Liar of us 嘘つきな僕たち | ナノ

Liar of us 嘘つきな僕たち

彼の真意は謎めいている




 部活の時間も頭の中で昼休みの回想しては溜息を繰り返し、マネージャー業務にも集中出来なかった。
 理想は少女漫画の様にロマンチックに、でなくとも好きな人とするもんだと漠然と思い描いていたものを打ち砕かれたのだから仕方がない。

「はぁ……」

 失敗続きでみんなに迷惑をかけたお詫びに、マネージャー業務でも骨の折れる作業のボール磨きを自ら買って出た私は倉庫で黙々とボールの汚れと格闘していた。そして今日何度目かの大きな溜息を吐いたときだった。

「溜息なんて辛気臭いなぁ、どうしたの?」

 振り向くと亮ちゃんがパックのジュースを片手に近づいてきた。

「亮ちゃん! どうしたのこんな所で」
「別に。ただ通りかかっただけだけど」
「通りかかるって……」

 ここグラウンドの中だけど……。
 亮ちゃんの発言の矛盾点を心の中で指摘すれば
 
「一希今、『ここグラウンドの中だけど』って思ったでしょ」

 と鋭い彼の問い詰める声。

「え!? お、思ってないよ!」

 吃りながらの返答になってしまった。

「ふーん。ま、いいけど。それよりなんかあった?」
「や、えっと……」

 どうしよう。話してみようか? いや、でも亮ちゃんに知られたくないような――。
 頭の中での葛藤をまたしても見抜いた彼は

「隠しても無駄だから。一希の考えてることなんて大体分かるんだから」
「……はい」

 問答無用と彼の威圧に押され昼休みの出来事を事細かに話した。彼は表情を変えずに聞いて私が話終わると他人事のように「そんなことで悩んでたんだ」と言いのけた。

「そんなことって! これでも僕は真剣に――」
「だってそれファーストキスじゃないし」
「……え!?」

 そして続けざまに

「一希の初めては俺なんじゃない?」

 と耳を疑う言葉。更に追い打ちで

「確か春市ともしてたと思うけど」

 言い終わってジュースを一口飲んで涼しい顔の亮ちゃん。

「えぇぇーーーー!?」
「ちょっと一希うるさい」

 我慢していた驚きの叫び声が響き渡る。耳を押さえて的確な彼の突っ込みがはいる。

「え、え、ちょっとどういうこと? いつ? いつしたの!?」
「さぁ、いつだったかな?」

 なんてすっ惚ける彼は相変わらずの笑顔で何を考えてるのかわ
からない。そして彼は気が済んだのか「ボール磨き頑張って」と一言その場に置いて立ち去ってしまった。とんでもない爆弾投下をして。それから私は亮ちゃんの言葉を反芻しながら作業は一向に進まなかった。

 ボール磨きは結局夜中までかかり部屋に戻った時点で午前〇時をゆうに回っていた。勿論御幸先輩はベッドで眠ってて、その目元にはアイマスクがしっかりされていて初めての彼の無防備な姿に普段なら喜んでそのアイマスクをどうやって剥いでやろうかと考えるところだが、今はそれどころではなかった。
 自机の椅子に座り『秘密ノート』というその日のあったことを書き殴った日記のようなものを広げながら、これまで生きてきた記憶を辿るが思い出せない。一日動いて疲れているはずなのに睡魔は来ず逆に目が冴えてしまい一晩寝ずに頭を悩ませたのだった。

 翌朝、一睡も出来ず目の下に隈を拵えた私の顔を見て驚いたのは顔を洗うタイミングが一緒になった春ちゃんだった。

「え!? 一希! その顔どうしたの!?」
「あ、おはよう春ちゃん」
「あ、うん。おはよう――って、そうじゃなくて顔!」
「顔? 顔がどうかした?」
「目の下すっごい隈だよ? もしかして寝てないの?」
「あぁ、うんちょっとね……」

 春ちゃんは知っているのだろうか? 訊いたら驚くのかな。
 彼は私を気にしながらも顔を洗い、歯を磨き自分の支度を着々と進めていく。

「ねぇ、春ちゃん……」
「ん? 何?」

 私は春ちゃんに近づいて耳元で

「僕達ってキスしたことあるの?」

 と囁くように訊いた。彼はみるみる赤面して慌てふためく。

「だ、誰がそんなこと言ったの?」
「……亮ちゃん。それで、真相はどうなの? そのせいで眠れなかったんだよ」

 爆弾投下した彼を思い出してまた春ちゃんに詰め寄る。降参したかのように春ちゃんは両手を小さく挙げた。

「わかった、話すよ」
「うん、お願いします!」

 ゴクリと生唾を飲み込んで、彼の次の言葉を待った。

「したことはあるよ……キス」
「や、や、やっぱりーー! いつ、どこで? なんで僕覚えてないの?」

 地獄に突き落とされた様なショックを受ける。キス……はまだいいとして(?)、その記憶がないのが問題なのだ、この場合。

「だからそれは、小さい時の話だからだよ」
「……え?」
「僕達母さんから写真見せられて知ったんだよ。その……一希との」
「そうだったんだ……。亮ちゃんが意味ありげに言うからてっきり最近の話だとばかり……」
「そしたら覚えてないのおかしいでしょ」

 全くその通りだ。私が覚えてないということはつまり彼等に唇を奪われたことになるのだから。
 真実を知り安堵の溜息が出た。
 後で亮ちゃんを責め立てようと考えるが、返り討ちに合いそうなのでやめておこうと諦めた。

「てゆうか、何で突然そんな話になったの?」
「えっ、と……、まぁ何でもいいじゃん! 気にしないでよ」

 じゃあ、と去ろうと踵を返した私の肩をしっかりと掴んだ春ちゃんは逃がさないと黒いオーラを出している。

「それはないんじゃない?」

 春ちゃんの有無を言わさぬ雰囲気に押し負け、また私は苦い思い出を事細かに話すことになってしまった。

「――って訳です」
「なんだ、そんなことか」

 この兄弟に私の苦労なんてわからないよね。
 またも「そんなこと」で片付けられた私の一大事。春ちゃんは理由を訊いてすっきりしたのか、「じゃあね」と爽やかに去って行った。そこに取り残された私はもう二度と誰にも話さないと誓った。

 部屋に戻った私を待ち構えていたのは御幸先輩で、私の『秘密ノート』を手に持っていた。

「先輩!? 何故それを」
「持ってんのかって? それはほら、俺の机に置いてあったからな」
「え、そんな筈は……」

 御幸先輩の机と私の机を交互に見て、自分の大失態に嘆く。私は御幸先輩の机で一晩悶々とノートに殴り書きをしながら、過ごしていたのだと。

「そ、それ……読んだんですか?」
「おう。得体の知れねぇノートだったからな。いやぁでも『コレ』面白れぇこと書いてあったぜ」

 御幸先輩は言ってページを捲り読み上げる。

「これこれ。『今日もあの腹黒メガネにからかわれた! 悔しい! いつかギャフンと言わせてやる!』……この『腹黒メガネ』って誰のことかな?」
「あ、いやそれは――」

 じりじりと間合いを詰めてくる先輩に私は後ずさりで必死に言い訳を考える。しかし『腹黒メガネ』に該当する人物など一人しか思い浮かばず、目を泳がせた。

「ははは! お前いい度胸してんな。こんなノート無防備に置いとくなんてな」
「すみません、ごめんなさい、申し訳ありません!」
「言ってやろうか?」
「な、何を……?」

 ま、まさか遂にみんなに、私の正体をバラすつもりじゃ――。

「ギャフン」
「……え?」
「だから言わせたかったんだろ、俺に。気が済むまで言ってやるぜ?」
「いやいやいや、そーゆーことではなくてですね……」
「お前そんなに俺が嫌いかよ」
「いえ、尊敬しております」
「嘘クセー。――ま、いいや。俺はお前のその生意気なとこ、嫌いじゃないぜ」
「はぁ、そうですか」

 御幸先輩はドMなのかな?
 少しだけ哀れむ視線を投げかけて、「ありがとうございます」とよくわからぬお礼を述べた。

「あ、あとファーストキス記念にジュースでも奢ってやろうか?」
「――! なんで知ってるんですか」

 にしし、とからかうような笑顔を浮かべて「じゃ、遅れんなよー」と先輩は去って行った。
 私のトップシークレットは亮ちゃんや春ちゃんだけでなく、御幸先輩にまで知られてしまったのだった。






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