンとしゃべってない。グリーンも忙しいのかな、とか、高校で新しい友達が出来て僕のこと忘れちゃったのかな、とか色んなことを考えて寂しくなって母さんに愚痴を言ったりもしてしまった。明日は連絡が来るかな、いや、帰ってきたら部屋にいたりして。だってグリーンは僕の部屋を自分の部屋と思っている節があったから。なんて期待してみるが待てど暮らせど音沙汰なし。どうしちゃったんだろ、まさか本当に忘れられちゃったかな、と、小学校からの付き合いのタケシに相談してみると、「自分からは連絡しないのか」という目から鱗のアドバイスを頂戴してしまった。あ、そうか、あっちが来なけりゃこっちから行けばいいんだ。というか、グリーン程ではないけど今まで僕だってグリーンの部屋に勝手に遊びに行ったりしていたのにどうしてその発想に至らなかったのだろう。不思議に思って口にすると、タケシは元々細い目をさらに細くしてぐりぐりと頭を撫でてきた。「お前らお互い怯えすぎ。幼なじみのくせに」とタケシは言う。その意味を聞いてもタケシはただ笑うだけで何も言ってくれなかったけど、まあ、とにかく僕は決めたのだ。今日は早めに帰って来てナナミさんのおやつをもらってグリーンの部屋で待ち伏せしてやろう。驚くかな、喜ぶかな、もし迷惑な顔をされたらちょっと立ち直れないかもしれない。グリーンだって高校に入って新しい友達ができただろうし、そっちと遊ぶ方が僕と遊ぶより楽しいとかだったら嫌だなあ。でもこのままグリーンとしゃべれなくなってしまうのはもっと嫌だ。とりあえず遊びに行く口実は、昨日発売されたゲーム。小学校のころからずっと二人ともプレイし続けているポケモンの最新作。あいつだって、絶対買ってるはずなんだ。

教科書を何とか見つけ出して鞄に詰め込む。古典の辞書は隣の人に見せてもらえばいいや。これ以上もたもたしていたら遅刻する。階段を駆け下りて冷たい水で適当に顔を洗ってから玄関に向かうと母さんが待っていてくれた。靴を履き終わるとおにぎりを渡してくれる。鮭と昆布の大きなおにぎりは高校に入ってからの朝の定番だ。

「行ってきます!」

大きな声で挨拶して、僕は玄関を飛び出した。



END

toくおん様
(レグリ/学パロ/別の学校に通う二人)
リクエストありがとうございました。







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -