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壊れてしまった君の隣で

部屋に入った途端後ろから突き飛ばされた。いきなりのことに驚いて受け身も取れずに顔面から床に突っ込んでしまう。したたかに額を強打し、目の前に星が飛び散ったのが見えたような気がした。痛いなあと当たり前のことを考えたところで肩を掴まれうつぶせの状態から仰向けにされる。そこにいたのは僕の恋人のグリーンだった。部屋の中は暗くて表情は見えない。声をかけようと口を開いた途端首にあたたかい感触を感じた。グリーンがその両手を僕の首にかけている。僕は口を閉じてグリーンの方を伺った。相変わらず表情は見えない。そのまま微動だにせず彼の出方を伺う。下手に動くと何をされるかわからない、そんな嬉しくない学習を僕はしてしまっている。こういうときのグリーンは、危ない。
そんな張り詰めた沈黙を破ったのはグリーンの方だった。


「おかえり、レッド。どこに行ってたんだ?」

「……グリーン……あの……」

「どこ行ってたんだよ……どこか行くなら一言言って行けっていつも言ってるよな……なあレッド……どこに……どこに行ってたんだよっ!!」


急に声を荒げ、グリーンは手に力を込め始めた。それにしたがって僕の首も絞まる。ギリギリと僕の首を締めながらグリーンはなおも叫んでいる。


「どこに行ってたんだ心配したんだぞ帰ってきたらお前がいなくてお前すぐどっかいっちまうから心配で心配でたまらないんだだから出かけるときは絶対に俺に直接声かけてどこに行くか言えっていつも言ってるのにどうしてお前はそうやって勝手に出て行ってしまうんだ俺を心配させて楽しいか俺は本当に本当に本当に不安で仕方なくてそれなのにそれなのにお前はっ……!!」


気道が圧迫されて息が吸えない、言葉を発することなんてもっとできない。しかしグリーンは苦しがる僕の姿が見えていないかのように手に体重をかけて尚も圧迫を続けてくる。引きはがそうと手首を掴んで押し返したり、爪を立てたりしてみたがびくともせず、全く離してくれる気配もない。目の前がだんだん黒く塗りつぶされていくのを感じ、最後の抵抗とばかりに爪を立てた指先に力を込めた。
ぶつりという感触と共に暖かいものが僕の指を伝う。その瞬間首を抑えつけていた力が緩み、呼吸ができるようになった。何度か咳き込み、落ち着いたところで空気に鉄錆の匂いが混じっていることに気がついた。指先は何かの液体でぬめっている。そこでやっとグリーンの腕に爪を立てたときに出血させてしまったのだと気がついた。

おそるおそるグリーンの方を伺ってみると先ほどまでの勢いはどこに行ったのか、相変わらず僕の上に乗ったまま、自分の腕を見つめていた。
体をよじってグリーンの下から抜けだし、電気のスイッチを押した。プラスチックのスイッチに僕の手についた血液がついてしまったけれど仕方がない。あとで拭けばいいだろう。

あかりがつき、部屋の中の様子がパッと見えてくる。
僕が出ていった時はきちんと片づけられていたはずの部屋は見るも無残に荒らされていた。クローゼットは開きっぱなしできちんとたたまれていたはずの洋服は散乱しているし、本棚の中はほとんど空で入っていたはずの本は床に投げ出されている。ベッドの上においてあったはずの枕や毛布が何故か机の上に覆いかぶさっていた。
犯人は捜すまでもない。グリーンだ。もうこれで何度目だろう。ため息をつきたいのをこらえて彼の方に向き直ると腕を見つめたまま静かに泣いていた。言いたいことは色々あるがまずは彼の腕の治療をしなくてはならない。なるべく刺激しないように、でもいきなり飛びかかってこられても対処できるように、慎重に距離をとって話しかける。


「グリーン、まずは消毒しよう。リビングに救急箱があったはずだから取ってくるよ。ちょっと待っていられる?」

「すぐ……戻ってくるよな?」

「すぐ戻ってくるよ。救急箱を取りに行くだけだから」

「わかった……絶対戻ってこいよ……」


静かに部屋を出て急いでリビングに向かう。救急箱の位置はもう把握しているから最短時間で部屋に戻れるはずだ。途中指についた血を洗い流したいと思ったが今はグリーンを一人にしておきたくないので後回しにして部屋に戻った。
グリーンは先ほどまでと同じように座ったままだったが今は両腕を重力に従っておろしている。彼の前に腰をおろして、消毒薬とガーゼを取り出して腕を取った。一瞬彼の体が震える。「大丈夫だから」と声をかけたけれど、体は強張ったままだった。そのまま二人とも無言で手当てを済ませる。指先の汚れはとりあえずウエットティッシュで拭きとった。グリーンはその間ずっと目を合わせてくれなかった。


「立てる?」


顔を覗き込むようにして尋ねると、少しだけ僕から顔をそらしながらグリーンは無言で頷いた。彼の肩を抱くようにしてマットレスだけの無残な姿になってしまっているベッドに移動させる。床は固いし冷たい。そんなところに彼を座らせておくのは良くない気がした。
グリーンは大人しくベッドに座ってくれた。その隣に30センチほどの距離を開けて僕も腰を下ろす。
グリーンはしゃべらない。僕も口を開かなかった。沈黙が空間を満たす。
とても長い静寂の後、隣から微かに嗚咽が聞こえてきた。
グリーンが泣いている。声を押し殺して、頬を伝う涙を拭いもせず泣いている。
僕はそっとグリーンの手に自分の手を重ねた。ぴくりと彼の体がこわばるが気にせずにそのまま手を握りこむ。すると彼の目からあふれる水滴が量を増した。


「ごめん、ごめんなレッド……お、おれっ、お前にあんなことするつもりじゃなくってっ……ご、ごめ……ごめん……ごめんなさい……苦しかったよな……苦しかっただろ?……ごめん、ごめんレッド、おれ、お前をまた殺しそうになったっ……そんなことがしたいわけじゃないのにっ……お前がまたいなくなったのかと思ったら止められなくってっ……おれ、おれは……」


ぐすぐすと泣きながら彼はひたすら僕に謝り続ける。見ていてかわいそうになるくらい必死に。
グリーンに殺されかけたのは今回が初めてじゃなかった。以前にも何回か些細なことで、僕にとってはほんの些細なことで殴られ続けたり、首を絞められたりしたことがある。
それはふらりと散歩に出かけて帰ってきた時だったり昔の旅の時お世話になった女の子と話したあとだったりした。


「ごめ、ん……ごめんレッド、いやなんだ、ま、また……またお前がおれの前からいなくなったりっ、おれを捨てたりしたらって考えると怖くなってっ……!でも、決してお前を殺したいわけじゃないんだ、ごめんレッド、もうしないから、もうしないからいなくなったりすんなよっ……!」

「グリーン……」


そう、彼は怖いのだ。僕が彼の傍からいなくなることが怖いのだ。それは僕が3年前、誰にも何も告げずにシロガネ山にこもったことが原因らしい。あの時のようにまた僕が彼の手の届かないところに行ってしまうのではないかと考えると暴力に走ってしまうらしい。


「レッド、ごめん、ごめん……」


グリーンはそれしか言うことのできない人形のように謝罪を繰り返す。その姿はカントー最強のジムリーダーには全く見えなかった。まるで母親に捨てられまいと必死な子どものようで悲哀を誘う。
彼に泣きやんでほしくて口を開こうとしたところで、ふと以前言われたことを思い出した。


―ねえ、一度グリーンと離れてみた方がいいんじゃないかしら?ちょっと冷静になってみる必要があると思うの。だって何度も殺されかかってるんでしょう?グリーンは明らかに正常じゃない。今まではなんとか元に戻ってくれたけど、今後もそうとは限らないし、このままじゃあなた達、二人ともダメになっちゃう気がするの……


確かカスミに言われたことだ。いつも元気なおてんば人魚らしくなく悲壮な顔で彼女は僕たちに別れを勧めた。カスミは優しい。僕たちを本当に心配して言ってくれていることは良くわかった。その時は「きっと大丈夫だよ、僕がいることが当たり前だと思ってくれるようになったら元に戻ってくれるはず」と僕は答えたけれど、本当に大丈夫なのだろうか。現にグリーンはまた僕を殺そうとした。本当にこのままの関係を続けてグリーンが元に戻る時は来るのだろうか。いっそカスミの言う通り離れてみた方が良いのではないだろうか。
急に言葉がでなくなる。間違っているのだろうか。僕とグリーンが一緒にいることは間違っている?

グリーンは未だにごめんなさいを繰り返している。
僕はそんな彼にかける言葉が見つからない。
壊れてしまった彼の横で、僕は何をすることもできなかった。




END

toいさやなお様
(レグリ/グリーンが病んでる)
リクエストありがとうございました。






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