text | ナノ




Coffee and unrequited love

灰色の受験生活から解放されて、大学生活に突入して1カ月たった頃。友達もでき、授業履修登録も済ませ、4年間を過ごすサークルも決めた俺のやることは一つ。そう、バイトを探すことだ。教科書代もバカにならないし、高校と違って毎日着て行く服も購入しなくてはならない。それに加えてサークル費や飲み会代など大学生は何かと先立つものが必要だ。高校の時のようにおこづかいだけではやって行けない。
そんな時、飼い犬の散歩をしながらどんなバイトに応募しようかと考えていた俺の目に止まった「アルバイト募集」の文字。それが俺がスターバックスコーヒーのバイトを始めるきっかけであり、彼との出会いのきっかけでもあった。


***


「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」

にこりと営業用の笑みを浮かべて目の前のお客様に話しかける。よくこの時間帯にやってくる女子高生だ。彼女はちらりとトウヤの顔を見て小さな声で「キャラメルマキアート、ショートで」といつもの通りの注文をした。受験生なのだろう。去年までトウヤももっていたような教科書や参考書がぎっしり詰まったキャリーケースを持っている。

「かしこまりました。390円になります」

500円硬貨を受け取ってお釣りを渡す。その時にトウヤと彼女の手が触れて、彼女は顔を真っ赤にした。それに気付かないふりをする自分はちょっとひどいかもしれない。けれど仕方がない。だってトウヤの想い人は別にいるのだから。

「ショートキャラメルマキアート!」

「ショートキャラメルマキアート!」

調理スペースに向かって叫ぶと復唱が返ってくる。黒のエプロンを身に付けたその人は、てきぱきと慣れた手つきでエスプレッソマシンを操り、ふわふわのミルクを注ぎ、キャラメルシロップで完璧な格子模様を作り上げた。その姿を眺めていたい気持ちを振り切り、次の客の注文を聞くためにカウンターの向こうに意識を戻す。そしてまた、いらっしゃいませ、と笑みを形作った。

にこにことお客様に向かって笑いかけ、注文を聞いている間にも意識はどうしても彼の方を向いてしまう。そんなトウヤの様子に気づくはずもなく、彼は相変わらず忙しそうに、でも生き生きと動き続けている。

(…グリーンさん)

心の中で彼の名前を呼ぶ。胸がきゅうっと痛くなった。



彼―グリーン―はこの店で働いているアルバイトだ。トウヤがバイトに応募して研修を受け、初めて店に出る日に店長から「何かわからないことがあったら彼に聞いて」と紹介された。その時の印象はただ、綺麗な人だな、というものだった。男に綺麗というのもおかしいかもしれない。確かにグリーンはいわゆるイケメンで、女の子たちにかっこいいともてはやされそうな顔をしていた。けれどそれ以上にまとう雰囲気がストイックで、清廉だった。それが綺麗という印象を抱かせた原因かもしれない。しかし次の瞬間、にやりと笑う彼にそのイメージはすぐに打ち砕かれるのだが。

「よろしくな、新人さん。頑張ってくれよ」

「…よろしくお願いします」

それが最初の出会い。この時は彼に恋するようになるなんてちっとも思っていなかった。



その頃を思い出してため息をつく。どうしてこんな望みの薄い恋をしてしまったんだろうと何度も何度も考えたことを性懲りもなく考える。何か特別な出来事があったわけじゃない。ただ、普段見せる飾り気ない笑顔だとか、仕事に対する誇りとか、コーヒーに対する情熱だとか、ちょっとした時に見せる寂しそうな表情だとか…そういったものを見ているうちに、つもりにつもって気がついたら好きになっていた。

(無理だよなあ…グリーンさん、女の子にもてるし)

トウヤだって本来恋愛対象は女の子だ。男を好きになったのなんてグリーンが初めてである。自分に自信がない方ではない。顔だって整っていると自覚しているし、頭の回転もそんなに悪くはない、運動だって得意な方だ。ただ、やはり男同士ということは超え難く思えた。自分だってグリーン以外の男に恋愛感情を寄せられても絶対に応えられないと思う。いっそ気持ちを伝えてしまおうかと思ったこともあったが、バイトは大変だけど楽しいし、下手に告白してぎくしゃくとした関係になってしまうことは怖かった。

(俺ってこんなに怖がりだったかな…)

グリーンに恋していると自覚してから一日中感情が天気のようにころころと変わっている。笑いかけてもらえれば嬉しいし、叶わない想いのことを考えると悲しくなる。それでも、彼に笑って「トウヤ」と呼ばれると天にも昇るような気持ちになるのだ。その度に好きだなあと再確認してしまう。

ぼーっとしていると当のグリーンが「トウヤ、どうしたんだ」と話しかけてきた。

「え、どうしたって…あ、すみません、ぼーっとしてました」

「そうなのか?さっきからやけにこっちの方見てるから聞きたいことでもあるのかと思った」

いつの間にかグリーンを視線で追っていたらしい。それを指摘されて顔に血が集まるのを感じた。変に思われたかと気になって、ごまかすために慌てて言葉をつなぐ。

「えっと、あの、その…エプロンが、気になりまして」

「ん?ああ、これ」

「その…やっぱりブラックエプロンってもらうの大変なのかな、とか」

普通の店員のエプロンは緑色だがこの店ではグリーンのエプロンだけが黒だった。このブラックエプロンは店員の中でも特に専門的な知識を有するスタッフにのみ着用を許されているアイテムである。社内で年に1度試験が行われ、それに合格した者だけがブラックエプロンを与えられる。その限られた者だけが着ることのできるエプロンを、グリーンは着こなしていた。


「そうだな、やっぱり人より多く研修受けなきゃならなかったし、大変と言えば大変だったな。別店舗に行っちゃったんだけどさ、同じようにブラック目指してる仲間と勉強会もしたりして。でも、楽しかったかな、やっぱりコーヒー、好きだし。トウヤはブラック目指してんのか?質問とかあったら遠慮なく聞きに来いよ」

「ありがとうございます…とれたらいいな、とは思ってるんですけど、やっぱり地道に勉強ですね」

「おう、それしかねえな、頑張れよ、少年!」

「もう…たいして年変わらないじゃないですか」

「バーカ、俺の方が2つも年上だっつーの。背もオレの方がちょっとだけ高いし?」

「でも俺、まだ伸びてますよ」

「…生意気!」

ぺしぺしと頭を叩く手に口をとがらせて抗議を示す。「高いって言ってもせいぜい2センチくらいじゃないですか」と言ったら「たかが2センチ、されど2センチ」と返された。この人は時々子どものようなことを言ってくる。そこがまた可愛いのだけれども。

さらに言い募ろうとしたところでドアが開いて客が入ってくる。その瞬間、二人とも店員の顔に戻って「いらっしゃいませ!」と大きな声であいさつした。

(大分慣れてきたなあ)

ささっと調理スペースに移動するグリーンと、すぐにレジの前に移動するトウヤ。連携取れてるなぁ、俺達いいコンビじゃないですか、なんて心の中で語りかける。
今度のお客様が注文したのはドリップコーヒー、基本中の基本のコーヒーだ。

(基本、ね)

注文を告げるとグリーンは相変わらずの手際の良さでコーヒーを抽出する。真剣な横顔がカッコイイと思った。

(とりあえず、まずはブラックエプロン、目指してみようかな)

はじめた当初はたかがバイトなのだから適当にやればいいと思っていた。けれども、彼の仕事に対する真剣な姿勢を見ているうちに、自分も頑張ろうという気持ちになってきた。
想いは通じないかもしれないけれど、せめて彼の横に立っても遜色ない自分でありたい。

(万が一、万が一叶った時には、やっぱり俺がリードしたいし)

年齢という壁は超えられないけど、それ以外なら努力で補える。まずはエプロンの色―バリスタのランクから。

(ああでも、そうなるとこの緑のエプロン、着れなくなるのか。
グリーンさんがブラックエプロンで、俺がグリーンエプロン。
お互いの色を身につけているなんてちょっとロマンチック、などと思っていたのに。)


コーヒーの香りに包まれながら、トウヤは一人、そっと笑みをこぼした。


END


GRN48企画様提出作品
お題:スタバ店員






「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -