Liar of us 嘘つきな僕たち | ナノ

Liar of us 嘘つきな僕たち

誤解は早めに解きましょう




 伊佐敷先輩と仲良くなった事で気分が良く、鼻歌交じりに意気揚々と登校した私は下駄箱を開けて何かの違和感に気付き、そして驚き勢いよく扉を閉めた。上靴の上に可愛らしいピンクのレース柄の封筒が置いてあった。あまりにもそこに似つかわしくないそれをここぞとばかりの洞察力で今の一瞬で把握した私は扉に書いてある名札を見て確かに自分の名前で間違いない、と確認しもう一度ゆっくりと扉を開けた。

「見間違いじゃない……! 僕宛だ」

 封筒を取り出し、差出人を見てみれば名前は書かれていなかった。一瞬、悪戯かと思ったが中の手紙を開いて体が硬直した。そこには私に対する想いが熱く書かれていた。これは所謂『ラブレター』というものだ。ただし普通ではないのは私は女で、差出人も明らかに女の子だという事。

『鳴海一希様

あなたを一目みたあの日から私の心は奪われ、寝ても覚めてもあなたの姿が浮かんで消えません。
あなたの事が好きです。

今日のお昼休み、体育倉庫前で待っています。

二年B組 中野麻美』

 手紙を手にどうすべきか悩んでいれば、肩を叩かれ驚きで跳ねた。後ろを振り向けばそこにいたのは春ちゃんだった。

「おはよ。固まってどうしたの?」
「お、おはよう春ちゃん。い、いや……」

 言葉を濁す私の手元を見た春ちゃんの表情は前髪で見えづらいが、明らかに驚いているのはわかる。目線が手紙に釘付けになっていたからだ。

「それなに?」
「あ、これ? 下駄箱に入ってたんだよね。それで今どうしようか悩んでたとこ」
「ラブレター? でもこれって女の子からだよね」
「うん、もちろん断るけど……困ったな。まさか僕にラブレターくれる人がいるなんて考えてもみなかったからさ」

 手紙を封筒に戻しながら苦笑いを浮かべる。勇気を出して手紙を寄越した相手がまさか女だなんて、差し出し主も思ってもみないだろう。それを考えると少し心が痛む。かと言って付き合えるわけはないので丁重にお断りするつもりだが。

「やっぱりどんな姿でもモテるんだね……」
「モテないよ。てゆうか万が一モテても困るから!」
「自覚ないんだね一希は」
「え!? どうゆうこと?」

 疑問符を浮かべる私をよそに、春ちゃんは上履きに履き替えやれやれと呆れた様に「じゃあ頑張ってね」と他人事だと去って行った。
 女の子から告白される事は困る以外に他の感情はない。男の姿はしていても中身は完全に女なのだから。昼休みの事を考えると憂鬱になるが、このまま突っ立っていれば遅刻になってしまうと、素早く上履きに替え私も急いで教室へと向かった。

 その日は昼休みまで例の手紙の事を考えていた為、心ここにあらず状態で、授業中に教師から何度か注意を受けたりと踏んだり蹴ったりな午前中だった。
 そして憂鬱な昼休み。昼ご飯を早々に食べ終え、栄純たちの不審な目を掻い潜り約束の場所へと急ぎ、到着した私は倉庫前の段差に腰掛け、まだ来ない相手への断り文句を考えていた。

「無難に好きな人がいるで良いかな。それしか言えないよね」

 大きい独り言をこぼしながら手紙を手に待っていると、こちらに近づく足音が聞こえてきた。手紙の主が到着したのだと思い立ち上がり、どんな人かな? と待ち構えていればそこに現れたのはまさかの倉持先輩だった。

「おー鳴海、こんなとこで何やってんだよ」
「く、倉持先輩!? え? まさか、この手紙倉持先輩が……?」
「はぁ? んなワケねぇだろ!」
 青筋を立てながら言う先輩にたじろぎながらも、言葉を続ける。

「そうですよね……。じゃあ、倉持先輩は何故ここに?」
「俺は次の授業の準備で来たんだよ」
 しっしと手の動作付きでどけと言わんばかりに倉庫前に居座る私を移動させ、職員室で借りただろう鍵で錠を開けた先輩は、薄暗く少し気味の悪い倉庫内を物ともせず中へと足を踏み入れた。

「次体育なんですね」

 手紙の相手が倉持先輩(そんな事はありえないが手紙の主以外人が来ると思わなかった為動揺し、正常な判断が出来なかった)ではなかった事に安心して、一度深く呼吸して心を落ち着かせた私は、体育倉庫へ入って行った倉持先輩を手伝おうと声をかけつつ続いて中へと進んだ。
 体育倉庫の中は小さな小窓がひとつあるだけで薄暗く、埃っぽく少しカビ臭い独特の空気。倉持先輩は何かを探すように見渡し目当ての物があったのかボール類が置いてある一角へと進む。

「今日は何するんですか?」
「サッカーだってよ。ボール出すだけで済むからラッキーだわ」
 籠は金属製の筒型の形状で、高さは私の臍くらいあり、中にはボールがこれでもかという程詰まっていた。見ただけでも重いとわかる。

「じゃあこの籠ごと出しちゃいますよね」
「おう、悪りぃな」

 二人揃って籠を持ち上げ倉庫外に出そうとしたところで、私は足元が見えず段差に躓いてしまい咄嗟に目の前にいた倉持先輩に抱きつき一難を逃れた。手から離れたボール籠は奇跡的に倒れず、しっかりとボールを中に収めたままで底に付いている車輪のおかげで少し動いて止まった。籠の安否を確かめた私はようやく今の二人が端から見れば男同士が抱き合っているようにも見える事に気付いた。

「危ねぇ! 気を付けろよ」
「すみません、ごめんなさい」

 倉持先輩の声に恐怖し平謝りしつつ慌てて離れようとしたその時、「鳴海くんってそっちの趣味だったの!?」背後から声が掛けられた。

「えっ、いやこれは――」

 倉持先輩から離れ、弁解を述べようと振り向けばいつの間に現れたのか、女生徒が一人動揺を隠しきれないというような表情で涙を浮かべていた。

「そうなんだ……。しかも相手は倉持君なのね?」
「ちょっと待て! 誤解だから」
 倉持先輩の弁解も聞かず、なおも続ける彼女。

「いえ、いいの隠さなくても。でも私も諦められないから。倉持君には負けないからね!!」
「ちょ、ちょっと」

 私の制止も聞かず、ラブレターの送り主であろう先輩は誤解と倉持先輩への謎の宣戦布告を残したまま走り去ってしまった。その場に残された私と倉持先輩はお互い青ざめた顔で見つめ合った。

「ど、どうしましょう! 凄い誤解して行っちゃいましたよ」
「お、おう。あいつ確か同じクラスだったような」

 何かの縁か先程の彼女と倉持先輩が同じクラスと聞き、縋る思いで誤解を解いて欲しいと懇願するも「ほっとけばそのうち忘れるんじゃね? わざわざ言う方が怪しくねぇか?」と一蹴されてしまった。
 面倒なのか何なのか、自分も渦中の人物だと言うのに呑気に「大丈夫だろ」と最もらしいことを言う先輩の言葉に無理矢理納得させられ、体育の準備手伝いを終えて教室へと戻った。私の表情が明らかに曇っていたのか「何があったんだ」と栄純の弾丸のような質問攻めに合い、たじたじになりながらも事の経緯を詳しく話した。しかし栄純の理解力が足りないのか、はたまた私の説明が下手なのか全てしっかりとは彼には伝わらなかったようだ。

「ま、何だか分からんが大変って事だけは分かった。頑張れよ、一希!」

 私の肩に手を置きながら哀れそうに言う栄純が少し憎い。半涙目になりながら頭をよぎるのは倉持先輩だった。
 あの先輩に何か言われていないだろうか、在らぬ噂を流されたりはしていないだろうか、と不安ばかりが心に積もる。
 相手が亮ちゃんに注意を促されたばかりの倉持先輩なのも気分が重くなるひとつの要因で、苦手だけれど事情を知る御幸先輩、もしくは亮ちゃんや春ちゃんならきっと相談も受け付けてくれただろう。
 出来ればひっそりと三年間目立つ事なく過ごしたかった私の未来は、図らずも中野先輩の行動によって左右される事となってしまった。

「栄純って倉持先輩と同室だよね? ちょっと僕と倉持先輩の仲取り持ってくれない?」

 私の不安払拭の希望は最後の頼みの綱の栄純に託された。せめて倉持先輩と少しでもお近づきになれば、相談事もしやすくなるだろう。亮ちゃんには何度も忠告をされている身で、これ以上失態を露呈してしまえばさすがに呆れられるだろうし、最悪の場合愛想を尽かされてしまうかも知れない。性別を偽ってまで近くにいたいと青道までやって来たのだから、もう少し自立すべきだろう。

「いいけどよ。下手したら関節技決められっから気を付けろよ」

 恐ろしい事を口走る栄純に私の顔は引き攣る。選択肢を間違っただろうか。今ならまだ引き返せるが、現状を打開するには自ら行動を起こす他ない。ここは腹を括らなければ。

「うん、大丈夫。今日の夜栄純達の部屋行っていい? 倉持先輩に聞いといて欲しい。相談があるって言ってくれればわかると思う」
「おう、わかった」
「ありがとう。よろしく!」

 もし噂が立ってしまえば倉持先輩にも迷惑をかけてしまう。事が大きくなる前に解決したい。
 倉持先輩とお近づきになる事と、明日中野先輩に直接会って誤解を解く事を決心した私は午前中とは違い、午後は集中して授業に臨んだのだった。


to be continued……




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