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大人になんてなりたくなかった

久々にレッドと一緒に遠出した。いつも会うのはトキワかマサラの自宅でデートといってもせいぜいタマムシデパートにポケモン用品を買いに行くくらいだったから、これが初めてのデートなのかもしれない。向かっているのはジョウトのタンバシティ。リニアに乗っても良かったけれど、海原の景色を楽しみたいというレッドの希望で船旅になった。船の中にはバトルしたそうなやつらもいっぱいいて対戦を持ちかけられたりもしたけれどレッドのピカチュウの恐ろしい活躍により最初の3人くらいを倒したところで誰も寄ってこなくなった。レッド自身もバトル狂とはいえ弱すぎる相手に辟易していたのでバトルを持ちかけられなくなってホッとしたみたいだった。
客室の窓に視線を向けると大空をキャモメたちが泳いでいるのが見える。どこまででも飛んで行けそうな彼らに少しだけ羨望を感じた。

「グリーン、何見てるの?」

飲み物を手にしたレッドが近づいてくる。渡されたのはしゅわしゅわとはじけるサイコソーダで、晴天のこの日にぴったりだなと思った。口に含むとぱちぱちとした刺激が心地よい。

「んーキャモメ見てた」

「キャモメ?ああ、沢山飛んでるね」

「そ、自由でいいなーって」

「ふうん……」

レッドと並んで外を眺める。キャモメたちは相変わらず悠々と空中を飛びまわる。俺とレッドはそれなりに広いとはいえ客室の中でそれを眺めている。何だか少し、息苦しい。
しばらくふたりでぼんやりと立っていたけれど、ベッドでイーブイと寝ていたピカチュウが起きたのを見てレッドはそちらの方に向かって行った。黄色い悪魔なんて呼ばれているがピカチュウは可愛い。そしてレッドはそんなピカチュウを溺愛していていつも一緒にいた。ちょっとだけ、ピカチュウが妬ましい。


「……グリーンはさ、とりポケモンになりたいの?」

「……何で?」

「うらやましそうに眺めてたから。」

「どうだろう。ただ、自由でいいなあとは思うけど」


ふうんと気のない返事をしてピカチュウを抱き直すレッド。ピカチュウも嬉しそうに甘えている。その光景を横目で見つつつらつらととりとめのないことを考える。
マサラタウンが世界のすべてだった幼いころのこと、夢中で先に先にと駆け抜けた旅のこと、今のジムリーダーとしての役割のこと、そしてレッドとのこと。
幼いころはそれこそ何も考えずにただこの幸せな生活がいつまでも続くと思っていた。幼なじみのレッドと一緒に遊んで、家に帰ると姉ちゃんとじいさんがいて、毎日が楽しかった。いつまでもこの楽しさが続くと思っていた。旅に出ている時もそうだ。レッドとの関係にライバルという項目が追加され、負けないように夢中でカントー中を駆け回った。途中の草むらや水辺でポケモンを捕まえ仲間を増やし、各地のジムリーダーを撃破してチャンピオンまで上り詰め、そこでレッドと戦った。敗北はとてつもなく悔しかったけどあの頃は世界が輝いていた。ただがむしゃらに目標に向かって突き進むことができた。チャンピオンの座を引きずり降ろされて俺が不貞腐れているうちにレッドがいなくなって、俺の世界は色を変えた。ライバルもいない、目標もない、俺は一体これからどうしたらいい?よくわからないままにレッドの姿を探し求めてふらふらしているうちにトキワジム就任の依頼が来て、それをひきうけた。というか引き受けざるを得なかった。カントーリーグは深刻な人材不足らしい。俺に断るという選択肢は用意されていなかった。トキワジムはカントー最強のジム、7つのバッジを持っていないと挑戦できない。当然挑戦者は少なくて、初めは暇で暇で仕方がなかったけども、たまに来るやつらはどいつもこいつもそれなりの力を持っていて、それなりに楽しめた。ただ、あくまでそれなりだ。俺に久々にバトルが楽しいと思いださせてくれたのはジョウトから来たというあの少年。それまで俺はバトルの本当の楽しさを忘れていた。
そしてレッドが帰ってきた。ジョウトの少年に敗れて王者の山頂から降りてきた。俺達の関係に恋人というラベルがプラスされたのもこの時だ。それから俺達は恋人同士というものをやっている。とはいっても相変わらずレッドは自由自在に各地を飛び回り、カントーにいることの方が少ないし、俺は俺でジムの仕事が本格化、というか今までサボったツケガ回ってきたので忙しくなった。とりポケモンのように気ままな生活をするレッドと一つの場所に留まり仕事をしている俺。ジムリーダーという役割にやりがいを感じない、なんてことは今さら言わない。就任当初はやる気など存在しなかったが今は後進育成の楽しさを見出してる。
でも、たまに。たまにひどく憂鬱になるのだ。まっさらな地図と、もらったばかりの相棒を連れて旅をしていたあの頃に戻りたいと思う。ただひたすら強くなることだけを求めて旅がしたい。どこか遠くへ行きたい。そう思うことがあるのだ。


「……リ……ン、ね……聞いてる、グリーン」

「え、あ、なんだ?」

思索にハマってしまっていたらしい。レッドが話しかけてきたのに気付かなかった。それに対してレッドは少しだけ不満げな顔をして、仕方ないなあと呟く。


「ピカチュウがお腹すいたって言うからごはん食べに行きたいんだけど。イーブイも起きてきたし。僕もお腹すいた」

「ああそうだな。そろそろお昼時だし飯食いに行くか」


とてとてと嬉しそうに駆け寄ってきたイーブイを抱き上げてレッドと共に客室を出る。イーブイとピカチュウはご機嫌だ。可愛らしい2匹がじゃれあう姿は見ていて癒される。


――癒されるとか、俺、疲れてるのかな。まだ若いはずなんだけど


いつの間に自分は少年の心をなくしてしまったんだろう。もうきっと戻ってくることのないものを考えて哀しくなる。でもこれは自分自身が望んだ結果でもあるのだ。俺は大人にならなければならなかった。子どものままではジムリーダーは務まらない。いや、戦うだけなら務まっただろう。でもそれは自分の性格が許さなかった。レッド探しのためにジムを休んだりはしていたが、リーダーが不在による支障が回復できるギリギリの範囲で戻ってくるようにしていた。任された役目を放り出すことなどできなかった。そのためには大人としての処世術や考え方を身につけねばならなかった。だからこれは自分のせいであるのだ。悔しいけれど、それが現実。責任転嫁は許されない。


「ねえ知ってる?とりポケモンは自由に飛んでいるように見えて、実は自由じゃないんだよ」

「………は?」


急にレッドが口を開いた。出てきたのはとりポケモンの話。先ほどグリーンがうらやましそうに見ていたせいだろうがこの唐突さには驚かされる。


「彼らはいつまでも飛び続けられる訳じゃない。広大な海を超えることはできない。自由に飛べるのは港から一定の距離まで。それだって群れごとに縄張りがあるんだ。好きなところに行けるわけじゃない。だから羨むことないんだよ」

「…………」


「グリーンはさ、トキワシティが好き?」

「は、もちろん好きだけど……」

「トキワジムは?ジムの皆は?」

「それも好きだけど……一体なんだって言うんだ?」

「じゃあいいじゃない。飛べなくたって。好きなんでしょ。それにグリーンにはきっと帰る場所が必要だよ。マサラタウン以外にも、君を待ってる場所があるといい。それでたまに疲れちゃったらさ、またこうやって僕と出かけよう。」

「そう……だな……」


そうかもしれない。レッドの言う通り俺にはきっと、マサラタウン以外にも帰る場所が必要だ。よりどころのない生活は、俺には向かない。レッドと違って……


「……なあレッド、それならお前はどうなんだ?」

「どうって?」

「お前は帰る場所、一つでいいの?」

「ああ、それなら大丈夫。僕はもう一つ帰る場所があるから」

「えっ……!」


知らなかった。いつの間にそんな場所作っていたんだろう。レッドのことなら大体のことはわかると思っていたのにそんな大切なことを知らなかったなんて。どこだろう、ジョウトのどこか?それとも前に出かけていたシンオウのどこか?ヤバいどうしようちょっと涙目になってるかもしれない。


「あのさ、何か勘違いしてるみたいだから言うけどさ、僕の帰ってくる場所はグリーンの隣だよ」

「……へっ?」

「だからグリーンの隣!もう……言わなくてもわかると思ったのに。本当に君はめんどくさいなあ」

「な、な、な、お前っ」

「だからさ、グリーンは飛んじゃダメ。僕の帰る場所なんだから、どっかに勝手に行っちゃったら困るでしょう」


自分は勝手にあちこち飛び回っているくせに俺にはそれを許さないなんて自分勝手だ。
そう言ってなじったら、うん、知ってる、なんて優しい顔と共にひどい言葉。
でもそれが嬉しくて不覚にも泣きそうになってしまった。

大人になんてなりたくなかった。
でも大人にならなかったらレッドとの関係も変わらないままだった。
そう考えると、大人も捨てたものではないのかもしれない。


END






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