short story | ナノ

鈍感者には直球勝負!




 日曜日にバレンタインデーを控えた金曜日。世の中の女子も男子も浮き足立って、意中のあの人に渡したい。貰いたいと頭の中はそればかりなのかな。
 まぁ、私には関係のないことだけれど――。

 身を切る様な風が吹き、首に巻き付けてあるマフラーを両手で掴み体を縮こめる。
 二月は一年を通して一番気温が下がる月。冬が苦手な奏が最も気分が下がる月。
 早く暖かくならないかな。恋しい春に思いを馳せながら生徒たちが行き交う通い慣れた通学路で一人、春になったら実行したい事リストを頭の中で作っていれば、前方から見慣れた白い頭。
 あぁまたか、と半ば諦め気味で横を通り過ぎる――事はやはり出来ず、腕を取られる。

「ちょっと、何で素通り? 挨拶しろよ」
「はいはい。おはよう成宮君」

 それだけ言い残し歩き出そうとすれば更に呼び止められる。

「なんで先々行くんだよ! 奏を待ってたのに」
「待たなくて良いよ。どうせクラス一緒なんだから」
「ほんと素っ気ないなー! そんなんだから彼氏できないんだよ」
「……彼氏ならいますけど?」

 妄想の中だけどね、心の中で付け足した。いつもの仕返しの意味も込めて少しの意地悪。案の定成宮は過剰反応で。

「ハァーーー!? 何それ、聞いてないけど!!」
「だって言ってないし」
「どこの誰?」
「誰でも良いでしょう? 成宮君に関係ない」

 面倒になった奏は未だに喚く成宮を無視して教室へと向かった――。

 あれから休み時間の度に奏の席までやって来ては激しく尋問を繰り返し、それに負けじと奏もスルースキルを駆使して右から左に受け流す。何も答えないまま休み時間終了のベルが鳴る。根くらべは放課後まで続き、ついに成宮が部活に行く時間となり勝った、思った矢先に教室から出ていく瞬間彼は、

「日曜日、十時に正門前ね! バレンタインなんだからちゃんとチョコも準備して来てよね! じゃーね」

 矢継ぎ早にそれだけ言い残し奏の返事も聞かず彼は去っていった。意味がわからない奏は開いた口が塞がらない。
 とりあえず日曜日、学校にチョコ持参で来れば良いのかな。彼の意図はわからないが断る術がないので従う事に決めた。

 ――そして日曜日。
 成宮に言われた通りチョコ持参(しかも手作り)で正門前に立っていた。
 今日の奏はいつも着ないような花柄のミニ丈ワンピースにグレーの膝上まであるロングブーツ、それに薄ピンク色のプリンセスコートを羽織っている。
 それはここに来る二日前に遡る。

 *

 それは土曜日の夕食後の事。
 昨日の夕食時、意図のわからない成宮の言葉を母に相談した事で、今奏は台所に立ち包丁片手にチョコレートを刻んでいる。母はとても嬉しそうに鼻歌を奏でながら湯せんの準備中だ。

「お母さん。なぜ私は今こんな事をしているのですか?」
「何でって……! バレンタインにデートなんでしょう? チョコレートくらい手作りで持っていかなきゃ!!」
「デートではないような気がするけど、」

 母が楽しそうなのでまぁいっか、と手を動かしチョコレートを刻み続ける。
 生まれてこの17年好きな人もいなければ、ましてチョコなんてものは作った事もない奏から、バレンタインデーに男の子と待ち合わせているなんて聞けば、母が張り切るのも当然なのかも知れない。
 あれよあれよと言う間に美味しそうなフォンダンチョコケーキが出来上がり、いつの間に用意したのか可愛らしいラッピングまで施してくれた。

「コレ持って、頑張るのよ」
「うん。ありがと」

 何を頑張れと言うのか、喉まで出かかった言葉を飲み込み母に感謝を述べた。

 ――そして日曜日、出かける準備をしようと洗面所の鏡で身だしなみを整えていると母がひょっこりと顔を出した。

「ちょっと、そんな格好で行くつもり!?」
「うん、楽だしこれで良いかなって」
「ダメよ! こっちに来なさい」

 いつも奏が来ているラフなTシャツとデニムのパンツに壮大なダメ出しをした母にリビングに連れて行かれ、半ば強制であのふわふわと可愛らしい服装になったのだった。

 *

 ミニスカートで足元が落ち着かない。こんな格好をした奏を見てあの成宮はどう思うのだろうか。
 めっちゃ張り切ってるなんて思われたくないな……。
 母への不平を心の中でごちり、早く来て欲しいような、来てほしくないような、どっちとも言えない感情が頭の中を掠める。普段履き慣れないブーツの履き心地を確かめるようにかかとのヒールを二、三度目踏み鳴らす。ガラス張りの店でもあれば全身を確かめれるが、あいにく此処は学校の正門前。唯一の救いは人通りが殆どない事だ。

「おーい!」

 少し遠い声が聞こえそちらに顔を向けると、手を振りながら走り寄ってくる待ち人の彼だ。呼吸を整えながら「ごめん!」と謝る彼に
「別に全然待ってない」真顔で素っ気なく答えれば彼はムッとした表情を浮かべる。

「ほんと冷たい。可愛い格好してんのに台無し」

 やれやれとでも言いたそうに両手を上げ顔を左右に振る成宮に

「っこれは母が勝手に――」
「またまたぁ、やっぱ奏も楽しみだったんじゃん」

 弁解をしようと試みるもその言葉は成宮の言葉により遮られた。そして直ぐに手を取られ「行こ」とそのまま引かれる形になり進む。手を離そうと力を込めて引いてみてもそれは成宮によって阻止される。今まで手を繋ぐなんてそんな経験のない奏の頬が赤くなる。
 せめて気づかれません様にと心の中で祈った――。


 電車を乗り継ぎデートスポットの定番、水族館へやって来た。否、有無を言わさず連れて来られたというのが正解か。受付を済ませ館内へ。その間もずっと手は繋いだままだ。

「あの、成宮君」
「なに?」
「手はいつまでこのままなの」
「今日ずっと」
「そう……」

 新たな嫌がらせか、口には出さずに心の中で留めておく。
 幻想的な水族館独特の雰囲気が奏は好きだ。一人でもたまに来るほど。いっそ、年間パスを購入しようか本気で悩んでいるくらいに。

「奏、水族館好きなんだろ?」
「え……、なんで知ってるの」

 驚いた。まさかそんな情報を知られているなんて夢にも思わない。成宮を見てみれば、「あ、あの魚美味そう」なんてロマンの欠片もない事を言っている。
 何を考えてるのか全然わからない。奏の頭の中は混乱しすぎてパンクしそうだ。
 手を繋ぐという嫌がらせをしながら、奏の好きな場所へ連れてくる。なんという飴と鞭の使い手だろう。考えても埒があかない。奏は取り敢えず今は水族館を楽しむことに決めた。

 一通り水族館を楽しみ、今は巷で有名なお洒落なカフェに来ている。バレンタインデーという事もあり店内はカップルばかりで、少し居心地が悪い。そんな空気も関係なさそうに成宮は話を切り出した。

「で? ずっと気になってたんだけど、彼氏って誰さ」
「……成宮君の知らない人だよ」

 嘘は言っていない。だって妄想の中の彼だもの。

「どこの学校? 名前は?」

 次々に繰り出される質問にうんざりし、面倒になった奏はついに本当のことを暴露した。
 絶対笑われる――。そう覚悟したが、予想外に成宮は大きな溜息を吐き安堵の表情。

「なんだ、良かったー!」
「え、そんなに?」
「当たり前じゃん。てかさ、いい加減気付きなよ」
「何を?」

 本気でわからない、と首をかしげる奏に今度は呆れた表情で盛大なため息。

「だーかーらー、好きだっつてんの!!」
「え? チョコレートが?」
「もぉー! 奏が好きだって言ってんの!!」
「わ、私?」
「どんだけ鈍感なの……」

 ガクッと肩を落とした成宮とは正反対に頬が熱くなるのを感じる。

「俺がなんで今日誘ったかもわかんないわけ?」
「それは……チョコが欲しかったんじゃ――」
「全っ然ちがう! 奏とデートしたかったから誘ったんだよ! 全部言わせんなよ……」
「ご、ごめんなさい。成宮君は私の事嫌ってるとばかり思ってたから……その、今日も嫌がらせの一環かと思ってて」

 奏の言葉を聞くなり成宮は目を見開いたと思ったら、すぐに目を閉じ俯むき頭を抱えてしまった。


 気付けば夕暮れ。相変わらず手は繋いだままで、河原沿いの道を歩く。
 あれからカフェでは気まずい時間を過ごし、こちらもどう声をかければ良いかわからずただ淡々と時間だけが過ぎていった。
 ふと急に立ち止まった成宮は奏に向き合う形になった。

「……返事、今聞かせてよ」

 心臓が跳ねる。奏を見る成宮の表情があまりにも切なく悲しそうだったから。

「……成宮君の事は嫌いじゃないよ。ただ、付き合うとかよくわからないの」

 率直な気持ちを打ち明け、約束していたバレンタインのケーキの紙袋を差し出す。それを受け取った成宮。

「だけど、今日はちょっと楽しかった。凄い誤解してたみたいでごめんなさい。真剣に考えてみるね」
「――考えなくていい」

 突然手を引かれ前のめりになった奏はそのまま成宮に抱きしめられた。

「これから夢中にさせるから、覚悟しといてよ」

 耳元で囁かれ、心臓が早鐘を打つ。成宮の腕の中で奏の人生初の恋がすでに始まろうとしていた。


Fin.


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