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きみにあってつたえたい

筆を走らせ最後の一枚に署名を終える。
これで今日の分の仕事は終わりだ。
凝り固まった体をほぐすため立ちあがって伸びをする。バキバキっと音がして、血のめぐりがよくなった気がした。
ジムリーダーなんてただ挑戦者の相手をすればいいなんて思っていた旅をしている頃の自分。実際は書類を扱っている方が多くて嫌になることもしばしばだ。挑戦者の成長を見るのは楽しいし、この仕事が嫌いという訳ではない。特に最近はジョウトから来たという少年がメキメキと実力を伸ばしていてとても楽しみだ。でも時々何もかもを放りだしてどこかに行ってしまいたいと思うのだ。ただひたすら頂点を目指して突き進んでいたあの頃のように。

「出来ないって、わかっているけどな…」

自嘲気味にそうつぶやくと部屋の隅で寝ていたイーブイがピクリと顔を動かして見つめてくる。いけない、起こしてしまったようだ。

「起こしてごめんなイーブイ。仕事終わったから俺ももう寝るよ」

そう言って優しく頭を撫でるとイーブイは気持ちよさそうに目を閉じた。なめらかな毛並みと暖かさはあの頃とちっとも変っていなくて、少しだけ泣きたい気持ちになった。

どうも今日はナーバスな気分でいけない。きっと仕事の疲れがたまっているのだ。もうこのまま寝てしまおう。
そう決めて仮眠用のベッドに横たわる。マサラの実家に帰ることすらおっくうだった。

電気を消して眼を閉じると頭の中で赤い色が渦巻く。
赤はあいつの色だ。
ずっと隣にいると思っていたのにいつの間にか前を歩いていて、そして何も言わずにどこかに行ってしまったあいつの。

どうしてこうなってしまったんだろう。
幼いころは何も気にせず一緒にいることができたのに。
どこで道を違えてしまったんだろう。
どうすればあいつといつまでも一緒にいられた?

考えても答は出ない。
グリーンにはわからない。
ただ、レッドがいなくなる前日、感情のまま叫んでしまったあの言葉がレッドをひどく傷つけたことはわかっていた。


***


チャンピオンの座をかけて争い、レッドに負けたあの日以降、グリーンはレッドを避けていた。レッドが悪いのではないとわかっているけれど、レッドの顔を見るとどうしても負けて悔しい気持ちや祖父に言われた言葉が思い出されて冷静ではいられなかった。レッドがグリーンのことを気にして何度か訪ねてきてくれていたのは知っていたけれどそのたびにナナミに頼んで居留守を使うようにしていた。大好きなポケモンたちをボールから出すこともなく部屋に引きこもる弟をナナミはひどく心配してるようで申し訳なかったけれど、その時のグリーンは誰にも会いたくない気分だった。部屋にこもって頭から布団をかぶり、思い出しては悔し涙を流す。自分の中で気持ちの整理がつかない。当たり前だ。努力してやっと上り詰めたチャンピオンの座を一瞬にして誰よりも負けたくないと思っていたライバルに持って行かれたのだから。まだ心も体も成長しきってない11歳の少年はその悔しさを消化する術を知らなかった。
自分の力不足だったのだと頭ではわかっているけれど感情はそれに追いつかない。行けないことだとわかっているけれど、どうしても、どうしても思ってしまうのだ…

「レッドが…レッドさえ…」

ふいに窓ガラスがコンコンと音を立てた。びっくりしてグリーンは布団から顔を出す。
ふわりとカーテンがめくれあがる。どうやら誰かが窓を開けて侵入してきたようだ。
そんなことしそうな誰か、なんて一人しか知らない。そしてやはりその答えはあたっていた。

「グリーン、生きてる?」
「…レッド」

そう。入ってきたのはやはり幼馴染でライバルのレッドだった。いつも肩に乗せていたはずの黄色い相棒は今日はいない。さも当然というようにグリーンの部屋に土足で侵入してきたレッドは、部屋をぐるりと見渡して眉を寄せた。あまりに散らかり過ぎている。大雑把に見えて実は繊細なグリーンは割ときちんと部屋を片付ける方であったのに、足の踏み場にも苦労するような散らかりっぷりだ。動けそうにないのでそのまま窓際に立つことにする。その間にグリーンはまた布団に潜り込んでしまっていた。

「何しに来たんだよ。用がないなら帰れよ。今、誰とも話したくないんだ」
「…グリーン、あの…」
「出てけ!出てってくれよ!!」

しゃべろうとしたレッドをさえぎってグリーンは喚く。
どうしてこいつがやって来るんだ。今一番会いたくないのに!
胸の中でどす暗い感情が渦を巻く。
悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!

布団を握り締めて必死に怒鳴り出したい衝動を抑える。
自分の感情をコントロールすることができない。
早くレッドに出ていってほしい。

しかしレッドの方はそんなグリーンの心中に気付かない。
レッドはレッドであれ以来引きこもりっきりになってしまっている幼馴染を心配してやってきたのだ。幼馴染がこうなってしまったのは自分にも責任がある。何とか元の元気なグリーンに戻ってほしい。それなのにいきなり出ていけと言われて納得できるはずがない。いささかムッとしてつい攻撃的な口調になってしまう。

「いつまでこうしているつもりなの?ナナミさんも博士も心配してる。そろそろ外に出ようよ。部屋にこもっていても何にもならないんだよ」

それを聞いてグリーンはハッと自嘲気味に吐き捨てた。

「じーさんは俺のことなんか気にしちゃいねーよ、レッドさえいればいいんだ。出来の悪い孫なんていらねーんだよ」

そう言ってさらに布団の中で丸くなる。
ダメだ、もう、これ以上は押さえられない。
一刻も早く出て行ってくれ。

「グリーン、いい加減にしなよ。博士が君のこといらないと思ってるなんてそんなこと…」
「うるさい!だまれ!!」

腹の底から出せる限りの大きな声を出してグリーンはわめく。その勢いにレッドは一瞬ひるみ、一歩後ずさった。レッドが口をつぐんでもなおグリーンはわめき続ける。

「だまれだまれだまれ!お前に何がわかるって言うんだ!いつだって俺はお前に勝てなかった!初めてポケモンをもらったときからチャンピオン戦までも!俺は勝てなかった!俺だって、俺だって頑張ってきたのに!一生懸命努力してきたのに!それなのにじーさんはいつもレッドばっかりほめるんだ!俺のことなんてどうでもいいんだ!弱いやつなんてみとめてくれないんだ!みんなレッドレッドってレッドのことばっかり…ちくしょう…ちくしょう…ううっ…レッドなんて、レッドなんて…」

そしてグリーンはついに、言ってはいけないことを言ってしまう。


「レッドなんていなければよかったのに!!」


それはレッドの存在だけではなく、ふたりの過ごしてきた時間や思い出すら否定する言葉だった。一緒に遊んだことも、競い合ったことも、楽しかったことも、辛かったことも、全部否定してしまう言葉。そんな言葉を聞いてレッドは静かに目を閉じる。なんだか感情がすっぽりと抜け落ちてしまったような、そんな変な気分だった。

「…そう、ごめんね」

それだけ言い残してレッドはまた窓から外に出ていった。
まだ感情を高ぶらせたままのグリーンは、ひどいことを言ってしまったとは思っていたけれど、それよりも自分の感情を律することに必死だった。レッドにあたり散らしてしまった自分がひどく惨めな存在に思えて、レッドが妬ましくて、グリーンは布団にくるまって泣いた。レッドに負けてから泣くのはこれが初めてだった。自分の未熟さを吐き出すように、悔しさを洗い流すように声を出して思いっきり泣いた。
泣いて泣いて、泣き疲れて、そのままグリーンは死んだように眠った。
そして翌朝、自分の言動に後悔し、レッドに謝らなくてはと久々に外に出て。


レッドが行き先も告げずどこかに姿を消したことを聞いたのだった。


***


あの頃は未熟だった、なんてそんな言葉で片付けられるものではないと思っている。自分はそれだけレッドにひどいことを言ったのだ。自分のせいでレッドがいなくなってしまった。グリーンはそう感じている。レッドの母親も、ナナミも、オーキドも、ジムリーダーたちだって皆レッドの行方を気にしている。無事でいるだろうか。また何かトラブルに巻き込まれてないだろうか。心配は尽きない。

「レッド…今どこにいるんだ…」

問いかけても答は返ってこない。
わかってはいたけれど、口に出したことで寂しさが増した。

レッド、レッド、お前がいなくなって俺の中でお前の存在がどれだけ大きいものだったかわかったよ。なあ早く帰ってこいよ。あの事を謝りたいんだ。許してくれるかわからないけど、俺はもう一度、お前と笑いあえるようになりたいんだ。もう一度お前に触れたいんだ。なあレッド、俺はお前がすき、なんだ。

頭の中の赤色はだんだんと落ち着いてきた。
これなら寝れそうだ。明日も早い。早く寝て疲れを取らなければ。
ベッドの中で寝返りを打つ。
グリーンの頬を涙が一滴、流れた。


END






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