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片恋⇔友情

昼休みの後の授業はひどく眠くなる。うららかな午後の陽ざしに満たされた食欲。そこに苦手な教科がプラスされれば眠りの世界へと誘われてしまうのも無理はないだろう。
隣の席で机に突っ伏して眠っている幼なじみを横目にグリーンはため息をついた。幼馴染のレッドは机で眠る時顔を左側に傾けて眠る。よって現在は左隣の席、つまりグリーンの方を見ながら彼は眠っている。ちょっとやそっとじゃ起きそうにない爆睡というやつだ。
教室の前の方では結構なお年を召した日本史教師が穏やかな声で教科書を読みあげている。レッドでなくとも眠気を誘われるのも無理はない。

すやすやと気持ちよさそうに眠るレッドの顔を観察する。決して目立つ顔立ちをしているわけではない。個々のパーツは悪くないしそれがバランス良く配置されていて綺麗な顔だとは思うがどちらかというと自分の方が華やかな顔立ちをしていると思う。うぬぼれではなく実際グリーンはもてる。女の子に告白された数は両手に収まりきらないほどだ。しかしグリーンはそのどれにも答えたことはなかった。いつも断りの言葉を述べている。
なぜならグリーンはこの幼なじみの男に片思いをしていたからだ。それももう、何年も。

最初にこの想いを自覚したのは中学生のころだった。二次性徴期が訪れ段々と異性を意識し始める時期。グリーンも同様に誰かと付き合うということやその先に興味を覚え始めていた。


「ねえ、グリーンは好きな人とかいないの?」


放課後の教室で幼なじみのリーフがそう聞いてきた。そのときのリーフは思い悩んだような顔をしていて、どう答えたらいいものかとグリーンは言葉に詰まった。しかしグリーンの様子など気にしていないようにリーフは続ける。


「私……好きな人ができたかも、しれない……」

「……そうかよ」

「聞いてくれないんだ、誰?って」

「聞いて…いいのか?」

「バカねえ、聞いてほしいから話したに決まってるじゃない」

「そうか、そうだよな……誰、なんだ?」

「ふふっ、グリーンも知ってる人だよ。よく知ってる人……」


リーフがそういった時に真っ先に頭に浮かんできたのはレッドの姿だった。リーフと共通の知り合いでグリーンもよく知ってる人物、良く考えればそれ以外にもいたはずだがグリーンはレッド以外思い付けなかった。そして同時に思ったのだ。この幼なじみ二人が付き合うのはすごく嫌だと。


「ね、誰だと思う?」


少しだけ切ない顔で微笑んだリーフが問いかけてくる。少し引っ込み思案なところのあるこの幼なじみはきっと、今まで誰にも相談できなかったのだろう。しかし今、勇気を振り絞って悩みを打ち明けようとしてくれている。他でもない、グリーンに。それはグリーンが彼女に信用されている証で、普段のグリーンなら嬉しく思っただろう。しかし、リーフの想い人がレッドかもしれないと考えたグリーンはそれを素直に喜べなかった。むしろどうして自分にそれを言うのかと恨めしく思ったくらいだった。


「グリーン?どうしたの?」


黙りこくったままのグリーンの様子をいぶかしんでリーフが顔を覗き込んでくる。歪んだ顔を見られたくなくてグリーンは慌てて笑顔を作った。それは無理やり作りだした笑顔で、どこかいびつだったけれど、それがその時のグリーンの精一杯だった。リーフは様子のおかしいグリーンを見て驚いた様子を見せた。彼女に心配されたくなくてグリーンは問の答を恐る恐る口にした。


「レッド……」

「えっ?」
「お前が好きな人、レッド……だろ……?」


絞り出すようにして声を出したグリーンに、リーフは静かに首を振る。


「私が好きなのは、レッドじゃないよ。レッドじゃなくて、ファイアが好きなの」


それを聞いた時にグリーンをまず襲ったのは安堵だった。レッドをリーフに取られなくてよかったという安堵。それを感じている自分に気がついて、グリーンは愕然とした。自分は今、何を考えたのだろう。レッドを取られなくて良かった?それは一体どういうことなのだろうか。普通に考えればここは大好きな二人がくっつくことによって自分が仲間外れにされること、つまり二人の存在に同等の安堵をおぼえるか、女の子であるリーフがレッドに取られなかったことに安堵するべきではないだろうか。しかし自分はレッドを取られなくて良かったと確かに思った。それが意味するところは一体どういうことだろうか。
グリーンは頭のいい子供だった。そこで思考を放棄して、気付きかけた気持ちにふたをしてなかったことにすることも出来たかもしれない。しかし彼はそれをする前に自分で結論を見つけてしまった。
自分は幼馴染のレッドが、同性であるレッドのことが好きなのだ、と。

それから高校生の現在に至るまで、報われる可能性の低いこの恋をずるずると引きずり続けている。グリーンの片恋を知っているのはあの場に居合わせたリーフだけだ。そのリーフは現在、見事想いを通じさせてレッドの双子の弟のファイアとお付き合いをしている。彼と彼女が付き合うことになった時にグリーンが感じたのは純粋な祝福の気持ちと、やはり男女で付き合うのが「普通」だよな、という諦めのような気持ちだった。自分も男でレッドも男。レッドはあまり恋愛の話をすることはないが性癖はどうもストレート、異性が好きというマジョリティのようだった。そういうことは近くで観察していればよくわかる。下手にこの想いを告げて距離を置かれてしまうくらいならずっと告げずに墓場まで持っていこう、二人で同じ高校に入学した時にグリーンはそう決意していた。しかしそう心に決めていても時たま心の奥に封じた思いが顔をのぞかせる。それは何の前触れもなく急に現れてグリーンの心をかき乱した。

レッドは相変わらずすやすやと眠っている。気持ちよさそうなレッドの顔を見つめながらグリーンは胸が締め付けられるような苦しさを味わっていた。


***


放課後、特に用事がない限りはグリーンとレッドは一緒に下校する。大抵用事があるのは生徒会に所属しているグリーンの方で、レッドが生徒会の仕事が終わるのを待ってくれていることもしばしばだった。
今日はその生徒会の仕事もない。まっすぐレッドと一緒に帰れる。グリーンはそう考えていたのだが。


「ごめんグリーン、ちょっと用事があるから先に帰っててくれる?」

「え、あ、ああ……珍しいな……何かあったのか?」

「うん……ちょっとね、たいしたことじゃないんだけど」


歯切れの悪い返事をするレッドにグリーンの不安が募る。レッドは大体のことは自分に話してくれるのに、教えたくないとう雰囲気を出していた。気になってさらに聞こうと口を開いたところでレッドの鞄からちらりと見えたものに目を奪われる。
花柄のかわいい封筒。封には古風なのか何なのかハートのシールが貼られている。明らかに女の子から受け取ったものだ。グリーンも似たようなものを何度か受け取ったことがある。きっとあの中に入っている便せんには可愛らしい丸い字で書いてあるのだ。「お話があるので放課後来てくれませんか?」と。
誰かがレッドにラブレターを出した。そしてレッドはそれに返事をしに行こうとしている。自分を先に帰そうとしているということは手紙の差し出し主の気持ちに応えるつもりなのだろうか。そうなったらレッドはその彼女のものになってしまうのだ。グリーンがレッドと一緒にいられる時間が減ってしまう。重たい本で頭を殴られたような衝撃がグリーンを襲った。茫然としたまま二言三言レッドに告げるとグリーンは「じゃ、また明日な!」と務めて明るく言い放ち、教室を後にした。そのまま走って昇降口まで向かい、急いで靴を履き替えて学校を飛び出す。そのまま走って走って、小さな公園にたどり着いた。幼いころ、レッドとリーフと一緒によく遊んだ公園だ。ブランコに腰かけて、ゆらゆらと揺らす。
わかっていた、いつかこういう日がくるということは。レッドだって年頃の男の子だ。あまり目立たないけれど顔だって整ってる。女の子が放っておかないだろうことはわかっていた。わかっていたけれどやはり悲しくて涙があふれてくる。幸い公園には誰もいなかった。そのままゆらゆらと揺られながらグリーンは静かに涙を流し続けた。


***



どれくらい時間が経っただろう。いつの間にかあたりは夕闇に染まっていた。あまり帰りが遅いと姉が心配する。もしかしたら心配性な彼女から連絡がきているかもしれない。そう思って鞄の中に入れたはずの携帯を探すが見つからない。


「あ、もしかして机の中かも……戻らなきゃ……」


携帯がないのは何かと不便だ。泣いたせいで目が腫れていて気になったが、この時間なら学校についたころにはあまり人は残っていないだろう。念のため公園の水道でハンカチを濡らし、目にあててからグリーンは学校への道を戻って行った。

学校につくと予想通り、ほとんど生徒は残っていなかった。昇降口で靴を脱ぎ、上履きの踵を踏みつぶして履いて、グリーンは教室へと進んでいった。廊下には誰もいない。早く携帯を回収して帰ろうと引き戸に手をかけたところで教室の中から話し声がすることに気がついた。よく聞くと声の主はクラスメイトのカスミと、レッドだった。俺に気付いた瞬間グリーンの体が固まる。何を気にしているんだ、携帯を取りに来ただけなのだから何でもないように入って行けばいい、そう理性が訴えるのに体は動かない。中の二人はグリーンの存在に気付かない。隙間だらけの扉は向こうの声をはっきりとこちらに伝えてしまう。悪いとはわかっていながらも、グリーンは二人の話を聞くことになった。


「はーっ、それにしてもあんたも訳わかんないわねえ。あの子、一年生の中で一番かわいいって言われている子よ?ふっちゃうなんてもったいない!」

「そうなの?」

「そうなの!!わっかんないなあ……今好きな人がいないんだったらとりあえずお付き合いーっていうのでも良かったんじゃない?それともまさかあんた好きな人いたりするの?」

「そんなのいないけど……」

「ふうん?なら付き合っちゃえば良かったのに。きっと楽しいわよ?まあもう断っちゃったからどうしようもないんだけどねー。次に機会があったらOKしちゃえば?そろそろレッドもお付き合いってのを経験してみてもいいと思うな」


あんたは奥手すぎるのよと言ってきゃらきゃらと明るくカスミは笑う。どうやらレッドは一年生に告白されて断ったらしい。それをきいてグリーンは少しほっとした。レッドはまだ、誰の物でもない。しかし、次に告白される機会があったならばカスミが勧める通りお付き合いを開始してしまうかもしれない。結局、レッドが誰かの物になってしまうかもしれないという恐怖とは別れられないのだ。グリーンはうつむいて下唇を噛みしめた。もし自分が女だったならば、レッドに堂々と告白できたのだろうか。考えても意味がないとわかっているがどうしても考えてしまう。また涙が滲んできた。
携帯は明日でいい、この顔を見られたくない。グリーンが踵を返そうとした時に、ふいにレッドがしゃべりだした。


「……でも、でもさ……」


毎日聞いているレッドの声、高すぎず低すぎないその声がグリーンの体にしみこんでいく。


「僕は、女の子とデートしたりするより、グリーンと一緒に遊ぶ方が楽しいよ」


何の気負いもなく、自然にレッドはそう言った。「やっぱりレッドはお子様ねー」とカスミが呆れた声を出して言うのが聞こえる。
グリーンはまた、動けなくなった。レッドが、女の子よりも自分を選んでくれた。それは自分と同じ恋愛感情からくる言葉ではなく、友情からだと、カスミが言う通りレッドがまだ恋とか愛とかわかっていないお子様だというところからくる言葉だとわかっていてもグリーンは嬉しかった。とても、嬉しかった。
涙を拭って、濡らしたハンカチを目にあてて、一息ついた後、グリーンの顔はいつも通りの笑顔に戻っていた。深呼吸してガラッと扉を開ける。


「よおお前ら!まだ残っていたのかよ!」

「グリーン?先に帰ったはずじゃ……」

「いや、携帯忘れちまってさぁ。お前らはこんな遅くまで何してたんだ?」


何も知らない、今来ましたというようにグリーンは振舞う。心のうちではレッドの言葉が何度もリフレインしていたけれど。
恋人には、なれないかもしれない。でも、レッドはグリーンを好きでいてくれている。それが友情だったとしても、グリーンはそれだけで嬉しかった。
急に現れたグリーンにカスミはレッドに告白してきた女の子の話を始める。もったいねえな、などと相槌をうちながら、グリーンはレッドの隣にいることができる喜びを噛みしめると同時に、少しだけ期待してしまう自分を抑えきれずにいた。


END

to Cloe様
(レグリ/学パロ/グリーンの片想い)
リクエストありがとうございました。






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