Liar of us 嘘つきな僕たち | ナノ

Liar of us 嘘つきな僕たち

その笑顔が怖いです……




 先日の御幸先輩からの忠告で、緩んでいた警戒心を取り戻した私は今、月明かりが差し込む寮の自室で、なぜか亮ちゃんからの厳しい尋問にあっていた。

「で? 何で御幸にバレてんの?」

 いつものにこやかな表情は変わらないが、明らかに怒りの篭った声で問いかけ、私に詰め寄る亮ちゃん。
 ちなみに今、この部屋には亮ちゃんと私だけだ。御幸先輩は亮ちゃんが訪ねてくる数分前に、「コンビニに行ってくる」と言って出ていった。

「えっ!? そ、それは、その……」

 伏し目がちに小さくなっていく声。何も音のないその部屋は、沈黙のせいかこの緊張感のせいなのかはわからないが、温度が少し下がったように思える程だ。冷や汗が背中を伝い気持ち悪い。
 俯いたまま、何も言えない私に追い打ちをかけるかのように、亮ちゃんの言葉は続く。

「桜は昔から抜けてるとこがあるんだから、もっと慎重に行動しなよね。そんなんじゃ三年間持たないよ?」

 頭に石を落とされたような、ショックを受ける。確かにそうだ。今のままじゃみんなに気づかれてしまうのも時間の問題かもしれない。
 御幸先輩は同室だから、と甘えていた部分も少なからずあった。
 亮ちゃんの厳しい指摘に考えさせられた私は、ひとつ深呼吸をして、亮ちゃんに向かい
「どうしたら男らしく振る舞える?」と相談を持ちかけた。しかし、帰ってきた言葉は辛辣で、私を涙目にさせるには十分だった。

「今日の亮ちゃん、なんか厳しい……」
「あたりまえじゃん。おじさんから、変な男が寄り付かないよう見張っててって、言われてんだから」
「えぇーー!! パパってば、亮ちゃんにそんなこと頼んでたのっ!?」
「そうだよ。だから、男装での寮生活をさせてるんだよ。男だったら、変な男が寄ってこないからって」

 「さすがに、俺たちと同室までは手が回せなかったらしいけど」と、亮ちゃんはため息をもらしながら言った。
 確かに頑固者のパパが嫌々ながらでも、共学の学校、まして寮生活なんて許すとは思っていなかった。今までも男女共学の学校は断固NGだったし、私が男の人に道を聞かれたところを偶然発見して、相手の人に怒鳴っていたこともあった。すぐにそれは誤解だって説明をして、相手の人に謝っていたけれど。
 そんなパパだけど、亮ちゃんと春くんの事だけは信頼してるみたいで。だからきっと今回も、亮ちゃんや春くんに色々頼んだんだろうと思う。

「ごめんね、亮ちゃん。パパが色々と変なこと頼んで」
「それはいいんだけど。桜が、ちゃんと男として居てくれればね」
「……はい。ほんとに気を付けます……」

 御幸先輩に気づかれてしまったのは、私の不注意だった。気合いを入れてきたと言うのに、本当に情けない。これ以上他の人には気付かれないように、これからは今まで以上に気を張って生活しなくてはいけない。亮ちゃんや春くんに迷惑はかけられない。

「それと、倉持には気を付けなよ? あいつ結構鋭いとこあるからさ」
「倉持先輩……」

 倉持先輩というのは、亮ちゃんの相棒で、守備はショート、打順は1番のレギュラーの二年生。見た目はヤンキーっぽくて、話しかけづらい雰囲気の持ち主。
 その倉持先輩と栄純は同室らしく、「ドロップキック食らった!」や、「ヘッドロックかけられた!」なんて、散々聞かされているものだから、余計に怖いイメージが張り付いたままなのだ。
 私の顔色が青ざめているからか、亮ちゃんは「大丈夫だから」と、頭を撫でてくれる。心地よいその手に、いつも私は甘えてしまう。
 亮ちゃんに似合う女になって、肩を並べて歩きたいと思うのに。いつまで経っても、この『妹』というポジションから抜け出せないでいた。

「……亮ちゃんも、心配してくれてるの?」
「あたりまえでしょ」

 きっとこの『あたりまえ』 も、亮ちゃんにとっては特別ではなく、『家族みたいなものだから』なんだろう。そう考えると、少し切なくなってしまった。

「……ありがとう」

 今はまだ、この距離でいい。いつか、振り向かせて見せるから。そう胸に誓った。



 そんな出来事があった翌日。気を引き締めつつ朝練のサポートへと向かった。途中栄純に会い、会話を交わしながら歩く。数歩進んだところで栄純が私の視界から消えた。突然の出来事に呆けていると、「ヒャハハッ!」と聞き覚えのある笑い声がした。栄純は倉持先輩に後ろから蹴られ、盛大に転んだのだった。そう、所謂ドロップキックというものだ。

「ちょ、栄純! 大丈夫!?」

 言いながら手を差しのべる。お礼を言い私の手を取り、栄純が起き上がると同時に怒声が響いた。

「沢村ァー! 楽しそうじゃねーか!」
「っ痛ってぇー! 何すんだよ!」
「タメ口禁止アターックッ!」

 噂をすればなんとやら、というのは本当のようで。昨晩亮ちゃんが「気を付けなよ」と言っていた人に朝から会ってしまうなんて、運の悪い事この上ない。しかし、無視するわけにもいかず、会いたくなかった、という失礼な感情を押し殺し、未だ栄純と騒いでいる倉持先輩に挨拶をする。

「おはようございます、倉持先輩」

 騒いでいるにも関わらず、しっかりと私の声は聞こえたようで、こちらを向く倉持先輩。

「おう! お前こいつと仲良かったんだな」

 倉持先輩は、『こいつ』と言いながら、栄純の首に腕を巻き付け、頭に拳骨をグリグリと押しやる。栄純の悲痛な声が聞こえるが、私にはどうすることも出来ない。許せ、栄純。胸の中でそっと手を合わせ、倉持先輩との会話に戻る。

「そうなんですよ! クラスが一緒で」
「ふーん。まぁ、お前もこいつのようになりたくなかったら、俺にタメ口は聞かねぇことだな」
「はい! 気を付けます」
「ヒャハハッ! 素直だな! そういう奴はキライじゃないぜ!」
「ありがとうございます」

栄純を捕まえていた腕を離し、「お前も見習えよ、沢村ー」と言い残し、倉持先輩は去って行った。 ホッと胸をなでおろした私に栄純は

「一希ひでぇぞ!」

と頬を膨らまし、先程自分が倉持先輩にされていたように、私の首に腕を回す。

「あはは! ゴメンごめん!」

 困ったように笑い、私と栄純がじゃれ合っていると、不意に声がかかった。

「お前ら仲良いな」
「あぁ」
「ホントだね。俺も仲間に入れてもらおうかな?」
「ウガウガ!」

 後ろを振り向くと、亮ちゃんと、同じく三年生の伊佐敷先輩、結城哲也先輩、それに栄純と寮が同室の増子透先輩が、ちょうどグラウンドに向かう途中のようだった。

「「おはようございますッ!」」

 私と栄純は同時に頭を下げ、挨拶をする。私にとっては、亮ちゃん以外はあまり喋ったことがなく、三年生のレギュラー陣と言うこともあり恐れ多く、緊張してしまい、挨拶以降何を喋ればいいのかと考えていた。そんな私とは正反対に栄純はというと、先輩達と談笑しながら歩いている。その光景を眺めながら後ろを歩く。正直羨ましい限りだ。寂しさが顔に出ていたのだろうか。亮ちゃんが横に並び歩いてくれる。

「羨ましそうな顔してるね」
「うん……やっぱりこんな格好してるけど、本当に男の子にはなれないもんね。栄純が羨ましいよ」
「そっか……」

 このまま本当の男の子になってみんなと一緒に野球が出来れば、どんだけ楽しいのだろう。
 他愛ないお喋りをしている内に、グラウンドに到着した私はそこでみんなと別れ、マネージャー達の元へと急いだのだった。


to be continued……




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