一万打リクエストstory | ナノ

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振るならばかわいい刺繍の白い旗




 私の想い人は天然です。だからたまに無自覚に近かったりして私をドキドキさせるのです。

 たとえばこの間は、私が新しいシャンプーに変えたんだって春乃ちゃんに毛先を差し出していた時、どこからか戻ってきた降谷君が通りかかっていきなり髪の毛を掬われてくんくんと嗅いで「あ、ほんとだ。良い匂い……」なんて言うから、突然近くなった距離と香りを嗅がれているという事実に茹で上がったみたいに身体が熱くなって。私は「ありがとう……」と言うしかできずそのまま恥ずかしさで俯いて固まったのに。

「ねえどうしたの?」って自分の突飛な行動に気が付いていないのか次は顔を覗き込まれて「顔、赤いよ?」そう言って今度はおでこをくっつけてきて、私はそのまま意識がどこかへいってしまうような思いをしたことがあったのです。
 後で訊いた話、見てるこっちが恥ずかしかったよ、と春乃ちゃんが言っていた程。無自覚って恐ろしい……。

「ねえねえ、降谷君ー。聞いてる?」
「ちょっと降谷君寝ちゃってるよ」
「あはは、可愛い―!」

 春のセンバツで甲子園出場投手になった降谷君は近頃女子にとっても人気で、休み時間の度に降谷君の席にはサークルが出来て私はそれを遠目から眺めるしかできないのです。だってあの中に入っていく勇気はさらさら持ち合わせていないから。
 当の降谷君はそういうことに不慣れなのか、いつもタヌキ寝入りしていてそこにすかさず沢村君の制止が入るのが一連の流れになっていて、私は沢村君に心の中でいつもお礼を述べています。ありがとう沢村君。

「おーし落ち着け、一旦離れよう!」
「なによ沢村」
「見ろ、降谷は今冬眠中だ」

 あ、今日もやってる。私は降谷君の席から三列離れた自分の机で事の成り行きを見ていた。沢村君が苦戦している中、降谷君は目を瞑って微動だにしない。と思ったらいきなり顔がこちらに向いて、思いっきり目が合った。見つめていたのがばれてしまったのだろうか。私は驚いて顔を勢いよく逸らせた。ど、どうしよう。これではもうそちらに顔を向けることができない。

「ん? どうした降谷」
「……いや、別に……」

 沢村君と降谷君とのやり取りが聞こえていたけれど、その後も私はチャイムが鳴るまで顔をそむけたままだった。

「晴香ちゃん、今日も練習観に来る?」

 彼女は春乃ちゃん。野球部のマネージャーをしている可愛らしい子だ。
 春乃ちゃんとは一年から同じクラスで席が近かったこともあり仲良くなった。そして春乃ちゃんがこう訊いてきたのには理由があって、私が降谷君に片思いしていることを知っているからだ。ほぼ毎日のように野球部の練習風景を観に行っているから他のマネージャーの先輩たちとも仲良くなったほどなのだ。

 放課後、帰る支度をしていた私に声を掛けてきてくれた春乃ちゃんには悪いけど、今日はちょっとした予定があった。

「ううん、今日はちょっと行くところがあるの」
「そっか、じゃあまた明日ね」
「うん。マネージャー業務頑張ってね」
「ありがとー」

 そう言って手を振って春乃ちゃんは教室を出て行った。私はそれを見送ってのろのろと立ち上がった。教室内には殆ど生徒がおらず残っているのはグループでお喋りを楽しんでいる数名だけ。それを尻目に帰る支度をして教室を後にした――。

「それで降谷には告白したのか?」
「な、何言ってんの! まだだよ……ていうかそんな勇気ないもん」
「ほんと奥手だな晴香は。そんなのんびりしてたら誰かに取られちまうぞ」
「……そうかなやっぱり」
「そらそうだろ。甲子園で活躍したんだ。他校からも来るんじゃねーか?」

 ここは保健室。今私と喋っているのは従兄のお兄ちゃんで、養護教諭をしている。所謂保健室の先生だ。幼いころから私の相談相手をしてくれている。
 今日の用事とはお母さんからの預かり物をこの人に届けに行くことだった。
 私は背もたれのない低いスツールに座って、お兄ちゃんは背もたれ付きのオフィスチェアに足を組んで身体も顔も机に向かって座っている。

「振られたら気まずいじゃない。同じクラスなんだよ?」
「そんなこと考えてるうちは無理だな」

 と、こちらをちらりと見て「ま、頑張れよ。振られたら慰めてやるから」それだけ言ってまた机に向き直った。振られたら……なんて幸先の悪いことを言うんだろう。

 あ、そう言えば、と立ち上がったかと思えば「ちょっと教頭先生に呼ばれてんだわ。鍵そのままでいいからな」と言ってお兄ちゃんは私の返事も聞かずにスリッパをぺたぺた音を鳴らしながら足早に出て行った。そこに取り残された私はもう姿も見えないお兄ちゃんに「いってらっしゃーい」と呟いて、椅子をくるりと回転させてグラウンドに身体を向けた。

「告白か……。一生出来る気がしない……」

 グラウンドの方から聞こえる元気な声とはBGMに私はさっきのお兄ちゃんの言葉を思い出して独り言をつぶやく。確かに一年生の時には感じなかった焦燥感に苛まれることもある。かといって当たって砕けたくもないし。そんなこともんもんと考えていたら後ろで引き戸が開く音が聞こえた。お兄ちゃんが帰ってきたのかな、と椅子をまた回転させてそちらを見ると入って来たのは降谷君だった。

「……あれ? 先生は?」

 降谷君はキョロキョロと辺りを見回した。

「今教頭先生に呼ばれて出て行ったよ」
「……そう」
「どうしたの? 先生に用事だった?」
「ん、ちょっと」
「そのうち帰ってくるんじゃないかな」
「じゃあ待ってる……」

 そう言って扉を閉めて歩いてきた降谷君はさっきまでお兄ちゃんが座っていたオフィスチェアにゆっくりと腰かけた。そしてこちらに回転させて「ここで何してたの?」と訊いてきた。まさか本人に『あなたのこと相談してました』なんて口が裂けても言えないので適当な言い訳を考える。

「先生に届け物してたの」
「そうなんだ」
「うん」

 嘘は言っていないけど今の今まで考えていた本人が目の前にいるからちょっと気まずい。だから話題を変えようと思いついた。

「降谷君最近すごく人気だね! 休み時間人だかりが出来てる」
「……あれ、止めてほしんだけどどうしたらいいんだろう」

 態度を見て喜んでいないことはわかってたけれど、切実に悩んだ口調で言った降谷君は相当困っているんだと今知った。

「沢村君が頑張ってくれてるじゃない」

 人除けを必死でしている沢村君を思い出してつい笑ってしまう。

「沢村君って面白いよね。それに良い人」
「……そう?」
「そう。それに練習中もすごく元気だよね! 声大きくてよく聞こえる」

 笑いながら言って、降谷君を見た。降谷君は表情のない顔で私を見ていた。

「……ああいうのが好きなの?」
「……え?」

 突拍子もない質問に頓狂な声がでた。

「ねえ、どうなの?」

 言いながら立ちあがった降谷君は私の前までやってきて、それを目で追ってたら私が見上げる形で自然と見つめ合う構図になった。降谷君の揺れる眼差しに目が離せない。

「違うよ……沢村君は人としてはすごく好きだけど恋愛感情じゃないよ」

 どういうつもりで訊いてきたのかは分からないけれど素直な気持ちを伝えた。違うんだよ。私が好きなのは降谷君だよ。

「そっか……よかった」

 ほっ、と胸をなでおろしたような仕草をして目を閉じた降谷君を確認して、これ以上一緒の空間にいるのは心臓に悪いし口を滑らせてしまいそうだったのでスツールから立ち上がって鞄を持って。「ごめん、先に帰るね」と言い残して扉のほうへ歩きだそうとしたら後ろから腕を掴まれた。

「なんで帰っちゃうの?」
「なんでって――」

 ドキドキして心臓に悪いからだよ。心の中で言っても降谷君には伝わるはずもないのに。降谷君の言動に一喜一憂して一々胸鳴らして。

「降谷君お願い、離して……」

 俯いて振りしぼった声は小さくて降谷君に届いたのだろうか。
 沈黙が流れて、少しして掴まれた腕が解放された。私はゆっくりと後ろに振り返って降谷君を見た。今にも泣きだしそうな悲しい表情をしていた。

「ごめん、困らせて」

 私は声には出さず首を横に振って否定した。

「こういうことしたら勘違いで好きになっちゃう子いるよきっと」
「勘違い?」
「そう、勘違い」
「……晴香さんは?」
「ん?」
「晴香さんもそう思ってる?」
「そ、それは……うん、ちょっと思ってる……かな」

 私の返事を聞いて「はぁ」と大きなため息を零した降谷君に突然私は抱き締められた。身長差がある為私は降谷君の胸に顔を埋まる形になった。

「ふ、降谷君。苦しいよ……」
「あ、ごめん」

 加減が出来なかったのかきつく抱き締められて思わず訴えていた。そして少し緩められた腕に今更正気に戻って身体は火照り頭がパニック状態になった。

「こうしても勘違いだって思う?」

 耳元で囁かれ更に熱は上がっていく。

「お、思わないです……」
「そ、よかった」

 そう言ったきり私を離そうという気配は感じられず、ちらりと上を向いて盗み見た降谷君はほくほくと目尻が下がって微笑んでいた。なんか可愛い。

「あの……」
「なに?」
「……降谷君は私を好きってことで良いの?」
「うん。僕結構わかりやすくアピールしてたんだけど……」
「え? いつ?」
「シャンプーの話のときとか……」
「あ、あれって――」

 わざとだったの!? 天然だと思っていた行動は意図的にしていたことらしい。開いた口が塞がらない。

「晴香さん?」
「……はい、何でしょう」

 耳元に唇を寄せた降谷君は「好きだよ」って囁いて、かかった息のくすぐったさもあって私は身をよじらせた。

「晴香さんは?」
「……私も降谷君が好き、です……」

 恥ずかしさで手で顔を覆いたかったけれど、抱き締められているのでかなわない。だから私は再び降谷君の胸板に顔を埋めた。

「それ可愛い……」

 そんな声が聞こえて、続けざまに「顔上げて」って降谷君が言うので顔を上げたら

「キスしたい」

 と真顔で降谷君が言った。もうドキドキさせられっぱなしで胸が潰れそう。

「それは……まだ早いんじゃない?」
「ヤだ、したい」
「……」
「……」

 しばらく見つめ合って目を逸らさず譲りそうにない降谷君に負けて私は遠慮がちに頷いた。
 俯いたままの私の顎を持って上に向かせて私が目を閉じて。そうして降谷君の柔らかい唇が触れた。
 唇が離れて目を開けると降谷君が優しい目をして私を見つめてた。

「……降谷君って、意外と肉食系だね」

 私が言ったら

「しろくまが好きだからかな?」

 という天然な答えが返ってきた。強引さと可愛さを併せ持つ小悪魔に私はこれからも翻弄されそうな予感がする。


Fin. 





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