short story | ナノ

額はまるで群青の




(この状況はなに?)



 今奏は壁を背に彼、『御幸一也』に両腕で挟まれた状態、所謂壁ドンの体制になっていた。漫画ならば胸を高鳴らせるシチュエーションだが、御幸の無言の圧力に、ときめくどころか奏にとってはとても危機的状況であるのは間違いない。



 このような事態に陥ったのには訳がある。

 事の発端は奏のクラスメイトの友人に好きな人が出来たのだという恋愛相談から始まった。



「私ね、不二先輩のこと好きになっちゃったの」



 頬を染め、恥じらいながら言う彼女は奏の唯一の親友で、『好きな人』と言っていた人物、不二先輩とはバスケ部で目立たなくとも存在感を放つ人だ。彼は奏の小さい頃からの幼馴染みで、お互い部活や日々の生活で一緒に遊んだりすることは数段と減ったが今でも仲良くしている男友達の一人なのだ。



「そっかー! 大輝にぃも隅に置けないね」



 からかいながらも友人の恋心にエールを送っていた。喜ばしい報告に手放しで応援をしたかったが一つだけこの恋には問題があった。大輝には他校に最近付き合いだした彼女がいるのだ。



「でね、こんなことお願いするのは悪いかなって思ってたんだけど、先輩の事色々と知りたくて」

「大丈夫だよ! わかってる。私に出来ることなら協力するから!」



「任せてよ!」と大見栄をきった奏は、事あるごとに大輝に話しかけていた。もちろん友人の話題も出しつつわざとらしくならないように細心の注意を払いながら。近づいて気付いたことは彼は他校の彼女を好きで付き合ってはいないということだった。これは好機とばかりに友人の背中を押して、彼女の恋の相談に乗ってからかれこれ三ヶ月、遂にその恋は成就した。彼女がいる相手を好きになった前途多難な恋は見事、彼女自身で勝ち取ったのだ。



「良かったね!」

「うん。本当にうれしい……」



 友人からの幸せいっぱいの笑顔の報告に、奏は彼のほうにも祝福の言葉をかけようと思いたった。放課後、彼の所属するバスケ部部員達が練習に励む体育館へ赴いたのだ。到着したときには運がよく丁度休憩中のようで、体育館入口の扉からひょっこりと顔を出した奏に彼は気づいて駆け寄ってきた。



「おめでとう!」



 と彼が近づくなり笑顔で言った。



「おう、さんきゅ。……奏も早く彼氏出来るといいな」



 照れながらも嬉しそうな彼のはにかんだ笑顔を見て奏は自分の事のように嬉しかった。



「大きなお世話だよ! それよりも私の大事な友達なんだから泣かせたら許さないよ!」



 と言ったら頭をわしゃわしゃと髪が乱れるほどに撫でられ「そんな心配は御無用だ!」と言い残し、彼は休憩終了の合図でチームメイトの元へと帰って行った。「もう! 大輝にぃったら」と文句を言いつつも微笑んで乱れた髪を整え、奏も彼の後姿を見送って踵を返した。



(さ、私も帰ろう) 



 思って歩き出そうとした最中、部活の最中のはずの御幸がユニフォーム姿で通りかかった。御幸に気づいた奏は「こんなところでどうしたの?」と不思議そうに言った。奏を見て、御幸は一瞬顔を歪めて早足で近寄った。そうして奏の手を取って有無を言わさずその手を引いて歩き出した。

 「御幸くん? どこいくの?」という疑問は御幸には届かなかったのだろう。ずんずんと歩みを進める御幸のあまりの早足に躓き転びそうになりながらも必死について行った。奏は御幸に連れられるがまま人通りが殆どない校舎裏に辿り着いた。

 御幸は掴んだままの奏の手を引っ張って身体ごと壁に押し付けた。そこで冒頭のやりとりに戻るのである。



 はぁー、と大きなため息を吐いて天を仰いでいる御幸の表情は伺えないが、纏うオーラから決して機嫌が良いという訳ではなさそうだった。



「み、御幸くん……?」



 恐る恐る名前を呼んだ。



「わ、私御幸くんに何かしちゃったのかな?」



 現状に至った理由は見当もつかず#namae#は頭を悩ませた。そんな奏の様子に苦虫を噛み潰した表情でやれやれとでも言いたそうに手のひらで額を押さえながら下に向き直った御幸は何を思ったのか鼻と鼻の間、少しでも動くと触れ合ってしまいそうなほど顔を近づけた。奏達は必然と見つめ合う形になった。



「み、御幸くん、近いよ……」



 無言を貫く御幸の真意は不確かだが、スポーツサングラス越しの御幸の真剣な眼差しに羞恥が激しく込み上げた。それと同時に首元がかぁっと熱くなった。目を逸らしたいと顔を背けようという奏の行動は聡い彼には読まれていたようだ。奏の行動は彼に顎を掴まれ動かすことを難なく阻まれた。



「目、逸らすなよ」



 ようやく出た御幸の言葉では鈍い奏には伝わらない。



「だって、こんなの恥ずかしいし……御幸くんのしてること意味わかんないよ」



「ほんとにどうしちゃったの?」と言う奏に心底呆れた御幸は



「いい加減気付けよ」



 言って奏の唇にキスを落とした。」



(――っ!?)



 呆気にとられて一瞬、気づいた時には奏の視界は御幸の整った顔でいっぱいで、唇に触れる柔らかい感触は彼のものだと理解するのに数秒かかった。



 目を見開いて呼吸ごと固まる奏から唇を離して御幸はゆっくりと目を開けた。



(なに? 何が起きたの?)



 混乱した頭で考えようにも思考が追い付かず揺れる瞳で彼を見た。彼は奏を見据えていてその視線に固唾を呑んだ。



「これでわかったよな?」



 と深刻な顔つきの彼に



「わかんないよ! からかってるの?」



とむきになって反論した。



「からかってるわけねえだろ」



 言って奏の身体から一歩後ろに下がって離れた。冗談なら性質が悪いと文句の一つでも言おうと思ったが彼の表情はとても悲しそうで言葉が出なかった。

 頬に熱が籠って熱い。



 御幸とは友人で、の付き合いだったが、密かに恋心を抱いている奏には、今現在の出来事はまさに青天の霹靂で彼が離れたことで自由になった身体には力が入らず、膝が崩れてそのままその場にズルズルと座りこんだ。嬉しさと悲しさが混在した涙が込み上げてきて鼻の奥がツンと痛い。



「なんでこんなことするの? 御幸くんは私を友達以上には見れないって言ってたじゃない!」



 悲しみ憤った表情で御幸を睨みつけた。自身の感情なのに込み上げるものが怒りなのか悲しみなのかわからない。昂った感情で遂には涙が頬を伝う。泣き顔なんて見せたくないと両手で顔を覆って隠した。



「好きなんだよ……。花咲が誰を見ていようと、俺の方振り向かせるつもりだったけど、さっきのは――やっぱむかつくわ」

「……え!?」



じゃれ合ってただろ。……あいつと付き合ってんの?」

「……えぇ!?

「だからバスケ部の。最近よく一緒にいるじゃねえか」

「……」



 唇を尖らせながら発せられたのは、事実とは異なるもので見当違いの事柄に彼が翻弄されてたと思うと開いた口が塞がらなかった。



「御幸くん。それものすごい誤解だよ……」

「は?」

「だから彼は私の友達の彼氏で、私とは幼馴染みなの」



 そこまで言って御幸はやっと合点がいったようで、みるみる顔が火照っていった。そしてその場で項垂れしゃがみ込んだ。逆に奏は立ち上がり御幸に近づき隣に座った。



「俺、恥ずかし過ぎんだろ……」

「ふふっ」

「笑うなよ」

「だって」

「このやろっ」



 御幸が奏を引き寄せて抱きしめた。途端に体中がストーブになったみたいに一気に熱が上がった。男性との触れ合いに慣れていない奏にとっては全くもって心臓に悪い。



「御幸くん?」

「なに」

「これはどう受け取ればいいの」

「ここまでしてもわかんねえの?」

「……っ」



 抱きしめられて耳元で囁かれる彼の澄んだ声に私の心臓はさらに早鐘を打って、このままでは壊れてしまうんじゃないかと思った。



「わ、私も御幸くんのこと……好きだよ」



 負けじと耳元に唇を寄せて囁いた。肩を掴まれ弦が弾かれたように御幸くんから離された。



「……それ、卑怯だろ」

「卑怯なんて、思った事口にしただけなのに……」



 頬を目一杯膨らませて反論するついでに立ち上がって背を向け御幸くんから数歩離れた。

 そしてすぐに背後から抱きしめられる。



「なぁ、俺と付き合って」

「……もちろんだよ」

「じゃあこっち向いて」

「うん……」



 抱きしめている手を離し、私を正面に向かせた御幸くんは今度は腰を抱いて顔がまた近づいて来る。今度はしっかりと受け止めて、まるで身体全てが心臓になったみたいに脈打つ。

 最初は軽く優しく柔らかく触れるだけのキスが段々と熱を帯びて、私が息を吸うために開けた隙間から舌が差し込まれた。



「ん、んぅ……」



 とろけるようなその行為に思考回路が鈍くなる。私は御幸くんの胸元のユニフォームを握って精一杯それに応えた。

 ひとしきりキスを堪能して御幸くんの唇が離された。充分な酸素を与えられず涙目になった私を見て彼は口元を押さえて一言。



「その顔、エロ過ぎ……」



 こんなにしたのは誰なの。

 せめてもの反撃に御幸くんの胸を叩いた。「いてぇ」なんて声が聞こえたけどそんなに痛くはないはず。



「次はこんなもんじゃねえからな。覚悟しとけよ」



 彼の囁きでまた身体が火照り胸が熱くなった。





Fin.



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