一万打リクエストstory | ナノ

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君との距離を飛び越えて




 彼と付き合いだしたのは高校二年の時。まさかの彼からの告白で始まった。
 彼、『御幸一也』は野球部主将でスタメンキャッチャー、さらに容姿まで整っているとあれば周りの女子達は色めき立って、同じクラスだった私はよく昼休みに呼び出しされているのを目撃した。それこそ一年の時から名前だけは知っていた。それ程に有名人だった。

 私はごく平凡な入社二年目の会社員。短大を卒業後、希望していた会社に入社。
 彼は高校卒業後、ドラフト一位指名で福岡の球団に入団。プロ一年目からスタメンのレギュラー捕手として大活躍。連日ニュースでも取り上げられ、世の野球女子を虜にしている。
 私が短大を卒業する年、「一緒に来てくれないか」と言ってくれた。しかし、彼だけを追って知らぬ土地で暮らすのは新しい生活への期待とは裏腹に不安も同じ程度に感じ、自分でも地に足が付けるようになったら、と遠距離の選択をしたのだった。

 彼との連絡は最初こそ毎日五分でも、と電話をしていた。けれど、時が経つにつれて彼からの連絡が途絶え途絶えになっている。

 今日も就業を終えてロッカールームで着替える。鞄から携帯を取り出して通知がないか確かめる。これが私の最近の日課。

「今日も連絡なし。一也、忙しいんだ……」

 携帯片手に溜息を吐く私を、同期入社の友人が見つけ

「何? 今日も連絡ないの? あんたの彼氏どーなってんの?」
「きっと忙しいんだよ。仕方ないの」

 私の言葉に大きく息を吐く彼女。

「あんたもそろそろ他の人に目を向けたら? 営業課の島田さん、あんたの事狙ってるって噂だよ?」
「そうなの? けど、私にはこの人以外考えられないから……」
「もー! 本当健気なんだから……。――もしあんたを泣かしたらその彼氏殴ってやるからね!」

 そう言いながら腕まくりする彼女はとても頼りになる。仕事上でも私が初歩的なミスをしたりすると決まってフォローを入れてくれる大切な友人だ。けれど彼女にも内緒のことがある。それは彼の正体。プロ野球選手の彼は私とは違い有名人。彼女のことは信用しているが、噂はどこから流れるかもわからない。彼に迷惑をかけたくなくて誰にも秘密にしている。

「じゃあ私はこれから合コンだから!」
「そっか、いい人が現れるの祈ってるね。いってらっしゃい」
「ありがと! 頑張ってくるわ! じゃあね」
「うん、じゃあね」

 意気揚々と更衣室を後にする彼女を見送り、私も帰る支度をして更衣室を出た。会社は自宅から電車で十分の距離。今は実家を離れ一人暮らしをしている。
 この日も家に到着してすぐにお風呂を済ませ、夕食を簡単に拵え彼の試合の録画を見ながら食べる。彼が出ている試合は全て録画してその日の内に視聴するのが私の日課になっている。そして夕食が終わるともう一つの日課、彼のニュースをネットで確認すること。活躍が取り上げられると私も嬉しい。

 ニュース記事を見ていると気になる見出しがあった。

「御幸選手熱愛……、お相手はあの人気タレント!?」

 見出しをクリックすると目を疑うような記事の内容。彼が女性とタクシーに今まさに乗ろうという写真付きで。

「嘘……」

 目の前の色がどんどん消えて真っ白になる。

「――そっか。最近連絡がないのはこういうことだったんだ……」

 言葉にすると改めて現実なのだと思い知らされる。涙で画面が歪む。インターネットブラウザを閉じてパソコンの電源を落とす。重い足を動かして机の上に置いたままの携帯を手に取りメッセージ画面を呼び出した。

メロン子:『一也、別れよう。今まで一也と一緒にいられて幸せだった。ありがとう。野球頑張ってね! ずっと応援してるからね』

 それだけを送信して携帯の電源も落とした。今はまだ彼の返事は見たくない。そう思って――。

***

 携帯が震えた。画面を確認するとメロン子からのメッセージ受信の通知。

「なんだよ、ニヤけて。彼女か?」
「あ、はい。そうっす」

 先輩の冷やかしを躱しながらメッセージを開く。そこには到底思いもつかない文字の羅列。

「はぁ? なんで……?」

 意味の分からない彼女のメッセージにすぐさま電話帳を呼び出し電話をかける。何度目かのコールの後それが途切れた。

「っもしもし! メロン子? あれは――」
「ただいま電話に出ることが出来ません。ピーっという音の後に――」

 矢継ぎ早に言って相手は冷たい機械の音声だと気づく。

「なんで電源切ってんだよ……」

 俺に愛想尽かしたのか? それにしても急すぎねぇか。
 頭の細胞を総動員させて考えるが思い当たる節がない。

「なぁ、御幸。これ見たか?」

 焦る俺とは裏腹に、先輩が携帯の画面を俺に見せる。その瞬間全身の血の気が引いていく。それは俺と俺に言い寄るあいつが仲睦まじくタクシーに乗り込もうとしている、ように上手く撮った写真だった。
 メロン子はこれを見たのか?
 突然の音信不通に今すぐメロン子のところまで飛んで行きたいところだが、今はもう夜の二十三時を回っている。さすがに交通手段がない。

 余程思い詰めた顔をしていたのか

「御幸? 大丈夫かお前。顔真っ青だぞ」

 ここで彼に心配をかける訳にもいかない。俺は咄嗟に貼り付けた笑顔で答えた。

「大丈夫っすよ! ――じゃあ俺は先に失礼します!」

 軽くお辞儀で挨拶をしてその場を去った。俺の頭の中は今この窮地をどうするか? それだけだった。

 あいつ。写真に一緒に写るこの女は俺とメロン子とも同級生。そして二年時には同じクラスだった。俺は兼ねてからずっとメロン子が好きだった。が、この女に「私と付き合わないと、メロン子がどうなっても知らないから」と脅され、ほんの数週間だけ付き合った過去がある。もちろん手は出していない。付き合いだしてから、自分の馬鹿げた行動に嫌気がさしてあいつとは別れた。その後すぐにメロン子と付き合って、あいつの魔の手から護った。

 それからずっとメロン子の隣にいて、あいつはもう諦めたと思ったが、俺が福岡に行くことになってから四年目、何故かあいつは人気タレントとして俺の取材にやって来た。その打ち上げの帰りに撮られたのだ、あの写真を。
 写真には写っていないが、フレームアウトしている場所にスタッフも何人かいた。それを綺麗になかったように撮っているところ、あいつの差し金なんじゃないのかと疑いたくなる。

 そしてその写真によって今まさに窮地に立たされているのだ。

 自宅に帰ってからもメロン子に頻繁に連絡してみるが、携帯の電源は切られたままで途方に暮れた。
 情けねぇ、こんな時すぐに行けねえのが。すぐに抱きしめてやれたら――。

 気がつくと机に突っ伏し寝ていたようだ。時刻は朝の六時。今日は球団の移動日だ。それには合流せず、俺は朝一番の飛行機でメロン子の元に行く。

「やべぇ! 早く用意しねぇと!」

 寝惚けた顔を冷たい水で覚まさせて、昨夜準備した荷物を持って福岡空港にタクシーで向かう。俺の家からは約三十分。
 空港でチケットを購入し七時フライトの飛行機に乗り込む。
 一時間半ほどで羽田空港に到着。
 そしてまたタクシーでメロン子の家まで向かう。

 頼む! 家にいてくれ!
 祈る思いでメロン子の部屋のインターフォンを押した。少しして寝起きのくぐもった声で彼女が応答した。

「俺だ、一也! メロン子開けてくれ!」
「え!? か、一也? 何してるの? え、なんで?」

 混乱する頭のまんまで玄関扉を開けた彼女の姿が現れるや俺は抱きついた。

「ごめん。俺、昨日のメッセージ見て電話掛けたんだ。けどメロン子の携帯一向に繋がらねぇから、朝一の飛行機で飛んできたんだ」
「あ……、そう、なの?」

「ごめんなさい」
 呟く彼女の肩は小さくなっている。

「なんであんなメッセージ……」
「と、取り敢えず中入って?」

 彼女に促され家に足を踏み入れる。何度か訪れたこの部屋は懐かしさで溢れていた。

 温かい珈琲を俺専用のカップに入れ、自分のカップと共に持ってきた彼女とテーブル越しに向かい合って座る。

「で、多分だけどあの報道見たんだよな?」
「うん、あの子新しい彼女なんだよね……?」
「違うって!」
「でも、最近連絡もあんまりくれなくてすごく不安で。だから写真の彼女がそうなんだって思って……。振られるって思ったらすごく怖くて、それで……」

 言いながら彼女の瞳からは涙が溢れ、テーブルに一つ二つと跡を残していく。居ても立っても居られなくなった俺は、勢いよく立ち上がり彼女の横で床に手を付き頭を下げた。

「ごめん! 連絡しなかったのは、メロン子が理解してくれてるって思ってて、まさか淋しいと思わせてるなんて思ってもみなかった! ほんとにごめん!」
「え、ちょっと一也! 頭を上げて?」
「いや、言わせてくれ。あの写真も誤解だ! あれは後ろにスタッフも居て、上手く写らないように俺達を撮ったものなんだよ」

 涙でボロボロの顔をそのままに頭を振る彼女。

「――ウソ。付かなくていいよ? 本当のことを言って?」

 どうしたら信じてくれんだ。
 俺は立ち上がり、泣きじゃくる彼女を抱きしめた。

「俺がずっと好きなのはメロン子だけだ! それだけは神にだって誓える。不安にさせて悪かった! 俺はメロン子に甘えてたんだ……ほんとにごめん……」

 その言葉でやっと誤解だとわかってくれたのか、彼女の手が俺の背中に回る。

「不安で仕方なかった……。やっぱり一緒について行けば良かったって何度も思ったよ……」
「うん、ごめんな」

 彼女を身体から離し見つめ合う。

「あのさ、もっとロマンチックに言いたかったんだけど、今言っていい?」
「――うん?」

 彼女の返事に俺はその場で片膝を跪き、彼女の手を取ってさながら王子様の求婚ポーズ。

「俺と、結婚してください」

 一瞬目を見張った彼女だが、すぐに「……はい。よろしくお願いします……」と瞳に涙を溜めながら返事をくれる。その瞬間俺は彼女を強く抱きしめた。そして自然に彼女が目を瞑り、そっとその唇にキスを落とした――。



 その日から一ヶ月後、シーズンもオフに入って御幸は正式に結婚発表会見を開いた。

「その方とは高校からのお付き合いなんだとか」
「はい。ずっと愛している人です。そしてこれからも彼女しか考えられません!」

 メロン子の顔写真と共に堂々と会見をする御幸をテレビの前で顔を歪めて観る女がいた。

「悔しい! なんで私に靡かないわけ? おかしいわよあの男……」

 苦々しい顔でテレビにリモコンを投げつけベッドにふて寝。彼女の恋はまたしても叶わなかった――。


*bonus→

 会見の翌日、辞表は予め出していたので荷物を纏めに会社に最後の出社をした私を待ち構えていたのは同じ部署の社員達で、あちらこちらから

「御幸選手と付き合ってたの?」
「全然知らなかった!」
「めっちゃ羨ましい! 私ファンだったのにー!」

 と言葉が飛び交う。
 そして同期の彼女は

「メロン子おめでとう! まさか彼氏がイケメンキャッチャーの御幸選手だったなんて……。今度紹介してよね!」

 とメロン子の肩を叩いた。

 そんなことがあったのだとベッドの中で彼に言えば、強く抱きしめられる。

「そっか。俺のこと秘密にしてくれてたんだな」
「うん。だって変な噂が立ったら迷惑かけちゃうじゃない? だから」
「――まぁ実際立っちまったけどな、噂」

 抱きしめる手に力が入る彼。

「そのお陰で決心付いたっつーかなんつーか……。他の奴に掻っ攫われなくて良かったよ」
「私は一也以外要らないよ?」
「そうゆう可愛いこと言うと、寝かせらんねぇんだからな? わかってる?」

 私を組み敷き見下ろす彼が言う。
 寝かせない。それがどういう意味を持つのか、考えて頬が熱くなる。そしてすぐにキスが降ってきた。
 君との距離はゼロセンチ――。


Fin.





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