text | ナノ




優しい夢

広い庭のある、木でできた大きな家に綺麗な奥さん、それからかわいい子供が二人。男の子と女の子。
天気のいい日には庭で大事なポケモンたちを出してやる。すると子供たちは目を輝かせてポケモンたちに突進していく。日々のブラッシングのおかげで毛並みも良く賢いウィンディや、やさしくて力持ちなカイリキーに構ってもらえて子供たちは大喜びだ。あんまりはしゃぎすぎんなよ、と声をかけて俺は庭に置かれた木製のガーデンチェアに座る。今日は適度に暖かい。外でのんびりするにはうってつけの日だ。
きゃいきゃいとはしゃぐ子供たちは信頼するポケモンたちに任せておけば大丈夫だろう。さて、俺はこれからどうしよう。まだ読んでなかった推理小説でも読もうか、それともこの暖かな陽気に誘われるままに昼寝をするのもいいかもしれない。でも不思議なことにあんまり眠くないんだよなあ、研究で疲れているはずなのに。俺が悩んでいると、後ろからそっとマグカップが差し出された。振り向くとそこには愛する俺の妻がいる。たまの休みなんだから、本なんか読まないでお日さまの下でゆっくりしましょう、お昼にはフランスパンでサンドイッチを作ってあげる、あなたも子供たちも好きでしょう?にこにこと柔和な笑みを浮かべる彼女に、そうだな、と返して俺は小説をテーブルに置く。彼女の言うことも最もだ。普段書類やパソコンとにらめっこな生活をしてるんだから、今日みたいな日は何にも考えずゆっくりしよう。昼飯、アボガドのサンドイッチも作ってくれるか?そう問えば彼女は微笑んで、ええもちろん、と答えてくれた。
広い庭のある、木でできた大きな家に綺麗な奥さん、それからかわいい子供が二人。男の子と女の子。
少年のころからずっと一緒にいてくれるポケモンたちも一緒に暮らしている。
絵で描いたような幸せな家庭。幸福が胸の中からあふれてくる。

「幸せだなあ」

そう口にした瞬間、急に真っ逆さまに落ちる感覚が俺を襲った。



***



目を覚ますと、そこは自室のベッドだった。
ナナミ姉さんと暮らす、マサラタウンの俺の家、二階にある俺の部屋、15歳のオーキド・グリーン。もちろんまだ少年と言える年齢の俺は結婚なんかしていなくて、当然子供だっていないし自分の家だって持っていない。
夢の中であんなにも鮮やかだった映像は、現実に戻った瞬間あっと言う間に色褪せる。綺麗な妻の顔はおろか、髪型や体型だって思い出せないし、子どもたちも性別と元気だったことしかわからない。ただ、漠然と、奥さんは美人で、子供たちは可愛かったことだけを覚えている。そして夢の中で俺は確かに幸福を感じていたことも。
夢の中の幸せは遠い昔の記憶のように曖昧だけれども胸に迫る懐かしさを持っている。もう一度あの幸福を味わいたいと思わせる、郷愁にも似た感覚だ。
目を閉じてもう一度、夢の世界に潜ろうとしたけれど、一度醒めてしまった夢には戻ることはもちろん眠ることすらできそうにない。もう2度と、あの幸せは俺のもとには来ないんだなあと考えるととても悲しい気分になる。幸せと言っても全くの虚構の世界だったというのに、俺は寂しさを抱えながら今日も現実を生きるためにベッドから降りたのだった。


オーキド・グリーンは15歳。もちろんまだ少年と言える年齢の俺は結婚なんかしていなくて、当然子供だっていないし自分の家だって持っていない。だけど恋人はいたりする。けれどその恋人とは今朝見た夢のような絵に描いたような幸せは望めない。
別にそのことに不満を持ったことはないつもりだったのに、あのような夢を見たということは、俺は心の底では誰しもが望むようなわかりやすい幸せを望んでいたということだろうか。恋人がいてくれれば綺麗な奥さんも子供もいらないと、そう思っていたのに。
それともこれは俺が決して手に入れることのできない未来を、そのことを哀れに思った神様が見せてくれたのかな、なんて考えてみる。だって俺は、やっと手に入れた恋人を手放すつもりなんてないんだ。だから俺の将来にあの夢のようなことは起こり得ない。
確かに、今朝の夢は幸福だった。泣きたいくらい、幸せが詰まっていた。暖かく肌触りのよい毛布に顔をうずめた時のような、姉さんが淹れてくれた紅茶を飲んだ時のような、柔らかくて気持ちがいい、優しい夢だった。
神様の存在なんてこれっぽっちも信じちゃいないけど、もしこれが神様ってやつの見せた夢だとしたら、なんて優しくて残酷な夢なんだろう。

オーキド・グリーンは15歳。もちろんまだ少年と言える年齢の俺は結婚なんかしていなくて、当然子供だっていないし自分の家だって持っていない。だけど恋人はいたりする。けれどその恋人とは、結婚なんて、ましてや子供なんて望めやしないのだ。お互いそのことはわかっていて、それでも一緒にいることを選択した。あいつも俺も、生産性もなければ世間一般の幸福を手に入れられないとわかっていても相手から離れられる気なんて、しないのだ。
その恋人の名前はレッド。俺、オーキド・グリーンの幼なじみにして親友にしてライバルである、れっきとした男である。



END


「snow forest」の水橋緋音様からタイトルをいただきました。








第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -