Liar of us 嘘つきな僕たち | ナノ

Liar of us 嘘つきな僕たち

今日から男の子!





 それは私の最初で最後のワガママだった――。


 桜が満開の季節。
 長かった髪を短くショートカットにして、紺色のブレザーに灰色のズボン。着なれない男子用の制服を身に纏い『青道高校』の門をくぐる。
 絶対にバレないようにしなきゃ!
 心に誓いひとつ深呼吸。まさに今から戦に出陣とばかりに気合いを入れて、広い校庭を見回した。校庭の隅、人集りのその中心に立てられているボードを確認しようとそちらに歩く。その動作にももちろん気を使って男らしく。
 たくさんの生徒の頭の隙間からクラス割り表を見た。A組から順に見て行ってC組のところで自分の名前を見つけた。

 『鳴海一希』それが今日からの私の名前だ。
 青道に入学を決意した頃から男らしい振る舞いや言葉遣い、出来る限りのことを頭に叩き込んだ。見た目も男子に見えるよう鍛えて少し筋肉も付けた。身長だって百六十センチある。

 大丈夫。絶対バレやしない。

 『1−C』それがこれから一年間過ごすクラスらしい。
 自分の行くべき場所が分かるとすぐに踵を返し歩き出した。校舎の中へと急ぐ途中で何者かによって背後から盛大に衝突され、その人物の下敷きになってしまった。

「――っ痛!」
「悪い! 大丈夫か!? 」

 文句のひとつでも投げてやろうかと思ったが、手を差し伸べ心底申し訳なさそうに謝る男子に悪気はない様子だ。なので責め立てるのはやめておこう。それにこんなことで入学早々目立ちたくはないし。

「大丈夫です」
「そっか、良かった! コラッ! 沢村、オメーも謝れ!!」
「スミマセンッ!! お怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫なので気にしないで下さい」

 怒鳴る男子の差し出された手をありがたく取り起き上がると膝についた砂を払う。
 とにかく早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。今の騒動で少なくとも生徒からの注目を浴びていたからだ。

「じゃ、僕はこれで」

 言い残し足早に校舎の中へと向かう。背後で二人が何か言っていたけれど、気のせいだと自分に言い聞かせ振り向きもせずに歩いた。

 『1−C』と書かれた教室は一階の真ん中に位置していた。到着した私は後ろの引き戸から中へと足を踏み入れる。回りを見渡すとどうやら席はまだ決まっていないようだった。
 中学が一緒だったのか、はたまた今し方仲良くなったのかは定かではないが何組かは既にグループが出来上がっていてグループごとに一つの机に集まって談笑していた。

 一人の方が気が楽だ。
 私は昔から人に言われていることがある。それは『あんたはしっかりとしているようで、詰めが甘いところがある』母の言葉だ。抜けていることがあるのは自分でも重々承知だ。だからボロを出さない為には一人の方が都合がいい。
 後方の席は大体が埋まっていたので無難に目立たない廊下側、真ん中辺りの席へ座る。鞄を机に置きひとつ溜息を零した。

 とりあえず、見た目ではバレてない。ここに来るまで内心不安で一杯だった。本当に男に見えるかどうか。どうやら私はちゃんと男子に見えているらしい。もし男子に見えていないのなら恐らくもっと注目を浴び、好奇な目で見られている筈だからだ。
 そうは思うものの先程から周りの女子の視線が痛い。何やらヒソヒソとこちらを窺っているようだ。

 やっぱり、何かおかしいのかな。
 自分の身なりをもう一度見下ろして確認した。
 そんな私の心配は一人の女子の発言により杞憂に終わる。

「ねぇねぇ、君めっちゃ可愛いね、ジャニーズみたい! クラスの女子はみんな噂してるよ」

 ふんわり巻き髪ロングに化粧もバッチリと決めた女子が馴れ馴れしく話してきた。一瞬誰に向けた言葉か思案した。が、私の机に手を付き話す彼女の態度で自分に向けての事だと理解した。

「……え? 僕、ですか?」

 あまりの勢いの良さに呆気に取られ、思わず敬語になってしまった。

「敬語おかしいっしょ! まぁいっか。 そうだよ君のことっ!」

 何が可笑しいのかケラケラと笑いながら彼女は私のことだときっぱりと言い放つ。

 バレてるんじゃなかった!
 ほっとして胸を撫で下ろした。

「……そうだよね。ごめん。えっと何さんかな?」
 問えば彼女は明るい声色で
「あ、あたしは井上未華子。よろしくっ!」
 笑顔を携え右手を差し出した。それに応える様に私も右手を出し、彼女の手を握る。
「井上さんだね。僕は鳴海一希。こちらこそよろしく」

 自己紹介を済ました直後、井上さんは友達に呼ばれ私の席を離れた。それを生暖かい目で見送りもう一度ため息を吐いた。

 真実を知った私はつい今程まで居心地の悪かった空気が幾分か軽くなった気がした。しばらくぼんやりと前方を眺めていると、ふと教室に到着した人物と目が合った。彼は目が合うや否や

「あっ! さっきのお方ーー!!」

 と指を指し、大袈裟に叫んで勢いよくこちらに向かって駆けてきた。確か彼は校庭で私にぶつかって必死に謝っていた男子だ。

「先程はほんっっとーーーに申し訳ないッ!」

 頭を下げ、土下座でもしようかという勢いの彼に

「全然大したことないから大丈夫だよ。気にしないで」
 と言えば
「そーッスか! よかったー!」

 と心底ホッとしたように胸を撫で下ろして、なぜか私の前の席へと座った。そして椅子ごと後ろに向いて自己紹介をしてくる。

「俺、沢村栄純ってんだ。よろしくなっ!」

 ニカッと満面の笑顔で話す彼もとい、『沢村栄純』を無視する訳にもいかず私も自己紹介をする。彼はニコニコと笑顔でそれを聞いていた。

「僕は、鳴海一希。よろしく」
「一希な! 俺も栄純でいいからよ」
「お、おう……」

 自己紹介を済ませても当たり前に私に向いたままの姿勢で弾丸のように話す人懐こい栄純には感心した。私は入学早々訳がわからぬうちに友人が一人出来てしまっていた。
「俺は野球部のエースになる為に青道に来たんだ」と、訊いてもいない目標を語り出す彼の人柄に、私の警戒心も解けて思わず笑顔になる。と、瞬間今まで騒々しく喋っていた彼が突然頬を染め静かになった。

「……なに? どうしたの?」

 何かしたかな? と不安になり彼に問いかける。

「い、いや……何でもない……」

 そんな言葉を残したまま前に向き直り、その後は私に見向きもしなかった。
 なに? なんなの?
 理由は気になったが、わざわざ問い詰める内容でもないと思った私はそのまま教師が到着するのを待った。



 入学式が閉幕し帰宅する生徒や部活動に向かう生徒、皆散り散りに教室を後にする。私も目的を達する為、野球部顧問の元へと急ぐ。
 ちなみに栄純はといえば、私に挨拶をして誰よりも早く教室を出て行った。

 荷物を纏め、(と言っても今日は始業式なので入れるものなど殆どないが)足早に廊下を歩く。校舎を出て『青心寮』と書かれた門構えの建物を目指す。その建物の二階一番奥の『スタッフルーム』と書かれた部屋の前に到着した私は大きく深呼吸をして、扉を二、三度ノックした。一拍の間を置いて中からの声が聞こえた。

「鳴海一希です」
「おぉ、入れ」

 入室許可の返事をもらい「失礼します」と扉を開けるとそこには野球部監督で髪型はオールバック、ヤクザでも彷彿とさせるような色付きのサングラスを掛けた強面の男、『片岡 鉄心』と
 抜群のスタイルな上に美人で眼鏡を掛けていかにも出来る女という風貌の野球部副部長『高島 礼』が立っていた。

「やっと来たわね。桜さん。いえ、もう一希くんね。待ってたわ」
「はい、礼さん。鉄心叔父さん――いえ、監督。これからよろしくお願いしますっ!」
「あぁ。大変なこともあると思うが頑張れよ」
「はい!」

 何を隠そう野球部監督の片岡鉄心は私の母親の弟で、昔からよく面倒を見てもらっていた。だから私にとっては気の置けない身内で私の事情を知る数少ない人物なのだ。
 私は今この瞬間、憧れだった野球部のマネージャーになったのだった。


to be continued……




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