text | ナノ




所詮バカップルのケンカです

「トウヤとケンカしたぁ!?」

「うん、それでどうしたらいいのかわからなくなってしまって」

目の前で情けない顔をしてオレンジジュースを飲みながら話すNを見てトウコはため息をつく。今日はせっかくいい天気だったから手持ちポケモンたちと庭で水浴びでもしようと思っていたのにいきなり双子の弟の恋人が思い詰めた顔をして訪ねてきた。何か大変なことでもあったのかと予定を変更、Nを家に招き入れ、ソファーに座らせ、昨日買ったばかりのオレンジジュースを出してやり待つこと十数分、すっかり氷が溶けて薄くなってしまったジュースをちびちびと吸いながらようやくぼそぼそと話しだしたNの言葉を要約するとつまるところ「トウヤとケンカしてどうしていいかわからない」であった。

「なによ、あんたが思い詰めた顔してるからてっきり何かもっと大変なことがあったのかと思ったわ」

「トウコはこれが大変なことじゃないっていうのかい!?」

膝に乗せたミジュマルを撫でながら呆れたようにトウコが言うとNは信じられないといった顔をして身を乗り出す。トウコにしてみればどうせ恋人同士の痴話げんか、下手に首を突っ込んで馬に蹴られるのはごめんである。しかも弟であるトウヤは誰が見てもわかるほど目の前の青年に夢中なのだ。どうせほおっておいたら向こうから何らかのアクションを取ってくることは手に取るように分かる。
正直面倒くさい。痴話げんかに巻き込まれるのは遠慮したい。しかしNは悲痛な表情で「ケンカだよケンカ!今までこんなことなかったのに!」などと騒いでいる。確かにトウヤのあの惚れっぷりではなかなかにケンカなど起こらないだろうし今までまともに人間と関わってきたことのないNには仲直りの方法などわからないだろう。ミジュマルをボールに戻しながら仕方ないなあとNに向き直る。何だかんだトウコだってNがかわいい。年上のくせに弟みたいな彼がしょげているのだ。このまま放り出すのは酷だろう。

「仕方ないわね、そもそも何でケンカしたのか話しなさい。わからなければ何もできないでしょ」

「トウコ!一緒にどうしたらいいか考えてくれるのかい!?」

「まあね。とにかくどうしてケンカなんてしたのよ?あんなにあんたたち仲良くやってるじゃない」

「そうだね。話せば長くなるのだけど……」


***


話は2日前にさかのぼる。旅をしていた二人は前日にライモンシティに泊まり、その日トウヤとNは別行動をしていた。生活必需品を買いだしに行くついでに人に会う用事があるからと出かけて行ったトウヤを何の疑問ももたず送りだしたNは暇を持て余してミュージカルホールに向かった。Nはバトルが好きではない。バトルを通して人間とポケモンが絆を深めあうことも出来るのだと知った現在でもポケモンが傷つくのを見るのが嫌だった。しかしミュージカルは好きだ。最初はポケモンを見世物にして…と憤慨したものだったがミュージカルホールで生き生きと演技するポケモンたちを見て、彼らの楽しそうな声を聞いてからは考えを改めた。時々、出たいと駄々をこねるゾロアを出演させることすらある。
そんなNだったので、一人になり暇を持て余した時にミュージカルホールに行くのはおかしいことではなかった。その日はトモダチたちを出演させることはなく、他のトレーナーのポケモンたちが着飾ってくるくる舞ったり飛びはねたりと楽しそうに踊る様を見て和んでいた。しかしいつまでも時間をつぶせるわけではない。そこでNはお昼すぎにホールを出て近くにある遊園地へと向かったのだった。遊園地もNが好きな場所の一つである。今は一人なので乗れはしないがお昼ご飯でも食べながら美しい円運動を描く観覧車を眺めようと途中の売店でサンドイッチを購入して足を進めた。
観覧車は相変わらず美しかった。寸分の狂いもなく規則正しく動くそれを眺め、乗れないことを残念に思いつつサンドイッチをほおばる。トウヤと会う以前、Nにとって食事と言うものは生きるために必要な栄養素を摂取するためのものでしかなかった。食べることが楽しいことだということ、食べ物がおいしいということはトウヤに会って、彼と共に旅をするようになってから知った。今日のサンドイッチはハム野菜サンドで、レタスときゅうりの緑とパプリカの赤、それから薄桃色のハムの取り合わせが目にも綺麗にうつったし、味付けのマヨネーズも多すぎず少なすぎずその役割を十分に果たし素材の味を引き立てていた。しかしやはり一人で食べる食事はどこか味気なく、お腹は満たされたものの十分に満足は出来なかった。
包み紙をくしゃりと丸めてゴミ箱に捨て、サンドイッチと一緒に買ったジュースを飲みながらぼんやり観覧車を眺める。夜になってもいい、トウヤとこれに一緒に乗りたい。他愛ない話をしながら一緒に夕飯を食べたい。
トウヤが帰ってきたら誘ってみようと決意し、空になった紙コップをゴミ箱に向かって投げる。それは綺麗ではないが放射線を描いて見事にゴミ箱の中に吸い込まれていった。クリーンヒットしたことに少しだけ気を良くする。前回トウヤがこれをやっているのを見て実はやってみたかったのだった。その時トウヤは上手くゴミ箱の中に入れることができず、釈然としない顔をしながら結局拾って入れ直していた。一発で入ったことを自慢しよう、きっとトウヤは悔しそうな顔を見せて次は自分も入れてみせると可愛らしい意地を貼るに違いない。

トウヤのことを考えつつ立ちあがったところでふと見なれたものが視界を掠めた。そちらを見ると噂をすれば何とやら、今までNの思考の大部分を占めていたトウヤが歩いていたのだった。嬉しくなって声をかけようと一歩踏み出したところでNはぴたりと動きを止めた。トウヤの隣にはNの知らない女の子がいたからだ。女の子の方は誰が見てもわかるほどトウヤが大好きですといったオーラを発しているし、トウヤも満更ではなさそうな雰囲気である。予想外すぎる光景に仲良くしている二人を茫然と見ているうちに女の子の方がトウヤにぎゅっと抱きついた。ボクのトウヤなのに!と頭に血が上ったNだったがトウヤの方も女の子の頭に手を乗せて愛おしそうに撫ではじめたのを見て凍りついた。

「トウヤ…どうして…どうして。恋人はボクじゃなかったの?」

茫然としているNに気付くことなく二人は観覧車の中へと消えて行った。そのままNはふらふらと泊まっているホテルに戻り、身支度を終えた後、トウヤに黙ってそのまま飛び出してきたのだった。
しかしいるはずの人物がいなければ帰ってきた者も気付き、何らかのコンタクトを取ってくるはずである。当然トウヤも消えたNの身を案じ、ライブキャスターに電話をかけてきた。しかしトウヤが浮気したと思いこんでいるNはその電話に出たくなかった。
1回目は着信を無視した。
2回目も着信を無視。
3回目あたりから面倒くさくなってきたので鳴っているライブキャスターの電源ボタンを押して着信を切った。
4回目、5回目、6回目…かかってくる電話を切り続けていたNもとうとう降参し、電話に出た。通話ボタンを押すとライブキャスターの画面いっぱいに心配そうな表情のトウヤが映し出される。

「良かったN!繋がった!どうしたんだよもう……急にいなくなったら心配するだろ?」

「…………」

「電話も中々出てくれないし…でも良かった、無事なんだな?今どこにいるんだ?迎えに行くよ」

「…………」

「あれ?N?」

最初のうちはとにかく繋がった安心感でいっぱいだったトウヤだが、全くしゃべろうとしないNの様子に気づき不思議そうな顔を見せる。一方Nは昼間に見たトウヤと女の子の様子を思い出して怒りをこらえるのに必死だった。

「N?どうしたんだN?どっか痛い?大丈夫なのか?なあN何か言えよ」

「…………」

「ねえN、どうしたのさ。言ってくれなきゃわかんないだろ。大丈夫なのか?Nってば。すごく心配になるじゃないか」

その言葉を聞いてNの中で何かがきれる音がした

「トウヤに心配してもらう必要なんてないよ」

「あっやっとしゃべった……N?」

「心配?心配だって?よくもまあ、そんなことが言えたもんだね」

「はあ?N何言って……」

「ボク、知ってるんだ。君が昼間遊園地で可愛い女の子と一緒に歩いていたのを。すごく仲がよさそうだったじゃないか」

「え、ああ、見てたのか。何だ、声かけてくれれば良かったのに」

「声をかけろだって?君たちに?何言ってるんだい、どう見てもあれはデートじゃないか。やっぱり君はボクみたいな男じゃなくてかわいい女の子がいいんだ!」

「えっ、本当に何言ってるんだよN!どうしてそうなったのさ!」

「あくまでしらばっくれるつもりなんだね……そっちがそのつもりならボクにだって考えがある。ボクだってベルと浮気してやる!トウヤのバカ!!」

ぶちっ。
そこでライブキャスターの通信を切り、ついでに電源を落としたNはボールからシンボラーを出し、とにかく遠くまで飛んで!という非常に困る注文をして逃亡を始めたのだった。


***


「そのあとはしばらく夜の街を飛んでもらって、翌朝気付いたらカラクサタウンにいたんだ。ごはん食べたりしているうちに、やっぱりトウヤが好きだなあって思って、でもどうしたらいいのかわからなくて。で、とりあえずカノコタウンに来てみたらそうだトウコがいるじゃないかって気付いて」

「それでうちに来たっていうわけね」

「うん、そうなんだ……ねえトウコ、ボクはどうしたらいいと思う?わからないんだよ」

じわりと目に涙すら浮かべはじめたNをにトウコはオレンジジュースのおかわりを注いでやる。ありがとう、とお礼を述べてちゅるちゅるとジュースをすするNはとてもじゃないけど年上に見えなかった。

「っていうかさあ、それ、ケンカっていうよりNが一方的に怒ってるだけよね」

「そうなのかい?こういうのをケンカというんじゃないのかい?」

「ううん…ちょっと違う気がする」

「じゃあ何と言えばいいんだい?」

「……それより、あんたライブキャスターの電源切ったって言ってたけど未だに切ったまんまなの?」

上手く言葉を見つけられなかったトウコはNの問をスルーし、逆に質問を返す。

「え、ああ。切ったままだけど」

「とりあえず電源入れて。それから聞きたいんだけどどうして浮気のくだりでベルの名前を出したの?」

ぎろり。視線を強くするトウコに怯えながら「たまたまちょっと前に会ってたから一番に思い浮かんで…」と正直に話すと盛大なため息をつかれた。ビクリと肩を揺らすNに向かい、トウコは自身のライブキャスターの画面を見せる。

「ほら見なさいよこれ」

「…………」

そこにはベルからトウコへメールが表示されていた。



From:ベル
title:助けて!
本文:一昨日の夜からトウヤからたくさん訳の分からない電話やメールが届いて怖いよぉ!Nを探してるみたいなんだけど知らないしどうしたらいいのかわかんない(;ω;)でもトウヤに知らないって言っても信じてくれなくて……トウコ、助けて!



「ほら見なさい、あんたの軽率な発言のせいでベルが困ってるじゃない」

「それは…申し訳ない」

しゅんと本当に申し訳なさそうにうなだれるNを見てトウコは盛大なため息をつく。再び体をこわばらせるNにライブキャスターの電源をつけるように促し、自分とNのコップを片付けるために立ちあがる。自分の予想が正しければ、おそらくこれは今片づけなければならない。
台所の流しにコップを置いて戻ってきたトウコを出迎えたのはライブキャスターを前におろおろしているNだった。やっぱりね、と肩をすくめ、Nに声をかけるとトウコぉと情けない声と共にライブキャスターを差し出してきた。ちらりと目をやるとやはりトウヤからの不在着信がずらりと並んでいる。

「ほら見なさい。トウヤはずっとあんたを探してんのよ。なりふり構わずね。嫌いな相手にそこまでしないでしょ。もしもあんたの言う通りその女の子と付き合いたいんだったらトウヤはキレていなくなったあんたをそのままほったらかして女の子と付き合っちゃえばいい。でもトウヤはそうしなかった。何でだかわかる?」

「ボクのことが…すきだから?」

「正解!ああほら、そろそろ来るころじゃないかしら?」

トウコがそう言うが早いか、バタンと大きな音がして玄関の扉が開かれた。目を見張るNと余裕の表情のトウコの前に現れたのはトウコの弟にしてNの恋人であるトウヤその人である。ぜいぜいと息を切らしながら部屋の中に目を走らせたトウヤはNを見つけると電光石火の勢いで近づいてくる。あまりの気迫にNは一瞬殴られると恐怖し体を固くしたが、予想外にぎゅうときつく抱きしめられ、きょとんとする。

「と、トウヤ……?」

「ああああああ!やっと見つけた!本当にどこ行ってたんだよライブキャスターにも出ないし全然居場所つかめないし!ベルに聞いても知らないっていうし!っていうかお前がベルと浮気するなて言うから焦ってベルに迷惑な電話いっぱいかけちゃったじゃねーかどうしてくれるんだよ本当にもう!」

「あ、あの、トウヤ、その……ごめん」

「……それは何に対してのごめんなわけ?」

「ベルと浮気するって言ってベルとトウヤの友情に迷惑かけたこと」

「……それだけ?」

「え、うん」

他に何があるんだい?と不思議そうな表情を浮かべるNにトウヤは盛大にため息をつく。

「それもだけどさ!浮気したと勘違いしたこと謝れよ!全くどうしてあの子と俺がとかそういう発想に至ったのか理解できないんだけど」

「だって仲よさそうにしてたし、彼女は君に抱きついていたし」

「だからって幼稚園児だぞ!?ありえねーだろ!」

「幼稚園児だって女の子じゃないか!」

「女の子だけど対象外すぎんだろ!」

「わかんないよ!もしかしたらトウヤはそう言う趣味持ちかもしれないじゃないか!」

「んなわけねーだろ!だったらお前みたいな身長180越えの電波発言繰り返す男になんて欲情できるわけねーよ!」

「えっ、あっ、トウヤってホモだったのかい?」

「ちげーよいやお前に関しては違わないけど!いいか良く聞け、俺は基本女の子が好きだ。可愛くて巨乳で家庭的な女の子が一番タイプだ。でもな、N、それでも俺はお前を選んだ。可愛くて巨乳で家庭的な女の子とは正反対のお前をだ。その時点でもう一生お前と一緒にいるって覚悟決めてるんだよ、ずっとお前を愛すって、決めてるんだ!」

「トウヤっ……」

手を取り合ってお互い見つめあう二人は完全に自分たちだけの世界に行ってしまっていた。きらきらした瞳でトウヤを見つめるN、恥ずかしいことを言ってしまったと顔を真っ赤に染めながらもNを見つめるトウヤ。きらきらとお花や星が飛び交いそうな雰囲気がカノコタウンのトウヤとトウコの実家のリビングいっぱいを埋め尽くそうとしていた。しかし。

「で、お二人さん。誤解が解けたところで何か言うことあるんじゃない?」

冷やかなトウコの声により自分たちの世界に行ってしまっていた二人は呼び戻される。いい加減誤解も解けたなら自分の優雅な休日を返してほしい。このまま二人を放置しておいたらリビングでくつろげないではないか。
眉間にしわを寄せるトウコを見て、Nは申し訳なさそうな表情を浮かべたが、トウヤはぎろっと睨みつけて来たのでむっとして「何よその目」とケンカ腰に呼び掛ける。

「トウコさあ、俺が来るまでの間Nにちょっかいかけたりしなかった?」

「……はあ?」

何を言っているのかとトウヤの目を覗き込むが彼は真剣そのものの表情だった。くらりとめまいがする。一体どうしてその発想に至ったのか。というか貴重な休日返上でNの話を聞いてやり、ベルからのメールを受信したついでにトウヤに連絡をしてやりと甲斐甲斐しく世話を焼いてやった結果疑われるなど冗談じゃない。ああやっぱり痴話げんかなど放っておけばよかったのだ。様々なイライラが募り目の前が真っ赤になる。

「とっとと出てけこのバカップルー!!」

カノコタウン中にトウコの心からの叫びが響き渡った。


END

toヨネ様
(主♂N/お互いが好き過ぎて嫉妬)
リクエストありがとうございました。






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テーマ「人外ファンタジー」
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