Liar of us 嘘つきな僕たち | ナノ

Liar of us 嘘つきな僕たち

エイプリルフールにご用心




 四月一日、本日はエイプリルフール。このイベントは外すわけには行かないだろう。普段とてもお世話になっている(もちろん悪い意味でだ)御幸に少しばかりのいたずらを仕掛けのようとわたしはある計画を練っていた。そのためにまずは布石を前日に敷いておこうと思う。

 寮の自室、今は午後二十二時過ぎ。チクタクと時計の針が秒針を刻む音と、ペラペラと不規則に捲られる本の音しか聞こえない。やるべき事を全て済ませたわたしは早々に二段ベッド下段、自身の布団に潜り込んでいた。

「御幸先輩」

 わたしは天井を見上げながら自身の机でスコアブックを眺めている御幸に声を掛けた。

「なんだ?」

 御幸は目線は変えずに返事をした。スコアブックに集中していて聞いているのか聞いていないのか気が散漫な返事だった。

「あの、明日の朝少し時間もらっていいですか? 折り入って先輩に相談したいことがあって……」

 ドラマに出ている女優さながらのしおらしい声を出した。少しの沈黙があって彼が椅子ごとわたしに向いたようだった。さて今彼はどんな顔をしているのだろうか。

「なんだよ、今じゃダメなのか?」

 御幸は怪訝そうな声色でいかにも面倒だとばかりに返事をした。それはそうだろう。御幸はただでさえ忙しい身だ。内容のない事に時間を割くことはしないだろう。

「は、はい。今は先輩の邪魔しちゃうといけないので今日は大人しく寝ます。なので明日でお願いします」

「……? そうか。よくわかんねぇけど。まあいいか」

 天井を向いているため彼の表情は伺えないが、約束は取り付けた。下準備は取り敢えずは完了したと言っていいだろう。朝のいたずらでどんな反応を見せるのかと考えるとわたしの胸中はわくわくでいっぱいで頭の中では笑いが止まらなかった。

「ありがとうございます。では本日はお休みなさい」

「あぁ、おやすみ」

 その日は明日の段取りを考えつつ胸を躍らせながらいつのまにか眠ってしまったようだった。夜はいつもどうり刻々と更けていった。

 翌日の朝一番、朝練の前時間を空けてもらい、わたしたちは自室の床に座り向かい合っていた。御幸は胡座をかいている。その前方のわたしは神妙な面持ちで正座をしていた。もちろんこれも演技である。かれこれ五分ほどお互いに沈黙か続いていた。早朝特有の雀の鳴き声が聞こえるほど静かな空間だった。

 人差し指で頬を掻いた彼はなかなか話を切り出さないわたしにしびれを切らせたのか沈黙を破り口火を切った。

「んで? なんだよ話って。相談って言ってたよな」

 そうだ、これを待っていた。

 ――きたーー! とわたしの心は踊る。

「あ! は、はい。とっても言いづらいことなので言おうか迷ったんですが、もう自分の気持ちをこのまま隠すことはできないなって思って……。先輩にとっては迷惑な話かもしれませんが、それでも聞いてくれますか?」

 真剣な顔で言うわたしの態度にただ事ではないと察した彼は、胡座をかいて後ろにだらりと手をついて聞いていた姿勢を真っ直ぐに正し、わたし同様正座に座り直した。

「ちゃんと聞いてやるから言ってみろ」

 そんな彼の様子にわたしは驚いた。ただ、いつもへらへらしている御幸なので嘘の相談だとしてもこんなに真摯に向き合ってくれるなどと思ってもみなかった為、意表を突かれてしまった。それと同時にこれから自身が実行しようとしているいたずらに少し心が痛んだ。しかし、やると決めたのだ。普段言い負かされ、悔しい思いばかりさせられているこの意地悪な先輩のおろおろする顔が一目見たいと前々から思っていた。それには打ってつけの日なのだ。そうだ、これは日頃のお返しなのだから、と割り切る覚悟を決めた。

 私は女優、私は女優。早く言うのだ! と喝を入れ自身で自身を奮い立たせた。

「実は僕、いえ、わたしは……」

 ひとつ深呼吸をして、伺うような上目遣いの眼差しを御幸に向けて、その後一気に言い放った。

「御幸先輩の事が好きなんです!!」

 わたしの突然の告白に「――は?」とまるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情になり、なんとも間抜けな声を出した彼は「いや、ちょっと待て。……お前、本気で言ってんの?」と流石に動揺を隠せないでいるようだ。

 意表を突いたわたしの発言はインパクトが大きすぎたらしく彼は頭を押さえてうーんと唸っている。そこにわたしは態とらしく目線を落として更に言葉を続けた。

「先輩が私に好意がないのは重々承知しています。いえ、寧ろ嫌われてると自覚さえあります。だからこそ同じ部屋で暮らすのは辛くて……だから――」

 唸っていた彼は目線をわたしに戻した。

「……だから?」

 わたしは俯いていた顔を上げて、さも申し訳ないと言うように眉尻を下げ、涙目で彼を見つめた。

「抱き締めてください。――してくれたら、諦めますから……」

 最後にトドメの一撃だった。

「お前――そこまで思いつめてたのかよ……」

 と、御幸はがっくりとうな垂れた。ここから御幸がどうしようもなく困り果てて降参したあと実は告白は嘘なんだと打ち明け、いたずら大成功! というのが筋書きで、表面上はしおらしく、でも腹の内ではしてやったりとほくそ笑んでいた。気を抜くとにやけてしまいそうになる表情筋を引き締め直して、御幸の次の出方を待った。

「そうだったんだな」

「はい……」

 御幸の心底困惑した顔を見つめ、少し複雑な感情が蘇ってきた。自身で仕掛けた事とはいえ、良心の呵責に囚われた。

 (早く断って)

 普段は飄々と嫌味ばかりの御幸をこれだけ十分困らせたのだから、少し気が晴れた。早く早くとあとは断りの返事を期待し待っていた。それを聞いてこのいたずらは終了しようとわたしは思った。しかしそうは問屋が卸さないと、「それ、告白してくれて良かったよ」と御幸の返答は思ってもいないものだった。

「ーーへ?」

 完全に不意打ちを食らってしまったわたしは素っ頓狂な声が出た。考える時間など与えてもらえず御幸によって突然腕を引かれだと思ったら態勢を崩したわたしはそのまま抱き締められてしまった。予想外の御幸の行動に度肝を抜かれ、されるがまま拒否することすらも忘れてしまっている。

「え、え、先輩……?」

 何が起きているのか理解に苦しむわたしをよそに、近くなった耳元に唇を寄せ彼は言った。

「好きだよ」

 破壊力抜群の一言で瞬間わたしの血液が運動会でも始めたかの如く、身体は火照り一気に顔に熱が上がった。「え、え、え!? ちょっと待って先輩――」としどろもどろになりながらもやっとの思いで彼の身体を押し返そうとしたのだが、彼によって阻まれ、どこでどんなスイッチが入ってしまったのか彼はわたしを押し倒し、そして上から覆い被さったのだ。

「俺の気持ち分かってくれたよな。……好きな女と同じ屋根の下で我慢すんのもそろそろ限界なんだよ」

 苦しげな表情を浮かべ見下ろしている御幸に慌てふためくわたしは「いや、あの、それは」とぼそぼそとまるで音量を最小に絞ったステレオ機器のようにか細く、そのままダイヤルを0に落とされるかのように声はさらに尻窄みになっていった。

「煽ったのはお前だからな」

 言い放って御幸は着ていた練習着のボタンを片手で手早く外していく。上着を脱いで今度はわたしの上着に手を伸ばした。(これでは私の身の方が危ない)わたしは貞操の危機を感じ白旗を上げたのだった。

「ストップ、ストーップ! 御幸先輩ストップ! これエイプリルフールの嘘ですから、少し落ち着いて下さい!」

 顔の前で両手のひらを御幸に見せ、壁を押すような動きで必死に止めに入った。今更うるさいほどに心臓がばくばくとしている。

「はぁ? エイプリルフール?」

「そうですよ! 今日は四月一日じゃないですかー!」

 顔を茹でダコのように真っ赤にして弁解するわたしに彼もとりあえずは理解したようで、脱いだ上着を元のように羽織りボタンもしっかりとしめていた。

 ベッドに座るのは決まりが悪いので再び床へと座り直す。

「――で? どういう事かちゃんと説明してもらおうか」

 怒りのオーラを身に纏い、椅子に座り直した彼のわたしを見下ろす顔は般若面の如くそれはそれは恐ろしいものだ。

 これから大目玉を食らうのか、と考えるだけで気が滅入る。全ては自身が引き起こした事なのだ。何を言われるのかとビクビクするわたしの心情はまさに不安定な崖の上につま先で立たされているような感じだ。せめてもの謝罪の態度を示そうと両手のひらを床につき、勢いよく頭を下げた。

「ほんっとーにごめんなさい。魔が差したんです。すみません」

 平謝りするわたしは顔を上げることが出来ず、彼がどんな顔でいるのかがわからなかった。わたしの陳謝に対する反応は無く、沈黙が更にわたしの恐怖心を煽った。

(先輩、そんなに怒ってるの?)

 恐る恐る目を瞑ったまま顔を上げて、きっと般若面の形相を更に濃くしているだろうと予想しゆっくりと目を開けて見たわたしだが、予想だにせず彼は俯いて肩が震えていた。

(もしかして、泣く程ショックを与えてしまったの!?)慌てて更に頭を下げた。いたずらにしてはやりすぎたのかもしれない。

「せ、先輩! 泣かないで下さい。もう二度と騙したりしませんから! 本当にごめんなさい!」

 必死に詫びを入れるわたしを彼はちらりと盗み見た。

「……も、もう限界――」

 わたしが頭を上げると未だ震える彼の肩が見えた。しかしそれも束の間、彼が顔を上げてから分かったが、肩が震えていたのは吹くのをこらえていたらしい。

「やっべーー! お前面白すぎんだろ! あー、腹痛ぇーー!」

 腹を抱えてひいひい笑う御幸に安堵と共にまんまと罠に嵌められたことにようやく気づいた。これではミイラ取りがミイラになったも同然だ。

「先輩、分かってたんですか!?」と悔しがりながら私は言った。

「そら怪しむだろ? 今まで相談どころか話すら持ちかけられた事ねぇのに。鳴海俺の事嫌ってるだろ?」

「そ、そんなことないですよ?」

 しどろもどろ話すわたしに彼は深い溜息をついた。

「ま、今度俺を騙す時はもっと上手くやることだな。お前、そわそわし過ぎで何か企んでるってすぐに気がついたからな」

 「俺を騙すなんて百年早ぇ」と言いのけたわたしの秘密を知るこの悪魔のような先輩には一生敵わないかもしれない。思ったのは悔しいので決して口には出さないが。

 エイプリルフールのわたしの企ては見事彼の反撃によって返り討ちに合い結果失敗に終わったのだった。







-Fin-






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