Hanami series | ナノ

Hanami Series

花より君が (下)




 『一緒に風呂』はそれだけで済むはずもなく、久々に再開した男女だ。やはり『事』は始まってしまって結局二人とも長湯で逆上せてしまった。そのお陰で夜は布団に潜りお休み三秒の二人だった。

 翌朝はニューヨークから六時のバス。ワシントンまでは三時間半の道のり。朝食は起き抜けすぐに食べれず、簡単にサンドイッチとホット珈琲を水筒に入れて持ち、バスの中で食べる事にした。もちろん弁当やレジャーシート、花見に必要な物も全てリュックに詰め込めば荷物はずしりと重い。「持つよ」と奪い取られそうになるのを必死で止めた。投手の肩にそんなの重い物、と。しばらく「持つ」「持たせない」の押し問答の末、

「彼女に荷物持たせて、自分は軽々何も持たない男なんてかっこ悪いじゃん」

 という彼の嘆きで折れたのは私の方だった。
 私はといえば、桜祭りのために購入した立派なデジタル一眼のカメラを首から提げてあとは小振りなトートバッグを持つ程度。

 座席は指定席を購入していたので、混雑せずに座れた。まだ寝惚け眼で欠伸をしつつサンドイッチを頬張る彼に水筒の珈琲を渡す。
 三時間半というのは長いようで短く、各々近況報告をしていればあっという間にワシントンに到着しバスターミナルで降車。そこからタクシーで約十五分。目的地は『ポトマック・パーク』という公園周辺。事前に調べた情報では、街全体が祭り会場なのだと記載されていた。その中でも日本的花見が出来るという公園に決めたのだ。丁度今が見頃で綺麗だと書かれていた通り、現地に着くと満開の桜で溢れていて、午前十一時頃のこの時間でも人々で溢れ賑やかだった。

「すっごく綺麗だねー! 日本から遥々来る価値あったよー!」
「ほんとに。こんな立派なんだ。アメリカの桜祭りを侮ってたよ。そういや国民性で派手好きだもんな、この位はするよな」

 あまりの豪華さに私も彼も目を見張りそして見つめ合って笑った。
 有名人の彼だ、帽子に伊達眼鏡で軽い変装はさせてある。彼は「そんなの良いよ」と拒否したけれど、半ば無理矢理装着させた。お陰で気づく人は皆無で、誰からも声が掛からない。

「お昼ご飯まで少し歩こう? この桜並木を目に焼き付けておきたいし写真にも収めたい」
「了解! じゃあほら」
 と差し出された手に自分の手を重ね、繋いでゆっくりと歩き出した。
 日本に彼がいた頃は花見なんてしたことがない。それはシーズン中で大事な時期なのもあるが、日本にいれば桜はそれ程珍しい物でもなく、毎年春になればただ日常を過ごしているだけでも多々目にする物だから改めて二人で花見は初めてのことだ。

 付き合いたての頃は、一般人の私と有名人の彼との意見の食い違いが多く、その度理解し合うまで話し合い。それが何度も起こると私は彼に不釣り合いなんじゃないかと落ち込んだりして。
 彼は俺様で我儘、そして頑固者。こう言ってしまえば良い所がないように聞こえるが、猫みたいな性格で一度懐けばとことん自分をさらけ出して甘えたり。そんな彼が私にだけ見せる表情を独り占めできるのが幸せだった。

 彼のアメリカ行きが決定した時、素直な気持ちは付いて行きたかった。けれど目標もなくただ一緒に暮らすのは何かが違って、彼を隣で支えられるだけで満足とは思えず、自分の夢を優先させてしまった。薄情な女だと自分でも思う。

 デジタル一眼のカメラを構えて写真を撮りつつ歩く。圧巻の桜にシャッターをきる指が止まらない。

「詩はさ、向こうで言い寄られたりしねぇの?」

 カメラのファインダーを覗き込み夢中の私に彼から質問が投げられた。そのままの状態で答える。

「言い寄られるなんてないよ。会社の人も彼氏いるの知ってるし。それに私が鳴しか目に入ってないことも周知の事実だから誰も態々面倒な女に手を出したりしません」

 だからね、安心して? とファインダーから顔を離し、首を傾げて彼を見上げれば、「そっか」なんてそっぽを向いた。耳が心なしか赤い。

「それより鳴は? 期待のルーキー、モテるんじゃないの?」
「そう、そうなんだよ。俺、モテんの。毎日のように女優やモデルにご飯誘われんの!」

 と笑顔の彼。
 それはそうだ。見目も良く、チームの期待のルーキー。去年は新人賞も掻っ攫った。言い寄られない筈がない。

「そうなんだ……」

 あまり気分の良いものでもない。この人は私の大事な人なのだ。

「けど、どんなに綺麗な子に誘われても、やっぱ詩じゃなきゃ意味ねぇみたいでさ。……ほんと、俺をこんなに夢中にさせてる癖に放っておいてさ。ひどい彼女だよ、全く」
「――ごめん。でも私今回こっちに来たのは理由があるの」
「理由?」
「そう、実は私――」

 少し先で街頭インタビュー中の取材陣達が「次はあの日本人カップルよ!」と私達に駆け寄った。会話は中断された。

「こんにちは! あなた達はどこから来たの?」
「彼女は日本から俺に会いに来たんだ」
「日本から! 愛されてますねー!」
「うん、彼女俺のこと大好きだからさ」

 な! と私に笑顔を向ける彼に、インタビュアーの女性が何かに気づいた。

「あれ、待って、あなたどこかで……」

 彼女は思案しそして閃いたようで
「――あ! あなた、Meiじゃない? Mei Narumiya!」

 興奮し大声で言い放ったため辺りも騒然となる。

「ごめん、ばれた」
 と頭を掻く彼に
「そんな軽い変装で今まで平気だったのが不思議だよ」
 呆れる。もう少し自分が有名人だと自覚して欲しいところだ。

 突然の登場で人々は彼に群がり、写真や握手を求めて押し寄せる。隣にいる私も身動きが取れず、すし詰め状態。この現状を打開したのは先程の取材陣の彼女。

「はいはい、みんな下がってー! これからMeiに取材するんだから!」

 人除けをして改めてインタビューを始める。

「ごめんなさいね。お忍びで来てたところに」
「別にいいよ」
「じゃあ仕切り直しね。えっと、Meiは今シーズン真っ只中でしょ? 普段のオフもこんな感じ?」
「オフは基本休養とトレーニングだね。今回だけ特別! 彼女が桜祭り楽しみでさ。ほんとは身体休めなきゃなんだけど心配で付いて来たんだ」

 彼の返答にいちいち周囲から冷やかしの口笛や声が沸き起こる。
 日常を生きていて大勢に注目されるなんて今の今までない私には青天の霹靂で、こんな時どうすれば。頭をフル回転させて考える代わりに緊張で顔の筋肉が強張って笑えずにいた。そんな私をよそに彼は堂々としたもので、さすが! なんて感心してしまう。
 その後も質問は繰り出されそれに対し淡々と答える彼としどろもどろ答える私。
 そろそろ終わりかな? なんて高を括っていたら
「では最後に、熱いキスで締めくくってもらいましょうー!」
 とインタビュアーの彼女が言い放った言葉に度肝を抜かれた。

「キスだって。詩大丈夫?」
「無理無理、無理だって! 恥ずかし過ぎる……」

 てゆうか何でそんなに平然としていられるんだ、この人は。
 恥ずかしさで涙目になる私を彼が突然抱き締めて、耳元で囁く。

「大丈夫だって。こっちじゃそれが当たり前だしみんな知らない人ばっかじゃん。俺らのことなんてすぐ忘れるって」
「でも……」

 言葉につかえる私にダメ押しの一言。

「詩が俺のもんだってみんなに見せつけたい。――ダメ?」

 ダメ? のタイミングで甘える子供のような顔。
 ずるい。私がその顔に弱いの知ってるくせに!
 ひとつ溜息で「わかった」と言えば、彼は優しく微笑んだ。

「じゃあ、目、瞑って?」

 言われた通り目を瞑ると彼が近づく気配と唇に柔らかい感触。触れた途端ヒューヒューと大歓声が沸き起こった。唇が離れゆっくり目を開けると優しく見つめる彼と目が合い、微笑み合った。

「優しいキスにこちらまでドキドキしてしまいましたね! お二人ともありがとうございましたー!」

 締めくくり取材陣は次のターゲットへと立ち去った。彼は未だ散らない大観衆にプライベートだからと人払いした。
 張り詰めた緊張の糸が切れ、一気に気の抜けた私はその場にへたり込んだ。それに気づいた彼も続いて隣にしゃがみ込んだ。

「アメリカ、恐ろしいところだね……」
「ま、こういう所は日本とは違うよね」

 飄々と言ってのける彼は鋼の心臓かと疑いたくなる。渡米して一年でこんなにも変わってしまうものなのか。慣れって怖い。

 人払いをしたとは言ってもやはり目立っていたので移動する。少し奥まったここは仲よさげに寄り添う恋人達で溢れ、誰も彼もが他人には目もくれず二人の世界に浸っているようだ。
 丁度いいとレジャーシートを広げて昼食をとる。一息ついて落ち着いたところで先程うやむやになってしまった話題を切り出した。

「あのね、さっきの話なんだけど」

 うん、と食後の珈琲を飲みながら相槌を打つ彼。

「私、アメリカに住もうと思うの」
「え!?」
「だから、やっぱり鳴の近くで支えたいと思って。こっちでも夢は追えるから」
「ちょ、ちょっと待った! ――それ本気で言ってる?」
「当たり前じゃない。冗談で人生左右されるようなこと言わないよ!」

 溜息を零し俯く彼に一抹の不安を感じる。
 もしかして迷惑だった? 何か言って。お願いだから。

「これはさ、もっとちゃんとしたところで言いたかったんだけど」

 言いながら取り出したのは明らかにジュエリーが入っているような小さな箱。

「今度詩が来てくれたら言おうって決めてたんだ」

 蓋を開け私の目の前に差し出す。見ると立派なダイヤの指輪がその中心で輝いていた。

「俺と結婚してください」

 嬉しさに視界が涙でぼやける。

「……はい……」

 一言発するのが限界だった。流れる涙を拭いながら「好きだよ」と彼。
 そして優しいキスが降ってきた――。



*bonus→*

 その日の夜、風呂も終えて二人でのんびりリビングのソファーに座りニュース番組を観ていた。すると画面の中にどこかで見た顔が。

「ちょっと、鳴! こ、これ――」
「……あーあ、バレちゃったか」

 そこにはインタビューを受けて最後にキスする私達がバッチリ映っていた。そう、私はまんまと彼に騙されたのだ。

「これで詩は俺のものって世間に見せつけれたね」
「……やだーー!! 恥ずかしくて死にそう……」

 クッションに顔を埋めて悶絶し、恨みがましくちらりと睨む私をよそに彼はしてやったりと満足げだ。

 ――まぁいいか。今回ばかりは嬉しそうな彼に免じて許してあげよう。


Fin.





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