Hanami series | ナノ

Hanami Series

Feelings over




 彼と私は出会いこそすれ交わらず、お互いに別々の人と別々の道を辿るのだとばかり思っていた。
 あの日あの時あの場所に私がいなければ。
 彼があの場所を通らなければ。
 もしかすると一生交わることが出来なかったのだとしたら。誰がなんと言おうとあの場所で出逢えたのは運命だったと信じよう。

「今年も桜前線がやって参りました。開花宣言が全国で次々とされています――」

 笑顔のニュースキャスターがテレビの中で話す。それをただぼんやりと「もうそんな時期なんだ……。ま、私には関係ないけど」と呟いた。
 機械に話し掛けるなんて寂しい女だ、と自虐してリモコンで電源を落とす。

 毎年春になると憂鬱で、嫌でもあの出来事を思い出す。
 彼は今、どこで何をしているんだろうか? 後悔先に立たず、とはこのことだな。と一人ごちて寝転がっていたソファーから立ち上がる。
 今日は日曜日。とはいえ特別予定もない私は、朝からぐうたらと寝間着のままでテレビ鑑賞。それも飽きて次は冷蔵庫を漁る。

「何もない……」

 がらんどうの冷蔵庫にさすがに危機感を覚え、買い出しを決意。徒歩五分圏内に大型スーパーがあるのがこの住まいの良いところ。寝間着の素っぴんでは行けないので、軽く化粧と着替えで身支度をして小ぶりのショルダーバッグに財布と携帯とキーケース。あとは女の嗜みハンカチとポケットティッシュを詰め込み外に出た。せめて外面だけは良くしておきたい。

 外に出て驚いた。嫌になる程の晴天で花見日和。
 スーパーに到着し店内に足を踏み入れれば、休日の所為と花見の時期だから、家族連れや若い男女のグループが沢山で、押しているカートの中を覗き見れば、ビールなどのお酒やジュースにおつまみ。
 花見に行くんだ、と一人納得。

 弁当コーナーにも人がひしめき、目当ての弁当を吟味する余裕もない。困り果てた私の肩に小さな衝撃が走った。
 振り向けば同じ大学天文部の友人達が買い物カゴを二つカートを携え立っていた。

「詩何してんの? 朝一番にメール送ったのに見てないの?」

 ん? メール? と携帯を鞄から取り出して確認する。確かにメールが何件か入っていた。時刻を見ると午前七時頃のものだった。今は午前十時半過ぎだ。

「ごめん。今気づいた」

 私が謝れば、

「知ってる。今確認したとこ見たから」

 そうだよね。連絡不精でごめんなさい。

「それで、詩暇なんでしょ? 一緒に行く?」
「――そうだね、行こうかな。今日何して過ごそうかと思ってたとこだったんだよね」

 歯に衣着せぬ物言いの彼女は、高校からの友人でお互い気の置けない親友なので気軽に話せる仲。名前は『茉莉』と言う。

「詩も買い出し付き合ってよ」
「了解。で、あと何買うの?」
「もうちょっとお酒買っとこうと思ってるの」

 混雑な店内に苦労しながら買い出しを終え、花見会場は徒歩十分程。そちらは他のサークル部員が場所確保をしていると茉莉からの情報。

 皆花見するんだな。と、会場に到着しての私の感想だ。
 大きめのブルーシートに大勢で座って宴会している大衆を横目に目的地を目指し黙々と歩く。
 メールを無視した罰だ、と手にはずしりと重い飲み物類が詰まったビニール袋を持たされている。

「あ! あそこにいた!」

 茉莉が場所取りをしている仲間を見つけた。ブルーシート上の彼は余程暇なのか寝転んで携帯を弄っていた。

「お待たせー!」

 茉莉の声に気づいた彼が起き上がり胡座をかいた。ついでに携帯ゲームも終了したようだ。

「星谷も来たんだな」

 私を見て彼が言った。

「そうそう、さっきスーパーで丁度会ったから連れてきたの」
「そうなんだ。てか星谷ももうちょっと携帯確認しろよな!」
「すみません。滅多に鳴らないもんだから放置気味なんですよ」
「相変わらず寂しい奴だなー! 彼氏の一人や二人作れよ」
「いやいや、そこは一人でいいでしょ!」

 可笑しなことを言う彼に的確な突っ込みを投げる。
 私だって好きで独り身なんじゃないですよ。ただ、忘れられない人がいるだけで。
 口にすると面倒なので言葉は飲み込んで愛想笑いでその場を乗り切った。話題はすぐに逸れて今度は別のサークル仲間を呼ぼうと相談しているよう。それには参加せず、頭上の八分咲き程の桜に目を向けた。
 花見、なんて何年ぶりだろう。
 目を瞑って過去を思い出す。――彼は今どこで何をしてるんだろう。

「――、星谷!」

 呼ばれたことに気づいたのは肩を叩かれたから。名前を呼んだ彼は眉間に皺を寄せ怪訝な顔だ。

「どうしたんだよ。元気ねーぞ」
「そうですか? いつも通り元気ですよ!」

 動作を交え元気アピールにそうかよ、と彼はそっぽを向いた。
 少し頭を冷やそう。
 立ち上がり靴を履き出す私に茉莉が「どこ行くの?」と訊く。私は「お手洗いに行ってくる」と断りを入れて歩き出した。

「あぁ、なんで今更思い出すかな……」

 独り言をぶつぶつ吐き出しながら歩く女は不気味なようで、半径一メートル以内に誰も寄り付かない。取り敢えず落ち着こうと目についた自販機で水を購入。真横に避けて一口含み飲み込む。賑わい楽しそうに歩く人々を眺めそしてまた手の中のペットボトルに目をやる。
 こんな気持ちでみんなの所に帰れないや……。
 だから当てもなくふらふら上を見て歩いていた。

「星谷?」

 名前を呼ばれた気がしてしきりに辺りを見回した。後方に先程脳裏に過ぎった人物。

「……く、らもち君?」
「お、おう。久しぶりだな」

 彼の名を呟いて言葉を失った。瞬間込み上げる複雑な感情を制御できず、涙が頬を伝う。

「お、おい! どうした、大丈夫か?」

 慌てた彼の声。私はショルダーバックから取り出したハンカチで涙を抑えた。

「ごめん! びっくりしちゃって。――久しぶり。元気だった?」
「元気だぜ。星谷も元気そうで何より」

 ばつが悪そうに頭を掻きながら彼は言う。
 彼『倉持洋一』とは高校の同級生で三年間奇跡的に同じクラス。野球部の彼は目つきが悪くその影響から人が寄り付かず、いつも『御幸一也』という野球部仲間と二人でいた。御幸も常に一人だったので自然にそうなったらしい。私達が三年生時に夏の大会で甲子園出場。そして数ある高校の頂点に輝いた。そんな彼らはその後大いにモテた。引いて眺めて分かるくらいに。私も彼に想いを告げようと試みたこともあった。しかしある女子に阻まれそれは叶わなかったのだ。

「……彼女元気にしてる?」
「あぁ、あいつとはとっくに別れたぜ」

 彼は拘泥しない物言い。

「星谷はどうなんだよ。あいつとは続いてんのか?」
「……彼とは長く続かなかったの」

 言うと彼は「そうか」と目を伏せた。

「……」
「……」
「「……あの、」」

 気詰まりした空気を打開しようと発言すれば、彼と同時になってしまった。
 お先にどうぞ、とお互いに譲り合い折れたのは彼の方。

「あっちで元三年B組の奴らと花見してんだ。まぁ、ほぼ男だけどな。それでもいけんなら星谷も来ねぇか?」
「え!?」

 思いがけない彼からの誘いに声が上擦る。

「え、えっと、ちょっと待って、友達に訊いてみる!」

 彼から少しだけ距離を取って、鞄から出した携帯で茉莉の番号を呼び出す。呼び出し音が二回鳴って茉莉が電話に出た。

「ま、茉莉! あの、今倉持君に会って……! 高校の同級生で花見してるらしいんだけど私も来ないかって言ってくれてて」

 息衝きもせず言い放つ私に彼との事情を知る彼女は「行っといで」と即答。「頑張れ」とエールもくれた。
 携帯片手に待ち惚けの彼に素早く駆け寄り了承の返事。

「よかったな! じゃあ行こうぜ」

 彼の後ろを追いかけるように歩く。
 見られてないのをいい事に夢ではないのかと頬を抓る。……やはり痛い。一人芝居は完全に目撃されたらしく怪訝な顔の彼と目が合った。

「……何してんだよ」
「ううん、ちょっと現実か確かめてたの」
「それ! 星谷の妙な行動は変わってないのな」
「妙な行動? 普通でしょ」

 普通、と言い張る私に呆れて苦笑い。
 そう言う倉持君も変わってないよ。
 まるで昔に戻ったように小突き合い談笑し歩き続ければ見知った面々が前方で騒いでいた。

「おぉ、倉持。遅かったな」

 と御幸。
 彼は隣の私を見つけて目を見開く。

「あれ? もしかして星谷か?」
「そうだよ。御幸君、久しぶりだね」

 取り敢えず座れよ、と促されて靴を脱ぎシートの上、御幸の隣に正座する。
 倉持も詩に続いて隣で胡座をかいた。

「で、どうしたんだよ。二人で一緒に」

 質問にそれがね、と経緯を掻い摘んで伝える。

「だから本当偶然なの」
「そっか。なんだよ、てっきり二人はそういう事なんだと思って祝福するとこだったぜ」
「期待はずれですみません」

 彼と言葉を交わしつつ皆に酒の缶を回す。全員に行き渡り一人が音頭を取り乾杯。一同に会したのはそれだけでまた散り散り雑談を始める。

「それで? お前彼氏出来たのか?」
「……大学入ってからは出来てない」
「ということは……お前、まだ処女――」

 御幸の発言に泡を食った詩は間髪を入れず彼の口を手で塞ぐ。
 なんてこと言うんだこの男。
 身も蓋もない発言の御幸の横っ腹をグーパンチで殴りつけた。「いってーな! なにすんだよ」と痛がる彼。
 いい気味だ。このくらいの制裁は許されるだろう。
  倉持は他の仲間と談話をしているので聞こえていないよう。それだけが唯一の救いだ。

 彼、御幸とは高校時代、男女の域を超えた付き合いで腹を割って話せる仲。私は悩み事を頻繁に相談していた。だから私の想い人も知っている。特に何か力を貸して欲しいなんてことは望んでない。そして彼も相槌を打って話をただ聞いてくれた。その関係がとても気楽で好きだった。

「御幸君は相変わらずだね。友達いないでしょ?」
「ははは、うるせーよ」

 久々の彼と取り交わす会話は楽しくて酒を呑むペースも上がる。酒は強くはないが好き。そしていい具合にほろ酔い位が気分いい。しかし酒を呑むと手洗いも近くなる。立ち上がろうと力を入れるがふらつく足元。咄嗟に倉持が詩の腕を持ち支えた。

「お前呑みすぎだろ」
「そんなことないよ。酔ってないし」
「酔っ払いは皆そう言うんだよ! 取り敢えず俺に掴まれ」
 言って腕を出す彼の言葉に甘える。勿怪の幸いとはこのことだ。
「……ごめん、ありがと」

 酒で火照った頬が更に上気し紅潮する。周りの冷やかしに物ともせず私を誘導する。

「ちょっと酔い覚ましにこいつ連れてくから、なんかあったら携帯にかけてくれ」
「おう、頼んだぜ。酔っ払いの相手は骨が折れるからな」

 私が振り向けば、意地の悪い笑みで早く行けとしっしっと手で払う動作を寄越す。それに反論。べ、と舌を出した。

「ほら行くぞ。立てるか?」

 靴を履くため座った詩の腕を引き立ち上がらせる。

「だから酔ってないってば。倉持君心配性だね」
「うるせー、この酔っ払いが。素直に甘えときゃいいんだよ」
「はいはい。そうします」

 言い合いながら当てもなく進む。
 歩きながら話すのは大学での野球のこと。倉持はドラフト指名を拒否し勉学に励んだのちプロになると決意。ドラフト一位が希望球団と異なったのも大きいと彼は言う。

「プロ、かぁ」

 目標があって大学に進んだ倉持と違い、詩は夢もなくただ流れに乗って大学に進んだ身。それでも天文部に入部して星や宇宙に興味が出た。

「そう言う星谷はどうなんだよ。大学で何か夢中になれること見つかったか?」
「そうだね。今は天文に興味があって、なにか関われる仕事がいいなって考えてるよ」

 私達も大学三回生。そろそろ将来について考えなければいけない。

「倉持君がプロ選手になったらますます遠くなっちゃうね」
「そうか? 変わらねえと思うけどな」
「きっとすごくモテるよ? そうなったら寂しいかも……」
「もしそうなったとしても俺は――」

 言いかけて途中で止まる彼を見た。

「俺は?」
「……いや、なんでもねぇ」
「言いかけて止めたら気になるよー!」
「まぁいいじゃねぇか! それよりなんであいつと別れたんだよ。お前ら仲よかったじゃねえか」
「うん、まぁ私が悪いの。どうしても忘れられない人がいるから……」
「誰なんだよそれ」

 やっぱり気づかないよね。私が好意を寄せていることも分かってないよね倉持君は。

 現実を目の前に溜飲が下がる。

「忘れられない人って、倉持君だよ」

 焼きが回ったのか、それともアルコールのせいなのか。
 彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。そして気を持ち直し目線を逸らす。

「ずっと、高校の時からずっと好きなの。伝えようとしたけど邪魔が入って結局そのままで……。倉持君があの子と付き合ったから私もあの人と付き合いだしたんだよ。諦めようと思って。それでもいいって彼の優しさに甘えて。――結局駄目だったけど」

 言葉にすればする程、胸が締め付けられ目に涙が溜まる。彼は大きく溜息を吐いて力なくその場にしゃがみ込んだ。

「なんだよそれ……」
「ごめんね、困らせて」
「そうじゃねぇよ。――じゃあ俺ら遠回りしてたんだな……」
「遠回り?」

 質問を投げると彼は立ち上がり詩を抱きしめた。そして不意打ちにキス。突然のことに呆気にとられ、理解出来た時には顔が茹でダコのように真っ赤だ。そこにトドメ。

「俺もずっと好きだった」

 喉から手が出る程欲しかった彼の言葉に、私はまた頬を抓り現実か確かめた――。


Fin.






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