Medium story | ナノ

隠れた瞳は空の色 ‐プロローグ-





 僕はずっと君に嘘をついていた。
 だってこの気持ちを言ってしまったら君はきっと離れていってしまうから。
 僕は狡い――。

「ねぇ、春ちゃん! 春ちゃんはずっと私のそばに居てくれるよね?」

 無邪気に訊く彼女は凛。僕とは幼稚園からの付き合いだ。
 彼女がこんなことを言うのには理由があって、彼女の両親は僕等が小学五年生の時に離婚した。そしてどちらも彼女を引取りたがらなかった。
 両親共に新しいパートナーがいたことも、自分が愛されていないことも彼女は気づいていてそれでも必死に二人にしがみつこうとした。
 結局彼女の父親が引き取ることになって、案の定幸せな生活とは行かなかった。

「当たり前でしょ。僕は凛から絶対に離れたりしないよ。何があってもね」

 よかった、と彼女は微笑んで僕もそれに微笑み返す。
 彼女は恋愛に臆病で愛というものを信じてない。それは過去の両親を見ていれば必然と沸き起こる感情で、僕もそれを知っているから彼女への気持ちは決して口にしない。今までも、これからもそうするつもりだ。

「亮介君は元気にしてるの?」
「兄貴? うん。元気だよ」

 僕の前を歩く彼女が振り向いて立ち止まった。

「亮介君、高校は遠いところに行ったんだよね? それに私達も来年中学卒業だよ……。やっぱり春ちゃんとも高校は離れちゃうのかな……」
「一緒のところに行けばいいよ。僕達そんなに偏差値変わらないでしょ?」
「そうだけど、春ちゃんも高校生になったら彼女だって欲しいだろうし、そうなったら私いない方がいいんじゃないかって思ってるんだ」

 なんだよそれ。そんなの、僕が隣にいて欲しいのは凛しかいないのに。

 悲しげに眉を下げる彼女は一転して明るい表情に打って変わった。

「……なーんてね。春ちゃんが嫌がっても一緒の高校に行くって決めてるから!」
「嫌がるなんてあるはずないでしょ。馬鹿だな凛は」
「馬鹿だもーん」

 べ、と舌を出してまた前を向いて歩き出した彼女の背中を前髪の隙間から見つめる。いつの間にか僕よりも小さくなった背も、急激に『少女』から『女性』に変わっていく彼女を僕はただ一緒にいて、友達よりも近い、けど、家族よりは遠い存在のまま過ごしていくのか、とぼんやりと思った。

 転機は突然訪れる、とはよく言ったもので彼女の転校が急に決まった。それは彼女の父親のパートナーが彼女を持て余して遠い親戚に彼女を預けるためだった。

 立ち入り禁止の看板がある屋上に、僕達は足を踏み入れる。夏から秋に変わる少しひんやりとした風が僕達をかすめていく。
 ロングの黒髪をなびかせ、彼女はフェンスにもたれ掛かった。空を仰ぐその瞳にはうっすらと涙が浮かんでた。

「……あーあ。遂にお父さんにも見放されちゃった……」

 呟いた声は聞こえたけど僕はなんて答えれば正解かわからない。

「私、北海道に行くんだって」

 自分のことなのに他人事のように言う彼女は今どんな気持ちなのかな。

「北海道って……凛はそれでいいの?」
「いいわけないよ。けど私まだ中学生なんだよ? どうにも出来ないよ……」

 大人の勝手な都合に振り回され続ける彼女を救いたい気持ちでいっぱいだけど、そう考える僕もまた子供で、こんな時早く大人になれたらってなれもしないのに何度考えたことだろう。

「……僕は、離れたくないよ」
「そんなの、私だって――離れたく、ない、よ……」

 言いながら彼女の瞳から涙が零れる。今すぐ近づいて抱きしめたら、彼女はどんな顔するんだろう。

「じゃあ、さ。うちに来ればいいよ。父さんも母さんもきっと喜ぶよ! 母さん、前から女の子欲しがってたし。凛なら、きっと――」
「そう出来たら楽しいだろうね……」

 やっぱりそれは叶わないことで、でも願わずにはいられないんだ。だって僕は君が好きだから。


 一ヶ月後。そんな儚い願いもあえなく散って、彼女は北海道へ旅立って行った。
 彼女を失ったことで僕の心にはぽっかりと大きな穴が空いたようにただ彼女のいない日常をただ淡々と野球にぶつけ過ごす日々だった。

 それから二年。僕もこの春高校生になった。学校は兄貴を追って青道という高校野球の強豪校へ入学。
 これから三年間野球漬けの毎日が待っている。

 強豪校なだけあって、全国から有能な選手達が集まっていた。練習も厳しく、野球に集中している時間は彼女のことも忘れられた。だけどひとたび日常に戻ると彼女のいない日々は本当につまらなくて、あの時、彼女が泣いていたあの日。想いを伝えていたらきっとこんな後悔なんてしなくて良かったのに。嫌われてもそれはそれで吹っ切れたかもしれないのに。
 過去に戻ることなんて出来っこないのに、僕はいつまでも女々しく思って……。ほんとにかっこ悪い。

 朝のホームルームの時間を窓の方を向きぼんやり眺めてやり過ごす。窓際の席では同じ野球部の降谷君がウトウトと目を瞑り船を漕いでいる。これもいつもと同じ光景。ただその日に限って違ったのは担任から発せられた「転校生を紹介します」と言う声だった。

 入って、と担任に促され姿を現したその人に、僕は目を疑った。そして身体が勝手に動いて椅子から立ち上がっていた。そんな僕に彼女も気づいたようで

「……春ちゃん?」

 と懐かしい声が聞こえた。
 これが彼女との再会だった。


to be continued……

 




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