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うさぐりと!

なめらかで手触りのいい茶色の耳。
小さくて丸いしっぽ。
きょろきょろとよく動く丸い眼。

「なあなあトウヤ、ごはんまだ?」

人生で初めてうさぎを飼うことになりました。

***

きっかけは1時間前。壁掛け式のマメパト時計が3時を知らせてくれる頃。
明日までに提出しなくてはならないレポートがひと段落した俺は少し休憩しようと台所でコーヒーを淹れていた。コーヒーの種類なんてちっともわからないけれどこの間幼馴染のベルが持ってきてくれたこの豆はなかなかおいしいと思う。
フィルターを取り出してポットの上にセット、ひいた豆を入れてお湯を注ぐといい香りが立ち込める。実はコーヒーって飲むときよりもこの瞬間が一番好きだったりする。
マグカップを取り出してなみなみとコーヒーを注ぎ、リビングに戻った俺の耳に届いたのはガチャリと玄関の鍵が開く音だった。続いて大きくドアが開かれる。そこに立っていたのは予想通り、俺の双子の姉のトウコだった。

「トウヤいるー?」

ドアを閉めたトウコは靴を脱いでずかずかと侵入してくる。遠慮のえの字も見当たらない。というか鍵閉めろよ不用心だな。

「いる。鍵閉めて」
「あっ、ごめんごめん。つい忘れちゃうのよねー」

注意するとトウコは玄関に戻って行って鍵を閉めてくれた。俺が知るどの男よりも男前な姉はなんていうか、よく言えばおおらか、悪く言えば大雑把だった。一応女性なんだから危機管理をきちんとしろと言っているのにちっとも気にしてくれない。大学でも武道系の部に入っているようだし腕っ節が立つのは知っているのだがやはり弟としては心配だ。

とりあえずトウコの分のコーヒーも入れようと台所に向かおうとした俺だったが視界を掠めた異変に気付き動きを止める。トウコの後ろに何かがいる。その茶色い何かは俺が気付いたことを感じ取ったのかびくりとすくみあがった。

「うさぎ…?」

それはうさぎの耳を生やした5歳くらいの男の子だった。つんつんととがった特徴的な髪形にピンと立った耳。その手はしっかりとトウコの服を握っている。そのうさぎはおそらく初めて見る俺に警戒しているのかびくびくとしながらも一生懸命にらみつけてくる。そのなまいきな様子を見て不覚にもちょっとときめいてしまったのは内緒だ。

「そうそううさぎ!グリーンちゃんっていうのよ。可愛いでしょ」
「か、かわいいとかいわれてもうれしくなんてないんだからな!」

かわいいという言葉に反応してぎゃんぎゃんとわめきたてるうさぎだがなんだか満更でもなさそうな様子だ。トウコもごめんねーなんて言いながら嬉しそうにうさぎの頭を撫ででいる。つんつんな髪の毛は意外にも柔らかいようだった。
いつまでも玄関にいさせるわけにはいかないのでリビングに招いて椅子に座らせる。ちいさなうさぎには椅子にクッションを置いてやることで高さを調節する。お気に入りのミジュマルクッションだったがうさぎも気に入っていたようなので良しとしよう。

「…その子の分、ミルクでいい?」
「そうね、あったかいのにはちみつ入れたのが一番好きなんだっけ?」
「おう!でもおれはおとなだからはちみつなしでものめるんだぜ!」
「そうなんだ、偉いね」

にこにことうさぎと会話を繰り広げるトウコを置いて俺はキッチンへと戻る。耐熱グラスに牛乳を入れて電子レンジに放り込んで、トウコ用のカップにコーヒーを注ぐ。その間に戸棚の奥の方からめったに使わないはちみつを引っ張り出し、レンジから取り出したグラスに適当に入れる。少し入れ過ぎた気もするが普段やらないんだ、仕方がない。

リビングに戻ると相変わらずトウコとうさぎが楽しそうに話をしている。ぴこぴこと揺れる耳が可愛らしい。

「おまたせ。トウコはミルクだけでいいんだよな。それとはい、これ。はちみつ入れといた」
「はちみつ!にーちゃんありがとな!」

いそいそとカップを受け取って口をつけうさぎはにっこりと笑う。どうやら甘さは丁度良かったようだ。俺も席についてすっかりさめてしまったコーヒーに口をつける。淹れたてが一番うまいんだけどなぁ…。

「で、今日はどうしたのさ。お前の大学ここから結構遠いだろ。わざわざ来るなんて何かあったのか」
「あー…あのね、今日はお願いがあってきたのよ」

ちょっとだけ言いにくそうなそぶりを見せるトウコにいやな予感がする。何だ。一体何を頼まれるのだ。トウコに付き合わされた思い出たちが頭の中をよぎる。大変だったことしかない。とくに中学生の時にマンホールに突き落とされた恨みは今もしっかり覚えてるんだからな。

「私、留学することが決まったの」
「良かったじゃん。行きたいって前から言ってただろ」
「うん、良かった。結構狭き門だったからね。行けるなんて思ってなかった」

嬉しそうに言うトウコに素直におめでとうの言葉を贈る。トウヤは留学するつもりなんて全くなかったけれどもトウコが行きたがっていた国への留学は希望者が多いが受け入れ人数が少なく難しいことは知っていた。狭き門をくぐりぬけて自力でチャンスをつかんだトウコのことをすごいと思う。

「でもね、寮に入るんだけど…ペット禁止で」
「…まさか」
「この子、預かってもらえない?」
「…マジでか」

うさぎの方を見るとわかっているのかいないのか、いつのまにか椅子を降りてソファーの上でごろごろしている。

「ね、トウヤお願い…ママは出張中だし他に頼めなくて」
「………」

預からないという選択肢はなさそうだと判断し、トウヤは天を仰いだ。
正直、めんどくさい。うさぎなんて飼ったことないしどう扱えばいいのか。
でも…

ちらりとうさぎの様子をうかがう。ミジュマルクッションを抱えて無邪気に転がりまわる様子はとても可愛い。少々お行儀が悪いところはこれからしつけていけばいいと考えれば悪くはないような気がした。

「とりあえず、飼い方教えてくれない?」
「い、いいの!?」

ありがとう!と言ってホッとしたように笑うトウコを見ながらトウヤも自然と笑顔になる。
これからの生活が少し楽しみになった。


END






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