Liar of us 嘘つきな僕たち | ナノ

Liar of us 嘘つきな僕たち

マッサージは得意です







 入学式の前日の夜。青心寮の門前に私は居た。

 今日からここで暮らすんだ――。少しの緊張と新しい生活への期待を含め弾む心。

 寮というよりはアパートに似た作りの建物。
 私は入学案内の書類を手に、自分の名前が書かれた部屋を探す。一階に私の名前は見られなかったため、階段を上がり二階へと進む。三つ目のドアの表札にやっと自分の名前を見つけた。鳴海一希の横には、"御幸一也"と書かれている。どうやら同室は一人だけのようだ。


 男と偽って寮に入るのだから、同室の人数は少ない方がいいと思っていた私は、少し安心した。

 ひとつ深呼吸をして、緊張の面持ちで扉をノックする。すぐに返ってくると思っていた返事は少し待っても返ってこなかった。

 留守……かな?

 恐る恐るゆっくりと扉を開け、小声で声をかけながら中に入る。

「おじゃましまーす……」

 声をかけてみても返事がないあたり、中はやはり誰も居ないようだった。
 部屋を見回すと案外と綺麗に整頓されていた。これは私の偏見かもしれないが、男の子数人の共同部屋はある程度の汚さを覚悟してきていたので、嬉しい誤算だった。しかし、この部屋の住人がいないので、勝手に自分の荷物を解き片付ける訳にもいかずに途方に暮れ、立ち尽くしている私に後ろから急に声がかかった。

「あ、新入生?」
「――!! は、はいっ!」

 いきなりの声に驚き肩が跳ね上がった私が面白かったのか、その原因であろう人物は笑い声をあげる。

「はっはっはっ! 悪ィ悪ィ。いきなり後ろから声かけたらびっくりするよな」
「いえ、こちらこそ勝手に入って申し訳ないです! マネージャー志望の鳴海一希です! これからよろしくお願いします!」

 後ろを振り向きそのままの勢いで大袈裟に頭を下げる。何よりも初めの印象は大事だ。

「いやいや、新入生来るって聞いてたからそろそろとは思ってたから」
「そ、そうですか……」

 ゆっくりと頭を上げると、目の前には帽子のツバを横にして被り、黒縁の眼鏡をかけているとても容姿の整った、いわゆる美少年がいた。

「俺は御幸一也。二年、こちらこそよろしく」
「はいっ!」

 第一印象でいい人そうな御幸先輩に私は安堵した。同室の先輩が恐い人だったなら三年間を無事に過ごせるかと、とても不安だったからだ。

「お前ベッド上と下、どっちがいい?」
「僕はどっちでも大丈夫です!」
「じゃあお前上な。あと、この机使っていいから」

 御幸先輩はそう言うと、淡々と部屋の説明をしてくれる。一通り部屋の案内をしてもらい、私はお礼を言って早速片付けを始める。
 そんな私の様子を見た御幸先輩も、自分の机へ向かい何かのノートを真剣に眺め始めた。

 これから三年間暮らすとはいえ、荷物はほとんどない。女だと知られてはいけないので、服も全て男仕様。本当は少女漫画が大好きだけど、これも我慢だ。段ボール二つ分の荷物の片付けはすんなりと終えた。
 それを見計らったように御幸先輩から声が掛かる。

「片付け終わったか?」
「はい、終わりました」
「んじゃ行くか。付いてこいよ」
「? はい……」

 わけもわからず言われたままに御幸先輩の後を付いていくと、また別の部屋前へと到着する。扉をノックし返事があったところで「失礼します」と御幸先輩はドアを開けた。
 部屋の中にはピンク色の髪の毛で笑顔の人物が居て、見慣れたその顔に私の心拍数は急上昇する。

 あの笑顔……変わってない。

 感極まって泣きそうになるのを必死で堪え、平然を装う。

「連れてきましたよ」
「そう、ありがと。とりあえず鳴海中に入りなよ」
「ほら、入れってさ」
「……はい」
「じゃあ俺はこれで」
「ありがとうございました」

 御幸先輩にお辞儀をすれば、後ろ手に片手を挙げひらひら振り
「じゃあな」と言って去っていった。
 部屋の中に入るとそこにはもう一人ピンク色の髪の毛の男の子がいて、その顔を見た途端私はまた泣きそうになる。

「桜久しぶり」
「え? な、なんで――」

 知ってるの、と言いたかった。がその疑問はすぐに解決する。
 最初に目に入った彼、"小湊亮介"が理由を教えてくれたからだ。ちなみに、もう一人の男の子は"小湊春市"、彼の弟だ。

「実はさ、桜のお母さんから連絡があったんだよ桜が青道に入学するからよろしく、って。……ほんと、無茶するね」
「ほんとだよ! 僕も兄貴から聞いてビックリしちゃった!」
「そ、そうだったの!? ママ、なんで言っちゃうのかな。驚かそうと思ってたのに」
「いや、充分驚いたから」

 私がこの高校に来た理由は彼の近くで応援がしたかったから。
 私の両親は私が中学を卒業と同時に、仕事の関係でスペインに旅立った。本当ならば付いていかなければ行けなかったけれど、どうしても彼と離れるのが嫌でこの高校に通いたかった。
 最終的に私に根負けしたママからの提案で
「そんなに言うなら、三年間男として寮で暮らしてみなさい!」
と無茶振りをされ、その条件でこの学校の入学を許可されたのだった。

「えへへ! どうしても亮ちゃんと春ちゃんを近くで応援したかったんだ!」
「それは嬉しいけど、それにしてもさすがに男子に混ざって暮らすなんて良くOKがもらえたね。おじさん、桜ちゃんの事溺愛してるのに」
「……うん。パパは今でも大反対だよ」
「なんだ、やっぱりね」

 パパは娘大好き! な人なので、当然離れて暮らすなど大反対だった。そこはママがうまく言ってくれたお陰で、今私はここにいられるのだ。ママ、ありがとう。

「それで? 御幸とはうまくやっていけそう?」
「うん、すごくいい人っぽいし大丈夫そうだよ」
「……うん、そっか。まぁ頑張んなよ」
「ありがとう、亮ちゃん!」

 笑顔を崩さず亮ちゃんが言うので、私も笑顔で大きく頷く。
 久しぶりの再会で話が弾み、しばらく喋っていた。盛り上がる春ちゃんと私をよそに、亮ちゃんは時計を確認しながら言う。

「そろそろ同室の後輩が帰ってくるから、春市も桜も部屋に帰りなよ」

 その言葉で私も時計を確認してみると、雑談を始めてから結構な時間が経っていた。
 私をこの部屋に呼ぶために同室の後輩をわざわざ外へ人払いしてくれたのだという。

「うん、わかった。でもその前にひとつ言っておきたいことがあるの」
「うん、何?」
「これからは桜じゃなくて一希って呼んでね! それがここでの名前だから」

 幼なじみの彼らにお願いするのは少し恥ずかしいけれど、そのままの私の名前では女だとバレバレだから。

「わかったよ。一希だね」
「僕も気を付けるよ」
「2人ともありがとう! よろしくね!」

 呼び慣れた名前を別の呼び名にするのはきっと彼らには大変で、迷惑をかけていると思う。けれど、嫌な顔一つしないで協力してくれるこの優しい兄弟に感謝しなければいけない。

 小湊兄弟に別れを告げ、自分の部屋へと帰ってきた私が目にしたのは驚きの光景だった。

「あ、帰ってきた。純さん、こいつですよ」
「アァン?」

 御幸先輩にマッサージを受けながら"純さん"と呼ばれた人物がこちらを向く。
 こ、恐い……。
 その目付きの悪さに少したじろぐ私。第一印象は"怖そうな人"だ。

「は、初めましてっ! マネージャー志望の鳴海一希です。よろしくお願いしますっ!」

 勢い良くお辞儀をしながら言う私に、ははは、と笑いながら御幸先輩からのツッコミが入る。

「そんな固くなるなって、怖い人じゃないから」
「は、はいっっ!」
「ダメだなこりゃ。純さんが睨むから、こいつビビっちゃってますよ」
「アァ? 別に睨んでねーし!」

 ケラケラ笑いながら言う御幸先輩と怒り口調で反論する純さんと呼ばれる人物を眺める。

 御幸先輩って恐いもの知らずなのかな?

 考えていると、その純さんが私に向かって話しかけてきた。

「伊佐敷 純、三年だ。この部屋になったからには毎日俺のマッサージだコラァ!光栄に思えよ!」
「はい! 喜んでマッサージさせていただきますっ!」
「俺なんてずっとだぜ」

 肩を落として言う御幸先輩によると、伊佐敷先輩は毎日この部屋に来ては、後輩にマッサージをさせるのだという。ただ私には苦痛ではなく歓びでしかなく、マネージャー冥利につきるというものだ。

「オラ! 早くしろ!」
「は、はい!」

 うつ伏せになる伊佐敷先輩に近づき、足からマッサージを始める。
 元々中学時代、野球部のマネージャーをしていた事と、よく亮ちゃんにマッサージをさせられ鍛え上げられていた事もありマッサージの腕には少し自信がある。
 緩急をつけながら、絶妙な力加減で筋肉を揉みほぐすしていく。最初は強張っていた伊佐敷先輩の身体も力が抜けてリラックスしているようだ。

「……お前マッサージ上手いな」
「ありがとうございます。マッサージには自信があります!」
「へぇー、次俺もしてもらおうかな」
「御幸先輩もぜひ!」

 満足気な伊佐敷先輩の姿に、御幸先輩も少し興味を持ったようだった。

「昔から亮ちゃんにさせられてたんで……。亮ちゃん、すごいうるさいんですよ! それでどんどん上達して――」
「「亮ちゃん!?」」

 伊佐敷先輩と御幸先輩が同時に声を出したことで、私は大失態をしてしまったと気づく。他の部員達の前では小湊先輩と呼ぼうと決めていたのに。

 ……しまった! と思った時には既に遅かった。
「あ、えっと……小湊先輩、です」
「お前、亮介と知り合いなのか?」
「はい、幼なじみです」
「それで亮さんが部屋に呼んだのか」

 なるほど納得、という顔をする御幸先輩と、心底驚きを隠せない表情の伊佐敷先輩にこのあと散々質問攻めにあったのは、いうまでもない――。


to be continued……





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