text | ナノ




暑さと水と初めての。

夏が近づいてきた。
太陽がこれでもかとばかりに攻撃を仕掛けてくる季節。トキワシティも当然その攻撃を受ける訳で、とすればそこにあるジム内部の気温だって上がるのである。
そして、トキワジムのリーダー控室にてジムリーダーであるグリーンと元チャンピオンのレッドは暑さにあえいでいた。窓を全開にして、少しでも風を取り入れようとするも本日は生憎無風状態。あまりに暑いので普段はきっちり着こんでいるジャケットも今日はハンガーに掛けてクローゼットの中にしまった。レッドに至っては既に上半身は裸である。できる限り熱を発散させようと奮闘しているのだが努力もむなしくちっとも涼しくならない。じわじわと汗が吹き出してくる。手元の書類も手汗でよれてしまっているし、首に巻いたタオルはすでにじとりと湿り、水分を吸い取ることを拒否している。汗を吸った髪の毛が首筋にまとわりついて気持ち悪い。
せめて喉の渇きを潤そうと手を伸ばしたら、先ほど持ってきて机に置いた麦茶の周りには水滴が集まって形成されたであろう、小さな池が出来ていて、中身もぬるくなっていた。次はもっと氷を多めに入れてコースターに乗せておこうと心に決め、一気に流し込む。微妙な温度の液体が喉を通る感触はあまり心地よいものではなかった。
グラスを机に戻たところで、ソファーで寝ころんでいたレッドがぼそりとつぶやいた。


「暑い…」

「暑いな…」


レッドの方を見向きもせずにグリーンは答える。暑さで書類に対する集中力が失われている。汗が落ちそうになって、慌ててペンを握っていない方の手でぬぐう。


「グリーンも脱げば涼しいと思うんだ」

「ジムトレーナー達が入ってきたらどうすんだよ」

「いいんじゃない?裸のジムリーダーだっているじゃない」

「……オレは一応クールでカッコイイジムリーダーで通ってるの。裸はねえよ」


ボンジュールのくせに、などと過去の忘れ去りたい思い出を持ちだしてくる幼なじみに向かって消しゴムを投げつける。消しゴムはひゅんと一直線に飛び、レッドのおでこにこつんとぶつかった。恨めしそうな視線を無視してまた書類に目を向ける。
レッドはしばらく不服そうな顔をしていたがふと部屋の片隅にエアコンがあることに気付く。


「ねえ、冷房あるじゃない。入れても…」

「故障中」

「…使えないやつ……」

「おいてめぇ…」


うるさい、と一言言ってレッドはグリーンに背中を向ける。相変わらずのマイペースに怒りよりも先に呆れてしまう。



グリーンとレッドが付き合うようになって2か月。レッドがこの部屋にいる光景にも大分慣れた。ヒビキとコトネがシロガネ山に半袖という信じられない格好で佇むレッドを見つけたのが半年前。後輩二人に戦い方を教授してレッドをその白銀の玉座から引きずり下ろすことに成功したのが4か月前。それからふらふらとあちこち行ったり来たりと相変わらず訳のわからない動きを見せる幼なじみが、また知らないうちに消えてしまうのではないかと恐れ、積年の恋心をうっかり伝えてしまったのが2か月前である。

まさか「付き合ってもいいよ」なんて言われると思っていなかった。
幼なじみで親友でライバル。生まれたときから一緒に育ってきて、今さらこの関係を変えるのは正直、怖かった。加えて何よりも問題なのは男同士だということ。この気持ちを知られたらきっと側にはいれない。そう思ってずっと恋心にふたをして見ないふりをしてきたのに。きっと気持ち悪いって思われると思ってずっと我慢してきたのに。
隠しきれずにぽろりとこぼしてしまった「好きだから付き合って」の言葉にあっさりと「いいよ」なんて返ってきたときは正直、嬉しさよりも先に戸惑いがやってきた。


―え、本当にいいの、お前付き合うってことわかってる?

―わかってるよ。結婚を前提に交際しましょうってことでしょ。

―…まあ…そんな感じ…だけど…

―…嫌なの?好きっていうのは嘘だったの?

―そ、そうじゃないけど!!信じられなくて…


戸惑うグリーンに、レッドははあ、と一つため息をつく。レッドのいらだった様子にびくりと体が震える。どうしよう、やっぱり言わなければよかったと思った次の瞬間、ぎゅうっとレッドに抱きしめられた。心臓が跳ね上がる。自分だけが焦っているみたいで、それを悟られるのが恥ずかしくて、レッドを引きはがそうと体の間に手を差し込んだ時。
正面に立つ幼なじみの心臓も、自分と同じように早鐘を打っていることに気付いた。

あ、こいつも、オレと同じだ。

そう思ったら嬉しくなって、ちょっとだけ普段よりも赤いレッドの顔にさらに嬉しくなって、今度は自分から抱きついたのを今でも鮮明に覚えている。



そして現在。
レッドと恋人らしいことをしたことはない。
付き合うようになっても相変わらずレッドはふらふらとしているし、グリーンだってジムの仕事が忙しくなってきたりして中々まとまった時間がとれない。変わったことと言えば、レッドがこうして定期的にグリーンの元にやってくるようになっただけ。だけ、とは言ってもヒビキ達に見つかるまで、山籠りしていて全く姿を現さなかったことを考えれば随分な進歩である。何の前触れもなくひょこっとやってきて、グリーンが書類仕事をしてるのを眺めて、他愛もない話をして帰る。それだけでも嬉しかったけれど、最近は少し、不安になってきた。

自分たちは本当に付き合っているのだろうか。
何となくその場の雰囲気に流されて了解の返事を出したものの、後悔しているのではないだろうか。
なかったことにしたいのではないだろうか。

そうやって時折襲ってくる不安や疑念を心の奥に押し込んで何でもないように振舞う。
少しでも長くレッドと一緒にいたいから。



部屋の中は相変わらず暑い。
ぼんやりとしていたらぽたりと書類に汗が落ちた。

「うわっ…やべっ」

慌て首にかけていたタオルで拭うが既に限界まで汗を吸っていたため余計に書類が汚れただけだった。これは書きなおさないとならないかもしれない。
あと少しで終わったのに…。
イライラとした気持ちで髪を掻き上げる。
ぐしゃりと手元の紙を握りつぶしてゴミ箱に放るが、紙のボールは中に入ることなくふちにあたって床に転がった。


「あーもう!めんどくさい!」


ずっと握りしめていたペンを投げ出し、席を立つ。ぐるりと首を回すとバキバキと音がした。同じ姿勢でいたせいで体のあちこちが凝り固まっている。
グリーンが立ちあがったのを見て、レッドが身を起して聞いてくる。


「書類、終わったの?」

「まだだけど、もう疲れた。やめだやめ!明日にするわ!」


とっくに中身がなくなっていたグラスを備え付けの流しに持っていき、冷蔵庫を開ける。入っていた2Lのペットボトルを開けて直接喉に流し込む。痛いほど冷たい水が喉を突きさす感覚が快かった。いつの間にか側にやってきていたレッドに飲みかけのボトルを渡すと、レッドも同じように口をつけた。

「あーもう!やっぱり暑い中デスクワークなんてやるもんじゃねーな。明日にでも業者呼んでエアコン直してもらうわ」

「ん…それがいいと思う。これからもっと熱くなってくるしね」

「だよな!あ、飲み終わったんなら寄こせよ、それ。しまうからさ」

手を出すと大分中身の減ったボトルが乗せられる。冷蔵庫を開けると一瞬ひやりとした空気が顔に触れて気持ちがいい。名残惜しく思いつつ、扉を閉めて顔を上げたグリーンは驚いて動きを止める。レッドの顔が、近い。


「ど、どうしたんだよ…やけに近くないか」

「ねえ、グリーン、さっきのペットボトル、グリーンも飲んだよね」

「お、おう…それが?」

「で、そのあと僕が口をつけた」

「そーだな」

グリーンにしかわからないような微かな変化だけれど、レッドは今、何かいたずらを思い付いた少年のような表情を浮かべていた。にやにやと楽しそうな笑み。一体なんだって言うんだ、こいつの行動はやっぱり理解できない。
グリーンが眉間にしわを寄せると、レッドの笑みはいっそう深くなった。

「間接キス、だね……付き合って、初めての」


その言葉を理解して、一気に顔が熱くなる。間接キスなんていうけれど、たかが飲みまわしじゃないかとか付き合う以前にはよくやってただろとかバカじゃねーのとか、言いたいことはいっぱいあるのに言葉が出てこない。レッドはうろたえるグリーンを見て楽しそうに笑っている。それがまた、悔しい。でもそれ以上に、「付き合って初めて」という言葉が嬉しかった。
ちゃんと付き合ってるよな、オレたち。オレの一方通行じゃ、ないよな。
レッドが腰に手を回してくる。それに一瞬びくりと反応してしまったのを見て、くくっとレッドが噴出した。めいいっぱい抗議を乗せて睨みつけるけれど効果はないようだ。


「ね、グリーン」

「なんだよっ!」

レッドの呼びかけにぶっきらぼうに応える。恥ずかしくて、目を合わせられない。
レッドは自分の腕の中で真っ赤になっているグリーンに満足そうな笑みを浮かべた。

「間接じゃなくて、本物のキスも、しちゃおうよ」

「えっ!?」



1日で一番気温が高い時は過ぎているはずなのに、その日一番、体が熱くなった。


END






「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -