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憐れみロープ

家に帰ったら姉さんは外出していていなかった。
テーブルの上に「マサキさんのところにお手伝いに行ってきます。」という書きおきがある。これならばおそらく姉さんの帰りは遅いだろう。あの二人は仲がいいから。ということは俺はそれまで自由と言うことだ。じいさんは学会があるとかで明後日まで帰ってこない。家の中で何をしても咎める人はいない。
これは好都合かもしれない。
誰にも気づかれることなくできるかもしれない。
胸の高鳴りを押さえながら階段を登って自分の部屋に向かう。
扉を開くとそこはいつも通りの俺の部屋。
緑色で統一され、ところどころに書類や本、ぬいぐるみが置いてある。
緑色は精神を癒す色だと昔誰かが言っていた。
グリーンくんの名前は緑だから、きっと素敵な人になるわね、とつけ加えて。
残念ながら俺はそんなにご立派な人間には育たなかった。
緑の効果を持つことはできなかった。
俺は本当はグリーンではないのかもしれない。
グリーンというのは本当は別の人間に付けられた名前で、俺はたまたま幼いころにその人間と中身が入れ替わってしまったまま今日まで気づかず成長してしまったのかもしれない。
だって俺は他人を不安に不快にさせることはできても癒すことはできないんだから。

テーブルの上に腰から外したホールホルダーを置く。中には俺の大切な大切な相棒達。昔、愛情と信頼が足りてないと言われた俺の、相棒。きっとこいつらはかわいそうなポケモンなんだろうな。だって俺には愛情がわからない。最近できた後輩はこいつらが俺に懐いているという。俺が愛情をかけている証だと。
……くだらない。
そんなものはまやかしだ。考えてもみろ、ボールに閉じ込められて出てくるかこれないかは閉じ込めた人間の気分で変わる。下手すりゃ一生ボールの中だ。そんな生き方、冗談じゃないだろ。だからこいつらはたとえ俺が気に入らなくても媚を売らなきゃならない。信頼してるふりをしなくてはならない。かわいそうに。俺なんかに捕まってしまったばっかりに。本当はもっともっと、そう、幼なじみの赤いあいつのような素晴らしいトレーナーに育ててもらえる可能性もあったのに。
かわいそう。
ボールを一撫でするとカタカタと動いた。
中からこちらを見つめるピジョットは何故か嬉しそうで俺はやっぱり苦しくなった。

「ごめんな…」

ボールから手を離して上着を脱ぎ捨てる。
机の中から赤い飾り紐を取り出して俺は隣の物置部屋に向かった。
机の上のボールたちががたがたと動き、外に出ることを訴えていたが無視して扉を閉める。大丈夫。万が一のことがあってもここは自宅だからお前らは誰かに気付いてもらえるって。
物置部屋は閉め切っていた部屋特有のこもったにおいがした。空気を吸い込むとカビ臭さが鼻につく。けれどそれがひどく安心した。綺麗なところでにこにこ笑ってる資格なんて俺にはないんだ。俺はいらない子だから。
ダンボールや何が書いてあるかわからない分厚い本をかき分け一番奥に向かう。
奥には窓があって月光が部屋に侵入して来ていた。
その真下に座って飾り紐を首に巻く。
両方の端を持ってゆっくりと横に引っ張っていく。
じわじわと増す圧迫感。
息ができなくなって目の前がちかちかする。
苦しい。
けど。
俺は両腕の力を強くした。
顔に血が集まってくる感覚。
このまま顔が破裂するのではないだろうか。
目を閉じたら視界が赤く赤く塗りつぶされて――


***


気がついたら物置部屋に倒れていた。
ああ、今日も死ねなかった。
臆病な俺はこんな方法じゃ本当は死ねないってわかっているのに繰り返す。

―本当は、死にたくないんでしょう

「うるさい…」

頭の中で誰かが囁く。よく知っているような知らないような不思議な声。違う。俺は死にたいんだ。
1階から姉さんの声がする。帰ってきたばかりみたいだ。
俺は急いで立ち上がってまたダンボールと本をかき分け自分の部屋に戻ってタートルネックの服に着替えた。首筋には綺麗に飾り紐の跡が残っている。
姉さんがドアの前までやってきた気配がした。

「グリーン?寝ているの?」

「起きてるよ、姉さん」

出てきた俺をみて姉さんは一瞬不思議そうな顔をした。
けれどすぐににこりと綺麗な笑みを浮かべて食事の準備ができたことを告げてくれた。
俺の首には気付かない。
それでいい。
姉さんに迷惑かけたくないし。
けれどどうしてか。
心のどこかが軋む音がした。


END






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