text | ナノ




Sangue di pallottola di argento ed io

※R15






鬱蒼と木々の生い茂る森。
ざわりざわりと梢が触れ合い、不気味な音を立てる。
昼間でさえも暗いこの森は魔物がすむと噂され、めったなことでは誰も近づこうとしなかった。
その森を前にして、彼はため息をつく。
黒と赤が混じった不思議な色の眼をしたその、少年と青年のちょうど中間に位置する彼は慣れた足取りで森の中へと一歩踏み出し、腰につるしたピストルに特殊な弾が詰まっていることを確かめながらよどみない足取りで奥へと進んでいく。
きっとまた、この弾を使うことはできないとわかっているけど、チャンスがあれば逃さない。逃したくない。銀色の弾丸。一部の“魔物”と呼ばれる種族に対して絶大な効果を発揮するそれを、彼はここのところ全く使えていなかった。


「……僕は一体何をしているんだろうね」


問いかけても答えるものはなく、ただギャアギャアとうるさいカラスの鳴き声が聞こえてくるだけだった。



うねうねと曲がりくねった木の根を飛び越え、向かってくる野生の動物を躊躇なく血まみれにし、迷い込んでそのまま出られなかったのであろう、哀れな元・人間たちを横目にしながら彼はどんどん奥へと進んでいく。目的地にたどり着くまでに、高価なものではないが清潔だった彼の服は汚れきってしまっていたけど、そんなことはちっとも気にしない。
それよりも早く、目的地にたどり着きたい。一滴の血も流すことなく、たどり着きたい。

その一心で進み続け、目印となる大きなもみの木の下をくぐり抜けたところで、目の前に広がるのは瀟洒な屋敷。広大な庭には噴水が置かれ、石畳や花壇がバランス良く配置されている。しかしそこに植えられているのは色とりどりの美しい花などではなく、怪しげな薬草や、見たこともないようなどぎつい色をした実や花をつけている木だった。屋敷の上には蝙蝠たちが飛び交い、門の上では大きなカラスがにらみをきかせている。

相変わらず、悪趣味。

ここには何度か来たことがあるが前回よりもひどくなっているような気がして思わず眉をしかめる。せっかくいい庭があるのだからもっと植えるものを選べばいいのに、と思うが植えるものを選んだ結果がこれだからもうどうしようもない。
いつまでも庭を眺めていてもどうしようもないので正門に向かって歩いて行く。がっちりと閉ざされているが、門の上のカラスがギャアと鳴くと、錆ついた音を立ててゆっくりと開きはじめた。


「ごくろうさま」


一応カラスに声をかけると、カラスは面白くなさそうにプイっと横を向いた。なんだか、このカラスには嫌われてる気がする。そのまま不気味な庭を通り抜け、嫌そうについてきたカラスと共に勝手に開いた屋敷の玄関から中にお邪魔させてもらう。
入ってすぐに服についた汚れをはたき落とし、屋敷の内部にざっと目を通した。庭のあり様とは違い、屋敷の中は手が行き届き、ほこりやクモの巣は見当たらない。燭台にともされたろうそくがゆらりと揺れ、彼の顔をぼんやりと照らす。彼から見えるのはせいぜい自分の周辺から2メートル以内。それより奥は、暗闇に包まれている。
何も見えないはずのそこをじっと見つめ、彼は口を開いた。


「出ておいでよ、いるんでしょ」


その瞬間、炎が揺らめき、火の玉が宙を飛ぶ。屋敷の明かりが一斉に点灯し、視界がはっきりする。そして、先ほどまで彼が視線を注いでいたところに現れたのは、ツンツンととがったキャラメル色の髪と緑色の宝石のような眼を持つ10歳程度の少年だった。

「久しぶりだな、レッド。会いたかったぜ」


そう言ってにやりと笑った少年の口の端から鋭い牙が覗く。きらりと輝く眼には縦長の瞳孔。どちらとも人ではないものの証。そう、少年は吸血鬼とよばれる存在だった。それもとても血筋の良い、純血種と呼ばれあがめられる存在。吸血鬼の中でも桁外れの力を持つ少年を前にして、彼―レッド―はだるそうな表情を崩さない。


「久しぶりなんて、本当はそんなこと思ってないくせに」

「まあな、人間の時間と俺様たちの時間は違うから、2週間やそこらなんて俺にとってはほんの一瞬だ」

「なるほど、僕の感覚に合わせての挨拶だったんだね。出来れば君の顔なんて僕はもう見たくなかったんけど……まあとりあえず、久しぶりだね、グリーン」


心底嫌そうに返したレッドの表情を見て、グリーンと呼ばれた少年は笑みを深くする。グリーンはレッドがいやがる事が大好きだ。それを知っているけれど、どうしても表情に出てしまう自分が嫌になる。


「しっかし今回も血と泥でドロドロだな。一体何匹の動物の命を奪ってここまでやってきたんだ?」

「さあ、そんなの覚えちゃいないね。…君たちが殺した人間の数を覚えていないのと一緒だよ」

「そう、俺たちと一緒だ。下等生物の生死なんて関係ない。人間は動物を殺し、その人間を俺たちが殺す。なのに人間ときたら俺たちに復讐しようなんてバカなことを考える。お前たちが殺した動物たちは復讐なんて考えないのにな」

「人間は、発達した知恵と感情があるからね…そんじょそこらの動物と一緒に見られちゃ困る」

「ふーん…まあどうでもいいけどな。俺は俺のメシが手に入ればそれでいい。人間が俺を殺そうっていうんなら、いつでも相手になってやるぜ。できるとはおもわねーけどな。なあ、凄腕ハンターさん?」


そう言って声をあげて笑うグリーンを見てレッドは唇を噛む。若干11歳にして教会に認められた天才祓魔師、それがレッドだった。依頼を受けては自分は傷一つ負わずに数々の魔物を撃ち殺し、魔物に怯える人々を救ってきた。殺して殺して殺しまくって、自分に殺せない魔物なんて存在しないかもしれないとすら思っていた。何年もの間、無敗だった。そんなレッドが初めて敗北を喫した相手、それがこの目の前にいる吸血鬼だった。
依頼を受けて訪れたこの屋敷で、叩きのめされた時のあの衝撃は鮮明に覚えている。決して見くびっていたわけではない。全力を持って殺しに向かったのに相手の方が何枚も上手だった。銀のナイフも、弾丸も、彼を掠ることすらできなかった。
そしてレッドは彼に、グリーンにかぶりと首筋を噛まれてしまったのだ。それは完全なる敗北の印で、レッドにとってはこの上ない屈辱だった。

「くやしい、レッド?…俺を殺したい?」

楽しそうに言いながらグリーンは近づいてくる。目の前に立たれて、その美しい瞳で覗きこまれる。見透かされているような気がして無理やり目をそらす。くすりとグリーンが笑った気配がして、以前に噛まれた首筋が熱くなる感覚がした。噛まれたからと言って吸血鬼になるわけではない。人間を吸血鬼にするにはまた別の方法がある。しかしグリーンはレッドに噛みつき、その血をすすることで、レッドに消えない刻印を残した。グリーンの“餌”としてのその刻印は他の吸血鬼を寄せ付けない効果があるという。

「俺を殺したい?レッド…その印を消し去るためには俺を殺すしかないもんなぁ。餌の印なんかつけて、教会に帰るなんてできないもんなぁ」

「…………」

無言を貫くレッドにグリーンは興ざめしたようで、チッと一つ舌打ちしてかぶりと首筋に噛みついた。ぶつりと皮膚が裂ける感覚と痛み、血が抜かれていく不快感、そしてそれと同時にもたらされる悦楽に、気を抜けば意識を持って行かれそうになる。
殺すなら今だ、と理性がささやきかける。あいつは食事に夢中だ、今なら至近距離で外すことなく弾丸を撃ち込めると。
しかしレッドの体は動かなかった。指の一本すらまともに動かない。自由にならない体に歯を食いしばる。グリーンがそれを感じて笑ったことに気付いて、しね、と心の中で吐き捨てる。

たっぷりと、しかしレッドを殺さない程度に血を摂取したグリーンは、満足そうに牙の跡をぺろりと舐め、レッドの体を放りだした。そのまま体を持ち直すことができず、床に顔をしたたかに打ちつける。


「ざまあねーな、ハンターさん」


足で蹴られて、顔を上にするようにして横たわったレッドの上にグリーンが乗る。
にこりと楽しそうに笑った彼は、レッドの下半身に手を伸ばした。貧血を起こしつつも、レッドの象徴は確実に興奮をあらわしている。ぎゅっと掴まれて痛みに顔をしかめるとグリーンは満面の笑みを浮かべた。


「食事の代金だ。処理くらいしてやるよ。俺も楽しいしな」

「…相変わらず淫乱だね」


レッドがそうつぶやくと、「その淫乱相手にしてるお前は変態だよな」と返されてしまった。
レッドはもうすでに、グリーンのもたらす行為の気持ちよさを知ってしまっている。
グリーンのするままに翻弄される自身に憤りを感じながらも抗うすべはない。
悔し紛れにエメラルド色の瞳を覗き込んで一言だけ言い放つ。


「淫乱な君のことなんて、大嫌いだよ」


ついに出番のなかったピストルがからんと音を立てて床に転がった。



END



素敵企画GRN48様へ提出させていただきます。

お題:吸血鬼







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -