dust box | ナノ



◆トウトウ
2012/07/29 23:29

彼のことが大嫌いだった。
幼なじみの彼は私にだけ意地悪だった。
ベルには優しいのに、どうして?
チェレンとは楽しそうに遊ぶのに、どうして?
彼は私の髪の毛やスカートを引っ張ってきたり、私が頑張って作った砂の城を壊したりと私を泣かせる行動が大好きだった。
一度彼の前でピンクのスカートをはいたことがある。そのスカートはお母さんに買ってもらったばかりのもので、私はとても気に入っていた。だから幼なじみたちと遊ぶ時に着ていったのだ。可愛いねと言ってほしくて。
でも彼は私を見るなり言った。「似合わない」と。「全然似合わない。そもそもトウコにスカートとか可愛くないし」
彼の口から放たれた言葉の矢は私の心をズタズタに切り裂いた。
それ以来私はズボンしかはかなくなり、彼のことも避け続けた。

アララギ博士からポケモンをもらって旅立った後も、精力的に進んでいく3人と違って私はのんびり、ゆっくりと進んだ。バトルよりもポケモンとゆっくり過ごすことが好きだったと言うのもあるし、彼と旅の途中で出くわしたくないというのもあった。
だから彼が謎の組織に向かっていったことも、英雄になったことも、全てが終わったあとでベルから聞いた。「大変だったんだよぉ」と嬉しそうに彼の活躍を語るベルに私は、昔私をいじめた彼が英雄だなんてとちょっとひねた気持ちで聞いていた。
一生懸命、全身を使って彼の活躍を表現するベルには悪いが、私は彼と話す機会なんてもう持つことはないだろうと思っていた。だって私は彼が嫌いだ。彼が恐い。
だから彼と鉢合わせしないように旅をしていたし、それはこれからも続けるつもりだった。


ベルと別れてから私はライモンシティに向かった。この間観覧車の下で出会ったトレーナーとバトルでもして観覧車に乗りながら世間話でもしようと思ったのだ。
何となく、誰かと話したい気分だった。それだけだった。

縁あってゲットすることになったビクティニと共に遊園地のゲートをくぐる。ビクティニは楽しそうにスキップしながらついてくる。はぐれないでねとビクティニに声をかけ、観覧車の前に着いたとき、私は動けなくなった。彼がいたのだ。
彼は観覧車を睨み付けるようにして見上げていた。何をしているのかわからなかったけれど、こちらには気づいていないようだった。ちょうどいい、顔を会わせないうちに去ってしまおう。そう考えて踵を返しかけたところで彼がこちらに顔を向けた。ばちりと視線が合う。

「…………」
「…………」

しばらく無言で見つめあう。何を言えばいいのかわからなかった。逃げ出したくて仕方がなかったけれど、蛇に睨まれた蛙のように私は動けなかった。ビクティニが心配そうに覗き込んでくる。大丈夫だよ、とつたえたかったけれどそれすら伝えられなかった。
最初に沈黙を破ったのは彼だった。

「よぉ、久しぶり」

軽く手を上げて、微妙な笑みを浮かべての挨拶に、小さな声で久しぶりと返した。早くこの場を離れたい。彼と話すことなんてない。しかし彼はそんな私の胸のうちなど知ることもなく、近況などを聞いてくる。それにばか正直に答えながら、私は一体何をやっているんだろうと頭の片隅で考えていた。

「そういやお前、観覧車に乗りに来たのか?」

ふいに彼が話題を変えた。

「観覧車に乗りに来た訳じゃないけど…」

観覧車の下にいるトレーナーと世間話することが主な目的だ。今日はいなかったけれど。

「ふうん……まあいいや、乗ろうよ。これ二人乗りなんだ」
「えっ……」
「一人じゃ乗れないんだよ。高所恐怖症とかじゃないだろ?一人で遊園地にいるってことは時間もあるだろうし。ほら、行こうぜ」
「えっ、あっ、えっ…?」

訳もわからないまま観覧車に引きずりこまれる。あっという間に乗り込み口にはロックがかけられ、私は彼と密室に二人きりになってしまった。正直、今すぐ逃げ出したい。しかし密室では逃げることもできず、ひたすら地上に戻るのを待つことしか出来なかった。


観覧車の中で私たちはしばらく無言だった。
機械が動くゴウンゴウンという音とビクティニがはじめての観覧車にはしゃぐ声だけが響く。
ずっと下を向いていたけれど、そろりと顔をあげ、彼の方を伺った。彼は真剣な顔でじっと窓の外を見つめている。
彼の顔は整っていると思う。すっと通った鼻梁に涼しげな目元、チョコレートブラウンの癖っ毛が可愛らしさを演出している。彼の本性を知らない女の子なんかは簡単に騙されちゃうんだろう。
私だって知らなかったらかっこいいなぁ、で済ませてしまっていただろう。彼と幼なじみじゃなかったらよかったのに。そうしたら知らずにいられたのに。知らない方が幸せだったのに。
そんなことはあり得ないとわかっていながらも考えてしまって悲しい気分になる。
ぼんやりと彼を見つめ続けていたら急にこちらを振り向いた。驚きで心拍数が一気に上がり顔から血がひいていくのがわかった。見ていたの、気付かれた。何を言われるんだろう、またひどいことを言われるかもしれないと思うと心臓のあたりがズキンと痛んだ。
しかし彼はそんな私の様子など気に止めることなくにやりと笑って口を開く。

「もうすぐ天辺だな」
「は……?」
「だから、もうすぐ天辺だろ。お前自分がいる場所もわかんねえのかよ」
「いや……わかる、けど……それが何?」

景色など見ていなかったので本当は彼に言われてはじめて気が付いたけど言わないでおく。バカにされたくない。というか天辺だから何だというのだ。確かに観覧車の天辺は少し特別な気もするが、私は今景色を楽しむ余裕なんてない。そんなことより早く彼と二人きりのこの密室から逃げ出したいのだ。
素っ気ない返答に彼はニヒルな笑みを浮かべてこちらを見やる。なんだかムカつく笑みだ。

「トウコは知らないわけ?観覧車って言ったら付き物なウワサがあるだろーが」
「ウワサ?」

そんなもの知らない。観覧車に付き物のウワサなんて全く思い付かない。
本気でわからない私に彼は多少呆れ顔をする。仕方がないじゃないか、私はあまりウワサには興味がない性質なのだ。
わざとらしく大きなため息をつき、こちらを見下ろすように顔を上げて彼は言った。

「観覧車の天辺でキスしたら、永遠に結ばれるって言うじゃん?」
「…………は?」

観覧車の天辺でキス。確かに少女マンガにはよくありそうな設定とシチュエーションだ。しかしキスというものは恋人同士がするものだろう。私と彼は恋人同士ではないし、これからなる可能性もない。
一体どうしてこんなことを言い出したのだろうこいつは。そんな表情を隠せない私に彼はムッとした顔をする。全くわけがわからない。でも彼が怖いので慌ててうつむいて顔を隠した。何で睨まれなきゃならないんだろう。変なこと言いだしたのが悪いのに……



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