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君の気持ちと恋物語

Nは本が好きだ。
一緒に暮らしはじめてしばらく経つが大体俺が帰ってくると本を開いていることが多い。
それは大抵数学に関する本で、理系脳ではないらしい俺にはちっとも理解できないものだった。

しかし今日の本は違うようだ。白い革を鞣したようなしっとりとした表紙に金色の繊細な文字で題名が書かれている。外国語のようで俺には読めないけれども、その美しい本には何故か惹かれた。


「トウヤ、もしかしてこの本が気になるの」

じーっと見つめていたせいか、気付いたNが首を傾げて聞いてくる。ああもう、ほんとに可愛いな。ってそうじゃなくて。

「気になるかな。いつもの難しい本じゃないし、綺麗だから。物語かなんかなのか」


そう問うとNはぱらりとページをめくって本に目を落とした。ポケモンに噛まれたり引っ掻かれたりしたせいで傷だらけのNの指と白い本は何故かとてもしっくりと馴染んでいるように見えた。


「そう、物語だ。異国の物語だよ。作家と少女の恋物語」

「恋物語?」

「うん。少女は作家の作品に恋して、どんな人がこんな素敵な物語を書いているんだろうと気になって、作家の元に押し掛ける。そしてそこで出会った作家に一目惚れしてしまうのさ。それ以降、彼女は作家の元に差し入れを作っては持って行ったり、部屋の掃除をかって出たりするようになる」

「いい迷惑だな」


急に知らない女に押し掛けられて、頼んでもいない食べ物を渡されたり、部屋に入ってこられたりとか、冗談じゃない。


「まぁ普通はそうだろうね。作家もはじめは邪険にしてた…でもまだ続きがあるんだよ」


「ふうん…どうなるんだ」

「はじめは彼女をうっとおしいと思っていた作家だけどね。ある時熱を出して倒れるんだ。その時彼女がとても献身的に看病してくれてね。その真摯な眼差しに惹かれてしまう。けれどこの作家、とても意地っ張りでね。それを認めたくないんだ。本当は彼女を愛しはじめているのに素直にそれを表現出来なくて彼女の気持ちに中々応えてあげられないんだ。それでも彼女は作家の元に通ってきてたけど、ある時急にぴたりと来なくなってしまう」

「当たり前だな、見返りを求めない愛なんてない。ついに愛想が尽きたんだろ」

「トウヤは現実的だよね…」


Nは眉をハの字にして苦笑を浮かべる。うん、やっぱり可愛いな。俺より年上で背も高いのに、Nは何故か、可愛い。


「でもね、違うんだよトウヤ、彼女は作家に愛想を尽かしたわけじゃない。彼女はまだ作家を愛していたけど、作家の元に来れなくなったんだ」

「来れなくなった?」

「そう。彼女は実は生まれつき心臓が悪くてね………死んでしまったのさ」

「…………」

「作家がそれを知るのは彼女が亡くなって葬式も終わったころだった。彼女の兄が、遺品の中から日記を見つけたのさ。夜毎に羊皮紙にインクで綴られた、彼女の人生の記録。そこには作家への思いが溢れていた。兄は妹の気持ちを伝えてあげたくて、妹が愛していた人に妹のことを覚えていてほしい一心で彼の元に訪れる。そこで作家ははじめて彼女の死を知って、伝えられなかった想いに涙するのさ」

「…ありがちな物語だな」

「そうだね、ありがちだ。だからこそ面白い。きっと、たくさんの人間がこの二人のように、想いを通わせることができずに散っていったんだろうね」

「…………」

「ねえトウヤ、好きだよ」

「いっ、いきなり何を…」

「うん。伝えておかなきゃなって思ったんだ。僕は君が好きだ。君と共に在りたいと思う。でも君も僕もあまりそういうことを言わないから、ちょっと不安になったんだ。作家と少女は両思いだったけど、もしかすると僕たちは、僕が勝手に君を思ってるだけなんじゃないかって…僕はあまり人間の感情をまだ理解できてないらしいし、もしかして僕は迷惑なんじゃないかって」


そう、不安そうに見つめてくるNに、俺の理性がぶつっと音を立ててちぎれる音がした気がした。
なにこの可愛い生き物。抱き締めたい!
衝動のままNに抱きつくと勢いを殺しきれずに二人で床に転がる羽目になった。俺に下敷きにされてるNは頭を打ったみたいで涙目だった。あの、うん、ごめんなさい。


「ごめんな、N」


打ったところを撫でつつ、おでこに一つキスを落とす。耳まで真っ赤で林檎みたいでおいしそうだな、なんて思った。


「と、トウヤ?」


「ごめんなN、不安にさせて……俺もNが好きだよ。ずっといっしょにいたいと思ってる。ちゃんと両思いだから安心して俺のところに嫁に来いって」

「よ、嫁…?」


それは何か違うんじゃないかな、とうろたえるNにもう一度、今度は唇にキスをしてぎゅっと抱き締めた。


END






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